集団的自衛権行使解禁に危機感を覚えない世論

 

                  麻生多聞(鳴門教育大学准教授)

 

戦後憲法学では、自衛戦争を含む一切の戦争を放棄するものとして憲法9条を位置づける学説が通説の地位を占め続けてきた。例えば、芦部信喜は、91項と2項を合わせると自衛戦争も含めた一切の戦争が放棄されていると解する92項全面放棄説が憲法学の通説だと述べている[]。しかし、2004年に古川純が「憲法学業界に異変あり」[]と指摘したように、戦後憲法学におけるかような「通説」が後退し、「憲法学業界」における新たな潮流、すなわち、自衛目的の武力保持を合憲とする学説が次第に存在感を増している。長谷部恭男が、政治的自由主義の見地から立憲主義を捉え、憲法9条を徹底的な非武装平和主義規定として解釈することは立憲主義と適合しえないという立場[]を示したのも2004年のことだった。東アジアにおける安全保障環境の変化と、国民の意識変化を踏まえ、現在の憲法学では個別的自衛権までも放棄したものとして憲法9条を解釈する議論は下火になりつつある。国民の意識変化は、かつて「自衛隊は憲法違反」という立場が多数を占めていた60年安保の時代とは対照的に、「自衛隊を容認しつつ9条改憲反対」という立場が「市民権」を得つつある。最近では、国会および国民の意思を問うことなく集団的自衛権行使を解禁する閣議決定を強行し、解釈改憲を図った安倍内閣は、依然として高い支持率を維持している。「9条改憲反対」どころか、「9条解釈改憲」を容認するに至っているのである。しかし、集団的自衛権行使容認派の論理には法学的にみて稚拙なものが少なくない。

安倍首相によって設置され2014515日に報告書を提出した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は、「「慣習国際法上の自衛権」という国家固有の権利の行使に国連憲章51条の厳格な要件は適用されない」と主張する村瀬信也[]の ような研究者をメンバーとしている。国連憲章以前に慣習法上の自衛権なるものが確立されていたとすれば、それは村瀬が言うように国連憲章上の自衛権とは異 なる可能性もある。実際、国際司法裁判所は、ニカラグア事件判決で集団的自衛権が慣習国際法上の規則として確立されてきたことを確認しており、国連憲章51条の「固有の権利」なる表記がそれを裏づけるものと述べている[]。しかし、国際司法裁判所はニカラグア事件管轄権の確立のため、慣習国際法のみを適用する形で審理を行い、その結果、集団的自衛権の行使に際しては、集団的自衛権により利益を受ける国家が武力攻撃の犠牲となったことの宣言が求められると判示している[]。したがって、国連憲章51条における「固有の権利」なる表記を根拠として、集団的自衛権行使に武力攻撃の現実的発生要件が不要であるという議論には説得力が認められない。そもそも自衛権という権利は、第一次大戦後1920年に設立された国際連盟規約や、1928年の不戦条約により戦争違法化の潮流が具体化されるようになって初めて法的に意味をもつに至ったことが確認されるべきである。第一次世界大戦以前の自衛権とそれ以後の、とくに1928年不戦条約以後の自衛権は区別されなければならない。つまり、1648年 にウェストファリア条約により主権国家概念が誕生して以来、国連憲章制定に至るまで不変の法的権利として、国家自衛権が存在し続けてきたわけではない。第 一次世界大戦以前においては、「戦争が違法化される以前の段階における国家の自衛権なるものは、単に戦争を開始するための政治的な方便でしかなかった」[]の である。武力攻撃が現実に発生していない時点での先制的自衛権行使をも可能とするかようなロジックは、武力行使を違法化する国際法の潮流に逆行するもので ある。かような議論が反中・反韓といった情緒的なナショナリズムと容易に接合し、立憲主義の侵害に勤しむ安倍政権を支える基盤となっている。平和学会の会 員として、かような事態にどう向き合うべきか、模索の日々は続く。


[] 芦部信喜『憲法学Ⅰ・憲法総論』(有斐閣、1992261頁。

[] 古川純「憲法学業界に異変あり?」市民の意見30の会・東京ニュース85号(2004

[] 長谷部恭男『憲法と平和を問い直す』(ちくま新書、2004)第8章参照。

[] 村瀬信也「国連憲章と一般国際法上の自衛権」村瀬信也編『自衛権の現代的展開』(東信堂、200747頁。

[] Case concerning Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua, ICJ Reports (1986), para.193.

[] Ibid., para.195.

[] 山形英郎「国際法から見た集団的自衛権行使容認の問題点」渡辺治・山形英郎・浦田一郎・君島東彦・小沢隆一『集団的自衛権容認を批判する』別冊法学セミナー(201434頁。

20141117日)