時事問題と大学教育における公共性を巡る一試論(予備的考察)

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日本平和学会2019年度秋季研究大会

 

時事問題と大学教育における公共性を巡る一試論(予備的考察)

 

関西外国語大学

鶴見 直人

岸野 浩一

小田桐 確

 

キーワード:平和学、国際関係、大学教育、時事問題、マスメディア、公共性

 

はじめに

 平和学を含む国際関係についての研究と教育では、マスメディアを介して届けられる情報を利用する場面が多くあるだろう。こと大学教育においては、講義の中でテーマと関連したニュースを取り上げ、解説を付すことなど広く実践されていよう。その際、ニュースを題材に時事問題を作成し、これをクイズとして出題することで、知識の定着を確認することもあるだろう。所属先を同じくする3名の報告者は協働して、このような時事問題のクイズ式利用から一歩進めて、教育効果をより高める活用法を模索してきた協働してきた。本報告では、この教育実践を紹介するのと同時に、過去2年のデータから浮かび上がってくる問題点を検討した上で、時事問題と大学教育が重りあう公共性の問題として整理することを試みる。

 

1.国際関係に対する興味・関心の涵養手段としての「クイズ」

 昨今のアクティヴ・ラーニングの要請も踏まえつつ、国際関係関連の講義において、その内容に対して学生が興味・関心を高めるきっかけとなることを意図した「クイズ」を実施してきた。これは成績評価の直接の材料となる「テスト」とは意図的に区別され、学生の講義への姿勢そのものを能動的なものへと変化させることを目的としていた。ここで変化のきっかけとなるのは、学生の感じる驚きや気づきとなる。学生がニュースの視聴購読を通じて構築してきた知識(≒常識)に対して揺さぶりをかけることで、自発的な学修へとつなげる試みとして位置付けられるのが、ここでいう「クイズ」である(なお、本報告の主眼は(マスおよびソーシャル)メディア批判ではない点については付記したい)。

 

2.知的刺激へとつながる「クイズ」の実践-経緯と展開

 上述の「クイズ」は2017年度より実施しており、そこでは学生自身が「関心を有する」と回答することの多い北朝鮮問題を取り上げた。解説の際には、メディアにもバイアスが存在していることや、その影響で構築される通俗的な理解には事実と異なる面があることなどを指摘した。これらから学生に「予想が裏切られる」ことを実感させ、そこからくる驚きを知的刺激へとつなげることが試みられた(鶴見 2019)。翌2018年度からは、岸野・小田桐の両名が加わり、3者による作問・集計および分析についての協働体制を構築した。これに伴い、常識に揺さぶりをかけるための北朝鮮問題「クイズ」を刷新した上で、併せて日々報道される国際情勢や出来事について「時事問題」も作成し、知的好奇心の刺激と知識の定着の双方を試みた。その結果、学生の知識の傾向を柔軟に把握できるようになったことに加え、対象となる学生の数が大幅に増加したことで、より広く傾向を調査・分析することが可能となった。

 

3.時事問題を含む「クイズ」実施から得られた成果

 2018年度および2019年度は、上述の(北朝鮮関連の)「クイズ」と「時事問題」を組み合わせて出題した。本報告で注目するのは「クイズ」の中に用意された「北朝鮮が国交を有する国の数」についての設問であり、これは「北朝鮮は孤立している」という、少なくとも日本国内では広く信じられているイメージが、事実誤認に基づくものであることを知らしめようとするものであった。ここでの狙いは、バイアスの存在に触れることで、学生の驚きや気づきが知的刺激となるきっかけとするところにある。この点では一定の効果は認められたが、他方で2年に渡る実施の結果を分析したところ、看過しがたい傾向も浮かび上がることとなった。それは日頃のニュースへのアクセスと、自らが関心を持っている(と多くの学生が考える)北朝鮮問題についての知識の確認の相関を見る中で明らかとなる。当初想定したのは「ニュースに注意を払うようになれば日本を取り巻く国際情勢についてバイアスを排した理解へとつながる」(このため北朝鮮の設問についても正解する)というものであった。しかし、分析の結果からは「時事問題」部分については全て正解しているにも関わらず、北朝鮮についての通俗的な誤解を未だに持ち続けている回答者が多く存在していたことが判明したのである(つまり上記の想定に反する結果となった)。これは学生が関心を有する事象について、ニュースで多く触れる機会がありながらも、依然として通俗的なバイアスに基づいた理解にとどまっていたのみならず、このような誤謬に疑問が差し挟まれてこなかったことを意味していよう。

 

おわりに-公共性の課題

 上述の傾向の発見は、メディア・リテラシーに関連した指導として単にバイアスの存在を指摘しただけでは不十分であることを意味する点で、教授者側である我々自身に向けられた課題に気付かされたことへとつながる。

 また、昨今は報道における「忖度」が進みつつあると見られるほか、フェイクニュースの氾濫を含めた「ポストトゥルース」状況も深刻な問題となり、まさにニュースの持つ公共性が危機に晒されていると言えよう。しかし、メディア・バイアス等よりも前の段階の問題として、ごく初手の事実関係の確認から始めることの重要性が上記検討の結果として指摘できよう。素朴な誤謬の残骸を取り除いてゆく作業が必要となっている現状に、改めて公共空間における/としての大学教育の意義が見出されるのではなかろうか。

 

 

参考文献(報告関連文献)

  • 岸野浩一、鶴見直人、小田桐確「社会への関心を高めるための『時事問題クイズ』―国際関係論分野の授業実践(2018年度・秋学期)―」『高等教育論集』(関西外国語大学)、第9号、近刊。
  • 鶴見直人「(イノ)センス・オブ・ワンダー-『外交政策』におけるクイズの実践とその狙い-」『高等教育研究論集』(関西外国語大学)、第8号、2019年。
  • 日本平和学会編『平和教育といのち』(平和研究)第52号、2019年。