戦後70年における「次世代の平和教育」 ― 広島、長崎を事例として―

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日本平和学会2019年度秋季研究大会

 

戦後70年における「次世代の平和教育」

― 広島、長崎を事例として―

 

秋田大学教育文化学部

外池 智

 

キーワード:「次世代の平和教育」、広島市「平和教育プログラム」、長崎市立山里小学校、長崎市立城山小学校

 

0.はじめに

 親や祖父母などの身近な人たちからの「戦争」の語り伝え、すなわち「語り」による歴史(オーラルヒストリー)の伝達は、地域や家庭のいわば市井における歴史教育として戦争学習の重要な一翼を担ってきた。しかし、戦後70年を超える年月を経て、直接の戦争体験をもつ世代が年ごとに減少していくにつれ、そうした身近な人たちからの「戦争」の語り伝えは日々失われつつある。戦争の「語り部」の減少の中、今後の学校教育、とりわけ歴史教育の果たす役割はますます重要である。「ヒト」から「モノ」へ、確実に戦争の記憶や記録、痕跡が移行していく中、体験者の持つリアリティーに迫る理解・共感可能な学習をどのように展開していくのか、そのための教材をどのように開発していくのかは、これからの平和教育の大切な課題である。

 こうした中、もはや直接的な戦場・戦争体験者をよりどころとしない、いわば「次世代の平和教育」の実践も刻々と試みられてきた。本研究では、特に平和教育の先駆的取り組みを続けてきた広島市、長崎市を取り上げ、その教員研修における平和教育の位置付けや内容構成、カリキュラムや教材に注目し、調査・分析を試みた。平和教育実践は、個々の教員の意欲的取り組みによってなされたり、民間の教育研究会によってなされる場合など様々である。しかし、ここでは特に各自治体による取り組みや教員研修に注目し取り上げてみた。それは、ある特別な関心の下に実施されている平和教育実践ではなく、一般的な教員を対象とした実践だからである。

 

1.広島市「平和教育プログラム」

 広島市では、2011(平成23)年より2013(平成25)年の3年間にわたり「広島市立学校『平和教育プログラム』」の作成・実行のプロジェクトに取り組んできた 。このプロジェクトでは、カリキュラム開発、教材開発、そしてモデル的授業実践の提起といった成果を上げており、2013(平成25)年度からは広島市教育委員会が広島市内の全部の小・中・高・特支での着実な展開が推奨している。現在、実施されている「平和教育」の教員研修も、基本的にはこのプロジェクトの継続的展開として実施されている。

 この広島市の事例から、もはや直接的な戦場・戦争体験者を拠り所としない、いわば「次世代の平和教育」と呼ぶべき実践が、日々刻々と試みられてきている事を指摘した。ここで言う「次世代の平和教育」の特色は、以下の3点である。

  ①継承的アーカイブの活用

  ②戦後の平和希求活動への着眼

  ③目的的平和教育から方法的平和教育へ

 

2.長崎市の事例

 長崎市教育員会「3.教職員への研修」の「(4)平和教育研究校の指定(昭和59年度より)」の事業で、2015-2016(平成27-28)年度に指定を受けた山里小学校と2014-2015(平成26-27)年度グループ指定の長崎市立城山小学校を取り上げ検討したい。

 前述した「次世代の平和教育」の特色である3つの視点から見てみると、まず、「①継承的アーカイブの活用」について、山里小学校も城山小学校もともに爆心地に最も近い学校であり、その立地そのものの特殊な事情により、校内に豊富な戦争遺跡が存在している。両校とも当初からこうした“モノ”として遺された遺跡、遺物を活用した実践を展開してきた。

 次に、「②戦後の平和希求活動への着眼」について、山里小学校の「直接的平和教育指導計画」では、既に指摘した様に第1段階の「事実の理解」においては、各学年とも原爆投下そのものへの事実認識と、その後に残された平和遺構や平和希求活動への事実認識の二重の目標設定になっていた。とりわけ、原爆投下といった事実認識のみならず、全ての学年でその後の平和希求活動を取り上げていた。

 最後に「③目的的平和教育から方法的平和教育へ」について、前述した様に山里小学校では目標として「児童の平和愛好の心、国際協調の精神を育てる」とされ、やはり平和を目指す心性の育成が目指されていたが、その推進の構想図では「平和を求める心を自らの生活に生かす(行動目標)」が掲げられており、その内実は長崎市が掲げる「平和に関する資質」であった。また城山小学校では「平和的実践力」の育成が目指されていたが、その内実もやはり「平和に関する資質」の育成であった。