日本平和学会2019年度秋季研究大会
国際機構の100年
南山大学
山田哲也
キーワード:国際連盟、国際連合(国連)、集団安全保障、積極的平和・消極的平和
はじめに
平和の確保のために国際機構を設立する、というアイディアが初めて実現したのは、いうまでもなく1919年の国際連盟である。国際連盟は第二次世界大戦の勃発を防ぐことができず、1945年には国際連合(国連)が設立された。これらの国際機構はいずれも集団安全保障を目指すものであり、国際平和機構と呼び得る。とはいえ、近年の例で言えばクリミアの「併合」にせよ、シリア内戦にせよ、「戦争の不在」という意味での平和はなかなか達成されない。その一方で、消極的平和とは対置される積極的平和に関する制度・慣行・規範は、それなりに成立してきた。本報告では、国際平和機構というときの「平和」の意味を改めて考えてみたい。
1.集団安全保障の「機能不全」とその補完
集団安全保障を通じた平和は、不戦という意味での平和主義ではなく、平和が脅かされたときに一定の手続きに基づき、場合によっては軍事的強制力を含む実力を用いて平和を回復するものである。その意味で国際平和機構と集団安全保障は同義であり、単なる軍事同盟とは区別される。
他方、国際連盟においても国連においても集団安全保障が十分に機能しているとはいえないのが実状である。そこで、場合によっては、NATOのような軍事同盟型の国際組織などによる武力介入が求められることになる。また、冷戦終結以降、社会的弱者(女性、子ども)の保護に関する規範の強化が図られてきた。
2.積極的平和の登場の背景と展開
積極的平和については、国際連盟規約23条が、経済・社会問題での国際協力の必要性・必然性を規定している。また、実際にも伝染病対策や難民保護といった分野では、国際連盟が一定の役割を果たしたことは知られている。また、1930年代後半、すなわち、第二次世界大戦勃発寸前には、経済・社会問題委員会の設立を提案するブルース・レポートが採択されている。このような動きは、戦間期の国際平和構想にも影響を与えた。その代表例がミトラニー(Mitrany, D.)による機能主義(functionalism)である。
3.国連における積極的平和の定着
国連憲章においては、経済的、社会的、文化的、人道的な国際問題の解決や基本的人権の保障に向けた国際協力という、まさに積極的平和の実現が国連の目的の一つに挙げられた。また、機能主義の考えに立つ専門機関や総会の補助機関が多数設立され、「1945年体制のガバナンス」とも称されるような仕組みが形成された。また、1960年には、「植民地独立付与宣言」が、植民地体制を「基本的人権の否定」という文脈で否定し、大量の新興独立国を生むこととなった。もっとも、同宣言の採択以降、途上国の開発援助のあり方という新たな問題(開発・人権・環境の関係、南北問題、新国際経済秩序構想など)を発生させたことも見逃してはならない。
4.積極的平和の意義と問題点
国連において積極的平和を巡る問題は、主として総会の所掌事項である。そこは、かつて植民地であった加盟国が多数を占める。このような総会の性格変化が顕著になるのが1950年代後半から60年代前半にかけてである。(最上 2016)の表現を借りるなら、「国際社会の新たな構成原理づくり」の手が創設直後の戦勝国から新興独立諸国に移っていったのである。確かに、彼らが積極的平和の実現に果たした役割を否定することはできないが、その一方で、過激な主張ゆえに先進国との対立を惹起した、という側面もあるのであり、国際「平和」機構としての国連(システム)は消極的平和であれ、積極的平和であれ、問題点を抱えることになったのである。
おわりに―「自国第一主義」の時代の国際「平和」機構
消極的平和に関する事項は、依然として国家主権に直結する一方で、積極的平和の実現においては国連事務局を始めとする国際官僚組織や各種のNGOの役割が見逃せない。他方で、現在懸念されることは、国の大小にかかわらず、「自国第一主義」と総称されるような、「内向き」の姿勢を強めている。これが、国際「平和」機構を通じた、消極的・積極的平和の実現にいかなる影響を与えるか、注視する必要があろう。
参考文献
- 篠原初枝『国際連盟』(中央公論新社、2010年)
- 鈴木基史『グローバル・ガバナンス論講義』(東京大学出版会、2017年)
- 最上敏樹『国際機構論講義』(岩波書店、2016年)
- 安田佳代『国際政治の中の国際保健事業-国際連盟保健機関から世界保健機関、ユニセフへ-』(ミネルヴァ書房、2014年)
- 山田哲也『国際機構論入門』(東京大学出版会、2018年)
- 渡辺昭夫・土山實男『グローバル・ガバナンス』(東京大学出版会、2001年)
- D.H. Miller, Drafting the Covenant, Vol.2 (G.P.Putnum’s Sons, 1928)
- D. Mitrany, The Functional Theory of Politics (Martin Robertson, 1975)