日本平和学会2019年度秋季研究大会
台湾における性的マイノリティ運動――その宗教的諸関係をめぐって
立命館大学 先端総合学術研究科
欧陽 珊珊
キーワード:台湾の性的マイノリティ運動、同性愛、宗教団体、障害のある性的少数者、交差性
はじめに
2019年5月17日、台湾の立法院は同性同士の結婚の権利を保障する「司法院釈字第748号解釈施行法」を可決した。これにより台湾はアジアで初めて実現した同性婚の合法化である。しかし、この「歴史的な一歩」の達成までには、台湾の性的マイノリティ運動(いわゆるLGBTの権利獲得運動)は、長い闘いを続けていた。一方、最近の世論調査によれば、台湾人口の過半数は同性婚に反対しているという現状がある。反対派の中でも、とりわけ保守的な宗教団体は強く批判の声を上げ、同性愛反対運動を続けている。本報告では、台湾における同性愛者と宗教団体との関係はどのようになっているのか、またその関係が、台湾における性的マイノリティ運動にどんな影響を与えているのかについて考察していく。
1.台湾における性的マイノリティ運動
台湾の性的マイノリティ運動における全体的な歴史の流れの概略を把握しておこう。1990年代に、レスビアン団体、ゲイ団体、同性愛者支援団体が次々と誕生し、「同性愛者」の代わりに「同志」という言葉が使われるようになるなど、性的マイノリティ運動が台北を中心に展開していた。30年間続いていた運動は、台湾社会に広く影響を及ぼしている。アイデンティティ、性教育、差別撤廃など多様な課題が議論されてきた。「ジェンダー平等教育法」(2004)、「性別就業平等法」(2008)の成立、同性婚の合法化(2019)などの達成は、アジアにおける性的マイノリティの法制度化(鈴木 2017)という点で、台湾の先進性を示した。しかし、「LGBTフレンドリー」社会(福永 2017)の実現は、伝統的価値観への挑戦を伴い、伝統的価値観を変更せざるをえない。危機感を強く感じた保守派が、性的マイノリティ運動と対立することも明らかになった。その中で宗教右派の反対運動が組織化され、激しさを増してきている(蔡 2010)。
2.性的マイノリティと宗教団体の闘い
では、この対立はどうなっているのか。この部分について、個人対個人、個人対集団、集団対集団という三つの視点から考察する。まず、強調しておきたいのはさまざまな性的マイノリティのなかでも、宗教とのかかわりで主な論争の対象になっているのが同性愛である。個人対個人の対立には家庭関係、学校でのいじめの問題が含まれる。個人対集団の対立には個人に対する宗教組織の差別や排除が含まれる。集団対集団の対立には、2013年から始め現在まで続いている「台湾伴侶權益推動連盟」と「台湾宗教団体愛護家庭大連盟」の対立が含まれる。そこでは、同性同士間の婚姻権利やパートナーシップ制度の賛否をめぐって戦われている。
3.包容はいかに可能なのか ―「同志宗教団体」の登場
たくさんある前述したような保守的宗教団体とは別に、同性愛支援派である宗教団体も存在する。数は少ないが、台湾の性的マイノリティ運動が始まった頃にすでに登場していた。この3節では、「同光同志長老教会」、「臺灣基督長老教會」における同性愛者研究グループ、「同志佛教団体―童梵精舍」などの宗教団体の展開を記述し、性的マイノリティ運動の中で、それらがどう位置しているのかについて考察する。こうした宗教諸団体は性的マイノリティに対して承認と寛容を示すだけではなく、より包括的な宗教理念を社会に伝えようとしている。
4.性的マイノリティ、宗教、障害の交差性――障害のある性的少数者の語りから
最後に、報告者は、台湾で障害のある性的少数者に関する調査の一部を取り上げ、身体障害を抱える同性愛者Aさんの語りに注目する。Aさんの仏教信仰と同性愛であるアイデンティティとの関係、キリスト教信仰を持つパートナーの家族との争い、またAさんが参加した当事者団体と反同性愛キリスト教団体との対立について分析する。特に強調したいのは、Aさんのケースにおいて、従来の台湾における性的マイノリティと宗教に関わる諸研究では検討されていない、より複雑な状況が浮かび上がるという事である。そこでは、同性愛者を取り巻く宗教問題、「異性愛と同性愛」の二項対立問題、そして障害の問題との「交差性」が見えてくる。
おわりに
台湾における同性愛者と宗教団体の関係は、性的マイノリティ運動に大きな影響を与えている。その関係は一言で言い切れず、その事情も一枚岩ではない。報告者が調査する「交差性」を持つ当事者とその運動実践との諸関係は、性的マイノリティ運動の多様性を考える上で極めて重要である。これからの多元社会の発展において、今後「性的マイノリティと宗教」を議論するとき、障害者、原住民、移民、ジェンダーなど多様な軸との交差するところにより注目していきたい所以である。
参考文献
- 蔡彥仁,2010,「台灣宗教研究的範疇建議與前景發展」『人文與社會科學簡訊』14(2): 12-19.
- 福永玄弥,2017,「『LGBTフレンドリーな台湾』の誕生」瀬地山角編『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』勁草書房,187-225.
- 郭承天,2015,「臺灣同性戀家庭權立法的政治心理學分析」『臺灣宗教研究』14(2): 3-39.
- 鈴木賢,2017,「台湾における性的マイノリティ『制度化』の進展と展望」『比較法研究』78: 231-246.
- 同光同志長老教會,2016,『聽你剪裁星空――傷痕與美好都構成了人生,同光教會20年』台北:基本書坊.