ジーン・シャープの非暴力思想

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日本平和学会2019年度秋季研究大会

 

ジーン・シャープの非暴力思想

 

関西大学

寺島俊穂

 

キーワード:戦略的非暴力、原理的非暴力、市民的防衛、非暴力革命、非暴力闘争

 

はじめに

 ジーン・シャープ(Gene Sharp, 1928-2018)は、「非暴力闘争のクラウゼヴィッツ」と呼ばれるように、戦略的非暴力の理論家として知られている。シャープは、生涯をかけて非暴力手段の有効性を高めるための研究を積み重ねていった。とはいえ、シャープの非暴力理論に対しては、①なぜ非暴力の原理的側面を強調しないのか、②物理的暴力(身体的暴力)に限定するシャープの暴力概念は狭すぎるのではないか、という疑問が生じる。本報告では、このような問いを念頭に置いて,非暴力思想家としてシャープを捉えなおし、非暴力主義へのシャープの貢献を明らかにしたい。

 

1. 原理的非暴力と戦略的非暴力

 非暴力は、社会変革の観点からは、①原理的非暴力(principled nonviolence)――非暴力の規範・倫理を徹底して保持し、集団的闘争はあくまで非暴力を貫くべきだとする立場、②戦略的非暴力(strategic nonviolence)――非暴力で闘ったほうが有効で犠牲が少ないという観点から、非暴力を選択し推進しようという立場、とに概念区分できる。しかし、両者は対立概念ではなく、非暴力で闘ったほうが、犠牲が少ないだけでなく、人間的な闘い方であるという意味で、補い合う概念である。シャープが強調するように、ガンディーにおいて非暴力は手段であるとともに目的であり、原理であるとともに戦略であった。シャープ自身は、朝鮮戦争の際に兵役拒否をして9ヶ月あまり投獄されたことがあるように、平和主義的信念をもっていたが、非暴力抵抗を平和主義から切り離し、戦略的非暴力の立場に立って研究を進めたのである。

 

2.権力論が重要なわけ

 シャープが非暴力理論で権力概念を重視するのは、権力は民衆の支持や協力がないと成り立たないからであり、権力を支える基盤を明確化することによって、逆に非暴力が有効に機能する状況を明らかにすることができるからである。シャープは,権力の基盤についての広範な研究をもとに、権力は協力して活動する人びとのあいだに生まれ、人びとの同意によって成り立つとするハンナ・アレントと同様に、「本当の権力は、団結した人びとの力から生まれる」(Sharp 1970:21)という認識の地平から、外国軍の侵略や圧政に対しては民衆が非暴力で対抗権力を形成し、抵抗するという理論を構築していった。この意味での権力は、「非暴力の道徳的な勇気」に依拠し、対等者のあいだに生まれる水平的な権力であり、非暴力革命の原動力である「民衆の力」(people power)の基盤となるものである。

 

3.戦略的非暴力の思想

 シャープの戦略的非暴力は、①目標を立てる、②目標実現のための戦略や戦術を考える、③目標達成の過程で現実をつくり変えるとともに自分自身も相手も変えていく、という意味でプラグマティックな立場に立っている。①については、シャープは、「独裁体制、ジェノサイド、戦争、社会的抑圧」を現代の最重要課題とみなし(Sharp 1980a:2)、とくに戦争の廃絶と独裁体制の崩壊を理論的思考の対象としている。②については、198の非暴力行動の方法をあげ、市民的防衛や非暴力革命に役立つ非暴力闘争の理論を構築している(Sharp 1973)。③については、非暴力闘争が相手を敵視しない闘争方法であることを明確化するとともに、人間が現実に働きかけることによって、漸進的であるにせよ、理想に向けて現実をつくり変えていくことができるという信念から、非暴力行動を理論化したのである。

 

4.非暴力主義へのシャープの貢献 

①ヨハン・ガルトゥングの暴力概念とは対照的に、シャープは暴力を物理的暴力(身体的暴力)に限定し、構造的暴力や文化的暴力を含めてはいないが、逆に、シャープの戦略的非暴力の思想には、目標を明確に示し、そのための道筋を計画できるという利点がある。

②シャープが無慈悲な侵略者や独裁者に対しても非暴力で闘うことを断念しないのは、非暴力への確信と世界の可変性に対する信念による。もちろん、非暴力が有効に機能する条件を日常的に高めていくための多面的なアプローチも必要だが、シャープの非暴力思想の意義は、暴力ではなく非暴力手段によって不正と闘い、公正で非暴力的な世界をつくっていく方法を理論的・実証的に示したことにある。

 

参考文献

  • Sharp, Gene 1960 Gandhi Wields the Weapon of Moral Power (Ahmedabad: Navajivan Publishing House).
  • ――1970 Exploring Nonviolent Alternatives (Boston: Porter Sargent Publishers)[『武器なき民衆の抵抗――
  • その戦略論的アプローチ』小松茂夫訳、れんが書房、1972年].
  • ――1973 The Politics of Nonviolent Action, Parts 1-3 (Boston: Porter Sargent Publishers).
  • ――1979 Gandhi as a Political Strategist (Boston: Porter Sargent Publishers).
  • ――1980a Social Power and Political Freedom (Boston: Porter Sargent Publishers).
  • ――1980b Making Abolition of War a Realistic Goal (New York: World Policy Institute)[「戦争の廃絶を実現可能な目標とするために」岡本珠代訳『軍事民論』特集第28号、1982年5月].
  • ――1985 Making Europe Unconquerable: T/he Potential of Civilian-Based Deterrence and Defence (Boston: Ballinger Publishing Company).
  • ――1990 Civilian-based Defense: A Post-Military Weapons System (Princeton: Princeton University Press)[『市民力による防衛――軍事力に頼らない社会へ』三石善吉訳、法政大学出版局、2016年].
  • ――1990 The Role of Power in Nonviolent Struggle (Cambridge, MA: The Albert Einstein Institution).
  • ――1992 Self-reliant Defense: Without Bankruptcy or War (Cambridge, MA: The Albert Einstein Institution).
  • ――2003 There Are Realistic Alternatives (Boston: The Albert Einstein Institution).
  • ――2005 Waging Nonviolent Struggle: 20th Century Practice and 21st Century Potential (Boston: Porter Sargent Publishers).
  • ――2011 From Dictatorship to Democracy: A Conceptual Framework for Liberation (London: Housmans)[『独裁体制から民主主義へ――権力に対抗するための教科書』瀧口範子訳、ちくま学芸文庫、2012年]. 
  • 寺島俊穂『市民的不服従』風行社、 2004年。
  • ――『戦争をなくすための平和学』法律文化社、2015年。
  • 中見真理「ジーン・シャープの戦略的非暴力論」『清泉女子大学紀要』第57号、2007年。
  • 三石善吉『武器なき闘い「アラブの春」――非暴力のクラウゼヴィッツ、ジーン・シャープの政治思想』阿吽社、2014年。