日本平和学会2019年度秋季研究集会
文明転換への挑戦――新潟の「エネルギー・デモクラシー」
新潟国際情報大学
佐々木 寛
キーワード:エネルギー・デモクラシー、コミュニティ・パワー、再生可能エネルギー、脱原発型社会、「3・11」(福島原発事故)、文明災、エネルギー植民地主義、2016年新潟県知事選、行政との協働(パートナーシップ)
はじめに――「3・11」、福島第一原発事故をどうとらえるか。「文明災」の視点。
2011年の東京電力福島第一原発の過酷事故をどうとらえるか、という問題は、現代日本における社会科学全般にとって依然として重大な挑戦であり続けている。本報告では、「フクシマ」の経験を、単なる「天災」や「人災」を超えた「文明災」として位置づけ、「フクシマ後」の世界を、「脱原発型社会」の実現という文脈でとらえてみたい。
1. 多層的な「エネルギー植民地主義」の形成
明治維新から150年の日本の近代史は、福島や新潟などの「地方」が東京のエネルギー供給地として位置づけられていった歴史でもある。電源開発の歴史は、近代国家の形成、そして近代戦争の歴史と歩みを共にしてきた。さらに、原子力発電所建設の歴史は、「ヒロシマ・ナガサキ」(第一の敗戦)の後、単に国内における南北問題(開発問題)の文脈のみならず、日本が東西冷戦構造の中で組み込まれていった国際原子力体制の文脈で理解される必要がある。
2.「エネルギー・デモクラシー」の視点
「文明の血液」であるエネルギーのあり方は、社会のあり方そのものを規定する。19世紀からの石炭が中心の「カーボン・デモクラシー」の時代、20世紀の石油がつくりだしたグローバルな植民地システムの時代を経て、21世紀以降の来るべき再生可能エネルギーの時代では、社会の構成原理が大きく異なる。
原子力エネルギーの軍民利用は、中央集権的で地域分断的な「原発型社会」の形成を促す。逆に、再生可能エネルギーの促進は、「地域分散ネットワーク型社会」と親和性が高い。民主主義の深化とエネルギーの民主化との関連性やダイナミズムをとらえる視点が「エネルギー・デモクラシー」の視点である。東アジアは、いわば軍民にまたがる「核」が集積する「核地域」であるが、各国の核開発の歴史と権威主義体制の形成とは緊密に関連している。
3.東京電力柏崎刈羽原発をめぐる政治――2016年新潟県知事選とその遺産
2016年、「保守王国」新潟で原発再稼働反対派の革新系知事が誕生した。スキャンダルによって約1年半でその任期を終えたが、2018年県知事選、2019年参院選も含め、その後の新潟における原発政治に決定的な影響を与えることになった。特に、「新潟県原発検証委員会」が設立されたことは、原発をめぐる熟議デモクラシーの観点からも重要である。新潟では、1996年の巻原発建設問題を契機として日本初の住民投票が実施されたが、世界最大級である柏崎刈羽原発の再稼働問題は、地方に発しながら、広く日本全体のエネルギー政策、および安全保障問題とも連動しつつ、新たなデモクラシーの地平を切り拓く可能性を秘めている。
4.コミュニティ・パワーの可能性――「おらってにいがた市民エネルギー協議会」の試み
新潟では、「3・11」の衝撃を契機に、2014年に「おらってにいがた市民エネルギー協議会」が設立された。「反原発」からさらに歩みを進め、「脱原発」、「卒原発」のための基本条件を、市民自らが創りだす試みである。地球温暖化問題、原発問題を克服するための、地産地消、「地産地所有」の自然エネルギーを促進することで、地域から首都圏に流出する資金や雇用を地域で循環させる仕組みを創りだす。日本全国にはすでに250以上もの「コミュニティ・パワー」が活動しているが、このように、個々の地方が「自立/自律」することで、「中央集権=地方分断型国家」、そして「エネルギー植民地主義」を下から内破する契機が生み出される。
市民社会論の観点からは、こういった試みが、第一に、災害等の「安全」の問題を、市民社会が自らの重要課題として争点化することにより、「エネルギー安全保障」も含む「国家安全保障(national security)」そのものの見直しや脱構築の道が切り拓かれる。第二に、市民社会が既存の行政や経済・金融・産業界と「いかに」連携してデモクラシーを実現してゆけるのかという、これまでの民主主義理論では不十分であったデモクラシーの実践性や包括性に関する議論を喚起する。
おわりに――「東アジア自然エネルギー共同体」の可能性について
ヨーロッパ共同体の起源は、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体だった。仮に将来、東アジアの平和共同体が実現するとすれば、その出発点もまた、何らかのエネルギー共同体である可能性がある。「核地域」としての東アジアに、市民社会が国境を超えて下から創り出す、「東アジア自然エネルギー共同体」の構想は、同時に東アジアにおける恒久平和の構想でもある。
<主要参考文献>
● Timothy Mitchell, Carbon Democracy: Political Power in the Age of Oil, VERSO, 2011.
● 佐々木寛「政治理論における〈核〉の位置づけに関する若干の考察─『3・11』後の政治学のために」『立教法学』第86号、2012年
● 佐々木寛「『エネルギー・デモクラシー』の挑戦 ─ 新潟県の原発検証委員会について」『日本原子力学会誌』Vol.59、No.12、2017年