日本平和学会2019年度秋季研究集会
共生・共存パラダイムとグローバル資本制社会
國學院大學経済学部
古沢 広祐
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はじめに
「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治『農民芸術概論』)の言葉のように、誰かの不幸を前提とするような状態や自分一人だけが幸せな世界は成り立たない。しかし、人の世界には共感・協調だけでなく、競争心、優越感、ねたみ、差別意識などが伴いがちである。長い人類の歴史を振り返えると、生存競争以上の激しい敵対や抗争が繰り返されてきた。内戦や国をあげての戦争、大量殺戮(ジェノサイト)にいたるまで、無数の争いが起き、今も各地でこうした事態は起きている。多数の兵器が存在し、人類を幾度でも全滅させうる核兵器まで生み出して、手放すことができないのが今の世界の現実でもある。 『農民芸術論』の引用の中で続いて記されているのが次の言葉である。
「自我の意識は 個人から集団 社会 宇宙と次第に進化する・・・(中略)・・・新たな時代は 世界が一の意識になり生物となる方向にある。正しく強く生きるとは 銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである・・・(後略)・・・」
彼の残したこの言葉の意味をどう考えるか、改めて現代の視点から問い直してみよう。
1. マクロ的視点から新たな世界認識
アフリカを起源に人類は、ゆっくりとした歩みのなかで地球の各地に分散化した。地域的な諸文化や広域にまたがる諸文明を形成しつつ、大航海時代(15世紀)後、私たちは再び一体化(統合化)をつよめて今日に至っている。20世紀以降、人類の活動領域は地球外の宇宙にまで広がり出している。
しかし人類の大繁栄の半面では、地球の生物種の数多くが絶滅し、気候大変動を引き起こすなど、存在基盤自体を揺るがしている。他方、自分と世界を宇宙的な視野からとらえ直すことで、今の世界が非常に狭い部分でしかないことが自覚できる時代を迎えている。日常世界の利害対立や民族対立などを相対化することで、世界が刷新される可能性(新たな世界認識)を手にできるかもしれない。人類がどういった歩みの中で現在に至ったか、大きなマクロ的視点から宇宙スケールで認識しなおす枠組みを協働知の試みとして探ることはどこまで有効であろうか。
人間活動のスケールは、世界へ、宇宙へと向かう外的な活動領域とともに、もう一方では内面的な意識ないし認識面においても大きく拡張してきた。本報告では、大枠のとらえ方を提示するとともに(幾つかの概念図)、とくに「社会経済領域」の総体を把握するために資本概念の再構築の試論を試みたい。
2. 人新世・ホモ・デウス・資本新世
人新世をめぐる議論とともに、ホモ・サピエンスが地球上で特異的繁栄をとげてきた経緯について明快に示したのが、Y.N.ハラリである(ハラリ2016、2018)。人間中心主義の成果である点を強調しつつ、その成果自体が人間という存在を変えてしまう可能性を、ポスト・ヒューマン的な存在になると見通してホモ・デウスという造語で提示したのだった。人間中心主義が生み出した多くの成果の最終的帰結として、全ての情報を掌握して操作していく能力の肥大化の極点において、ホモ・デウスは想定されている。変容していく人間の姿を、象徴的な存在「ホモ・デウス」として思い描くことは一見してわかりやすい。
しかしながら、人間をとらえる視点としては、資本新世といった用語で示されるような経済活動(資本の拡大増殖運動)が創り出すダイナミックな構成体としてとらえる批判的視点の方がより本質的で重要だと思われる。人新世について論じるダナ・ハラウェイの興味深い指摘としては、人間一般を一括りで議論するのではなく、価値増殖(資本蓄積)の拡大が地球全体を覆いつくす「資本新世」というとらえ方や、工場式畜産や広大なモノカルチャー(単一栽培)がグローバルに展開して未曽有の自然収奪を引き起こしていると見る「植民新世」などという見方の重要性を提起している(ハラウェイ2017)。
3. グローバル資本制社会と共生・共存パラダイム
本報告では、時間的制約もありハラリとハラウェイを引き合いにしつつ、グローバル資本制社会をめぐる論点とできれば社会編成の組み換えとしての共存・共生社会について論じたい。人間存在とは、拡張様式として資本形成をしながら拡大増殖するメガマシン的有機体を構成しつつ、各種制度など経済・社会・文化システムで成り立つ超有機体のような姿として相対視できる。そうした視点から人間存在の実像をとらえ直す意義と方向性に関して、多角的に議論できればと考えている。
参考文献
Y.N. ハラリ(2016)『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』柴田裕之訳、河出書房新社。
同(2018)『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』柴田裕之訳、河出書房新社
D. ハラウェイ(2017)「人新世、資本新世、植民新世、クトゥルー新世」『現代思想2017年12月』青土社
古沢広祐(2016) 「人類社会の未来を問う―危機的世界を見通すために―」『総合人間学10』総合人間学会
同(2019)「ホモ・サピエンスとホモ・デウス、人新世(アントロポセン)の人間存在とは?」総合人間学会
(総合人間学会誌はネット公開:http://synthetic-anthropology.org/?page_id=334)