アフリカと国際刑事裁判所をめぐる関係性についての実証研究 ――アフリカ連合とローマ規程締約国会議での議論に着目して――

日本平和学会2019年度秋季研究集会

 

アフリカと国際刑事裁判所をめぐる関係性についての実証研究

――アフリカ連合とローマ規程締約国会議での議論に着目して――

 

宇都宮大学地域創生科学研究科・国際学部

藤井 広重

 

キーワード:国際刑事裁判所(ICC)、アフリカ連合(AU)、ローマ規程締約国会議、国際機構と国家、司法および人権アフリカ裁判所(ACJHR)

 

はじめに

 国家元首や政府高官が外遊のため諸外国を訪問する機会は過去と比較して非常に増えている。一年を通して、国際会議や二国間の協議などが頻繁に開催されているが、従来特権免除を享受してきた者たちに対し、2002年から活動を開始したローマ規程に基づく国際刑事裁判所(ICC)は、訴追免除を認めていない。しかし、その実効性には疑問が呈されている。なぜなら、ICCから逮捕状が発布されているスーダンの国家元首(当時)は、逮捕されずに諸外国への外遊を繰り返していたからである。スーダン(ダルフール)の事態は、2005年に国連安保理によってICCに付託され、このときにスーダンの国連大使は「ICCは、はじめから開発途上国や弱い諸国家(weak States)に対して向けられており、優越する文化を行使するため、また、文化的優越性を押しつけるための道具である」と批判した(UN 2005)。しかし、自らも弱い国家と称しながらも、現実にはICCによる法の執行を巧みに回避してきている。国際政治学のリアリズムでは、一般的に国家の力によって国際法が制限されており、国際関係において法は、力のある国家の行動を制限する機能がないとみなされ、力が弱い国家が国際法の制限を受けると考えられてきた。ここで改めて検討すべきことは、ICCが大国とは言えない国家に対しても機能していない事例に対し、どのような視座を用いて分析を行うことができるのかということではないか。つまり、本研究報告の目的は、アフリカ諸国が、自らが求めていないICCからの司法介入に対し、いかなるスタンスを選択してきたのか、またそれを可能とした要因は何かという問いに答えることである。

 

1.国際機構と国家との関係性におけるアフリカの位相

 国際機構と国家との分析において、これまでも大国が自己の利益に適うよう国際機構に影響力を行使してきたことが論じられ(Krasner 1991; Steinberg 2002)、逆に、大国とは言えない国家は、大国の国際機構に対する支配的な試みを支持することと引き換えに利益を得てきたことが指摘されている(Moravcsik 1991; Schneider 2011)。先行研究において、国際機構はあくまでも大国との関係で論じられることが多く、アフリカは暗黙のうちに、国際機構を受け入れるか、それとも受け入れないかの二者択一の選択肢しか与えられていない客体として扱われてきた。そこで、本研究がまず提示することは、大国とはいえないアフリカがICCに対し影響力を行使する、もしくは行使しようと試みているプロセスについて考察するための理論的分析枠組みである。そして、研究対象として取り上げるのが、アフリカ諸国がICCに対するアプローチを議論しているアフリカ連合と、アフリカ連合での議論をアフリカの意志として議論の俎上に乗せられているローマ規程締約国会議である。本研究は、国際関係におけるアフリカを客体としてではなく主体として捉え直す作業を進め、両アリーナでの議論を考察することで、悪化したアフリカとICCの関係性についてのより立体的な分析を行い、アフリカ連合とローマ規程締約国会議で展開された政治動学と両者の相互作用を明らかにする。

 

2.アフリカ連合

本節では、アフリカ連合でのICCに関する三つの議論を考察する。一つは、スーダンのバシール元大統領に対する逮捕状の発布を契機としたICCに対する非協力決定。二つは、ICCの代替メカニズムとして設置が検討されてきた司法および人権アフリカ裁判所(藤井2019)。最後に、2017年1月のアフリカ連合総会でICCに対する脱退戦略と題した文書(Withdrawal Strategy Document) の成立についてである。

 

3.ローマ規程締約国会議

本節では、ローマ規程締約国会議での二つの議論を考察する。一つが、ICCからの協力要請に違反した国家に対する締約国会議内での議論。二つが、ローマ規程や手続き法規などのICCの法的枠組みの改定についての議論である。とりわけ、後者は、2013年のローマ規程締約国会議にて、ケニアによる裁判所手続き改定の試みが成功していることに焦点を当てる。

 

おわりに

 先行研究では、非常に限定的な条件下でのみアフリカがアフリカを超えたガバナンスに影響を行使することができないことを提示していた(Welz 2013)。だが、本研究報告が明らかにしたことは、アフリカはICCに対して影響力を行使するために、大国や安保理からの支持を必ずしも取り付ける必要はなく、ローマ規程締約国会議の場にて、実定法の改正を試み、そして、成功しているアフリカの姿である。アフリカ諸国がICCに対して支配的になれるということは、ICCが有力ではない国家/弱い国家からも、影響力を行使される弱い国際機構である、もしくは設立当初と比較して弱い国際機構になってしまったことを同時に示していると考えられる。

 

参考文献

  • Krasner, Stephen D. (1991) “Global Communications and National Power: Life on the Pareto Frontier,” World Politics Vol. 43, No. 3, pp. 336-366.
  • Moravcsik, Andrew (1991) “Negotiating the Single European Act: national interests and conventional statecraft in the European Community” International Organization, Vol. 45, Issue 1, pp.19-56.
  • Schneider, C.J. (2011) “Weak States and Internationalized Bargaining Power in International Organizations,” International Studies Quarterly, Vol.55, pp.1–25.
  • Steinberg, Richard H. (2002) “In the Shadow of Law or Power? Consensus-Based Bargaining and Outcomes in the GATT/WTO” International Organization, Vol. 56, No. 2, pp. 339-374.
  • UN Doc. S/PV.5158, 31 March 2005.
  • Welz, Martin (2013) “The African Union Beyond Africa: Explaining the Limited Impact of Africa's Continental Organization on Global Governance,” Global Governance, 19(3), pp. 425-441.
  • 藤井広重(2016) 「国連と国際的な刑事裁判書:アフリカ連合による関与の意義、課題および展望」国際連合学会編『国連研究第17号』国際書院, 121-148頁。
  • —— (近刊)「司法及び人権アフリカ裁判所設置議論の変容:国際刑事裁判所との関係性からの考察」『アフリカレポート』57巻。
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