日本平和学会2019年度春季研究大会
「朝鮮脅威」の構成に関する考察
朝鮮大学校
廉文成(リョム ムンソン)
キーワード:朝鮮脅威、日米安保体制、ミサイル防衛システム、安全保障化
はじめに
朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を日本(及び西側諸国)の平和と安全に対する脅威とみなすことは今日、極端な考えでもなければ説得力に欠くものでもなく、朝鮮を捉える主要な観点となっている。また、日本においてはミサイル防衛システムの導入に関する議論の進展に大きな影響を与えるものとなっている。しかし、このような現実の前で、その脅威が日本の安全保障の主要な懸念として構成される過程に着目し、「朝鮮脅威」そのものに還元することのできない、他の要因についても考えてみる必要があるのではないか。朝鮮脅威論と日本の安全保障を担当する政治権力との関係に関する考察の一環として、朝鮮と冷戦後の日米安保体制及びミサイル防衛システムの構築の関係についての分析を試みる。
1. 冷戦後日本のミサイル防衛(MD)システム構築と朝鮮脅威
朝鮮のロケット/ミサイルが日本の上空を通過、もしくは日本方面へ発射されたことにより、日本の安全保障に対する直接的な脅威として位置付けられるようになった。山本は、朝鮮によるロケット発射実験(1993年のいわゆるノドン・ミサイルと1998年のテポドン・ミサイル)に対する脅威感の高まりが、「日本がBMDシステムの導入に踏み切った最大の契機」であると指摘している(山本2009:204)。朝鮮脅威と日米によるMD共同開発は、直接的な関連性を有しているといえよう。これは冷戦が終結した後、朝鮮の体制崩壊を前提とする米国の対朝鮮政策との関連の中で、日米安保体制が再定義されていく過程と大きな関連性を有している。
2. 2017年朝鮮のミサイル試射と朝鮮脅威論の高まり
朝鮮が日本に対する現実的脅威として大きくクローズアップされた直近の例は、2017年の全国瞬時警報システム(Jアラート)の実施であろう。8月9日、朝鮮人民軍戦略軍司令官は米国に厳重な警告信号を送るために中距離弾道ロケット「火星-12」型4発の同時発射を検討しているとし、島根県、広島県、高知県上空を通過し、海上水域に着弾するであろうと述べた。そして8月29日、朝鮮が発射した弾道ロケットは北海道の大島半島と襟裳岬上空を通過し、北太平洋海上に設定された目標水域を命中打撃したと発表した。翌月15日にも同型弾道ロケットが北海道上空を通過した。朝鮮の公式声明で、ロケットの発射はあくまでも米側の軍事威嚇に対するリアクションであると主張しているが、攻撃的な表現だけがクローズアップされ、脅威論は一層信憑性を増した。同年の衆議院議員総選挙は自民党の大勝に終わり、結果について麻生太郎副総理兼財務相は「明らかに北朝鮮のおかげもある」と述べた。脅威認識が投票行動に影響を与えたという認識の表明であろう。
3. 脅威が構成される構造(仕組み):東北アジア冷戦体制と国際レジーム
朝鮮脅威論の台頭は、冷戦崩壊後、日米同盟関係の深化と共に、アジアにおける不安定要因としての朝鮮が強調されたことと関連している。そしてその日米安保体制は朝鮮戦争を契機に締結された日米安全保障条約(旧安保条約)に基づくものである。冷戦という状況が同盟システムによって支えられていることを示している。このような仕組みが東アジアにおける米国の同盟を存続させる自立性を生み出し、そして米国の世界戦略における日本の役割の増加とともに、朝鮮脅威が一層強調され、受容される。2000年代以後はブッシュ政権による対テロ戦争の一環として国際輸出管理レジームが強化された。これにより、対朝鮮輸出規制という「ソフト」な枠組みが、朝鮮に圧力を加える脅迫のレジームとして機能し、これに異を唱える朝鮮の言説は好戦的なものとして受け止められ、朝鮮脅威を補強した。
おわりに
豊下が指摘する通り、安保条約の正当化を支える要因としての脅威は、客観的に存在する脅威ではなく、「脅威論」にある(豊下2011:1)。「脅威論」であるからこそ、それを巻き起こす朝鮮の軍事行為そのものには還元することのできない様々な政治現象に着目する必要がある。一方のアクションに対する他方のリアクションとしての軍備増強の応酬に着目するだけでは、「脅威論」の構成過程を考察することができない。このような考察は、日本の安全保障政策がどのように構成されたのかを批判的に問う視点を提供してくれるのではないか。
参考文献
梅本哲也『アメリカの世界戦略と国際秩序』ミネルヴァ書房、2010。
大屋根聡(編)『コンストラクティヴィズムの国際関係論』有斐閣ブックス、2013。
五味洋治『朝鮮戦争は、なぜ終わらないのか』創元社、2017。
豊下楢彦「安保条約と『脅威論』の展開」、『立命館平和研究』第12号(2011.3)。
半田滋『「北朝鮮脅威」のカラクリ-変質する日本の安保政策』岩波ブックレット、2018。
山本武彦『安全保障政策-経世済民・新地政学・安全保障共同体』日本経済評論社、2009。
吉次公介『日米安保体制史』岩波新書、2018。