日本平和学会2019年度春季研究大会
日本における徴兵忌避と兵役拒否
京都女子大学
市川 ひろみ
キーワード:徴兵忌避、兵役拒否、徴兵制、徴兵逃れ、個人と国家
はじめに
日本では、憲法制定の16年前の1873年(明治6年)に徴兵制導入された。徴兵制は西欧では主権者である国民による軍隊として登場したが、日本では、人々は国民としてではなく臣民として天皇の軍隊での役務が義務づけられた。人々には主権者であるという意識も、国家は、国民を個人として尊重するべきであるという意識もなかった。それでもなお、多くの人々は徴兵されることを拒んだ。徴兵忌避者と兵役拒否者である。本報告では、平和研究の観点から、彼らの行為をどのように評価できるのか問題提起したい。
1.徴兵を忌避した人々
徴兵忌避者とは、合法・非合法の手段によって兵役に就くことを回避した人々である。徴兵制が導入された初期には、免役条項を利用して、多くの人々が戸籍登録をごまかしたり、養子縁組をしたり、徴兵制がまだ適用されていなかった北海道に送籍するなどの合法的な方法で徴兵に応じなかった。そのような免役制度が廃止されると、人々は命がけで徴兵忌避を試みるようになった。徴兵検査で不合格になることを狙って、極端に体重を減らす、大量の醤油を検査直前に飲み高血圧を装う、右手人差し指を切り落とすなどが一般的な方法であった。「姿を消した」ケースも決して少なくはなかった。しかし、これらの方法は肉体的にも法的にも危険であった。彼らは、自らの信ずるところを主張しなかったが、国が強制する義務を拒否した。
2.兵役を拒否した人々
徴兵制の下での兵役拒否は、国民である個人が、自らの信仰・信念に従って、国家が求める軍隊での役務を拒否する行為である。日本において、兵役を拒否した人は極少数で、全員がキリスト教(無教会派・灯台社)の信者であった。彼らは、厳罰に処されることを覚悟していたが、処刑された人はない。当時の日本社会では、国家の課す義務を拒否する個人がいるとは思いもよらないことであり、彼らの存在に軍当局が動揺した様子を見て取ることができる。キリスト者にとっても、天皇制の下での国家に個人として対峙することは、困難であった。日本におけるキリスト教的平和主義に影響力の大きかった内村鑑三(1861-1930)は、キリスト者は二つのJ(JapanとJesus)に従うべきであり、国家の命令に服従して戦場に赴き、敵に対して抵抗することなく死を遂げるべきだと説いた。学徒兵として中国大陸に遣されていた渡部良二(1922-?)は、初年兵49人のうち一人、捕虜殺害命令を拒否した。
3.戦後も顧みられなかった徴兵忌避者と兵役拒否者
徴兵を忌避した人の中には、たとえそれが合法的な手段であったとしても、あるいは命がけの試みであったとしても後ろめたさを感じつづけた人もあった。多くの忌避者が自らの行いについて証言しようとしなかった。自らの信仰に基づき「堂々と」兵役を拒否した人々も、卑怯者と批判され、苛烈な弾圧の対象ともなった。
おわりに
日本では、社会主義者も、非戦論・反戦論者も、キリスト教指導者でさえも、国民は軍隊での義務を果たすべきだとして徴兵忌避者・兵役拒否者を支持することはなかった。戦後も、戦争放棄の憲法の下、徴兵忌避者・兵役拒否者が顧みられることはなかった。しかしながら、彼らの行いは、臣民として位置づけられていた人々による国家のあり方を問う行いとして捉えることができる。
参考文献
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