低認知被災地域における長期的な市民調査の意義と課題~茨城県の事例を中心に

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日本平和学会2019年度春季研究大会

 

「低認知被災地域における長期的な市民調査の意義と課題~茨城県の事例を中心に」

 

茨城大学

原口 弥生

 

キーワード:福島原発事故、放射能汚染、低認知被災地、市民調査、東海第二原発

 

はじめに

 東日本大震災・福島原発事故から8年が経過し、「復興庁」の廃止と国の復興・創生期間も終了する2021年3月まで2年を切った。来年の東京オリンピック、さらに復興庁が廃止される2021年度以降は、東日本大震災や福島原発事故に向けられる社会のまなざしは、一層弱まり、また「過去」の出来事として扱われることが予想される。福島県外の放射能汚染地域では、残存する放射能汚染を意識しない日常生活が展開されているなか、どのように問題をフレーミングし、市民活動を継続するかが課題となっている。本報告では、福島原発事故においける「低認知被災地」の意味を明確にした上で、茨城県の事例を中心に、市民活動の展開過程と、そのなかで現在も継続する市民調査に焦点を当てその意義と課題について明らかにする。

 

1.福島原発事故における低認知被災地の意味

 「低認知被災地」とは、とくに激甚災害における周辺部の汚染や被害について「制度的に被災地として十分にとり扱われていない地域において、被災状況の社会的認知ならびに公的支援・救済をもとめる動きがある地域」として定義される(原口, 2013: 9)。周知のとおり、福島原発事故による放射能汚染は東日本の広範囲に及んだが、被災地は福島県を中心に議論されることがほとんどである。もっとも深刻な影響を受けた福島県の多様な被害について明らかにする作業は重要であり必要である。しかし、福島原発事故の影響を総合的に把握するためには、「低認知被災地」の汚染状況やそれに関する市民活動を分析することで、福島原発事故のすそ野の広さと多層的な問題状況の理解を進める必要がある。福島県外においても、激甚災害の中心地と比較すると、汚染の度合いは全般的に低い地域がほとんどであるが(一部に例外地域も)、事故前の状況と比較すると決して無視できない汚染状況が広がっている。

 

2.低認知被災地における放射能汚染への限定的対応

 本報告では、福島県外の隣接周辺地域を低認知被災地として位置づけるが、福島県外において放射能汚染の実態に公的にまったく無視まったく目が向けてこられなかった訳ではない。事故直後の汚染状況が不明ななか、土壌汚染マップを自治体独自でつくるべき職員総出で測定を行った自治体もあった。

 また、放射性物質の除染対象地域となる「放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域」として、福島県41(避難指示区域は除く)、茨城県20、群馬県12、宮城県9、千葉県9、栃木県8、岩手県3、埼玉県2と東北・関東の104市町村が指定されている(2011年12月28日に102市町村指定、2012年2月24日に2市町村追加)。とは言え、これらの除染活動がどのように行われたのかの検証が必要であり、さらに除染終了後に確認された放射能汚染にどのように対応するかについては予算付けがないため、各自治体で課題となっている。除染活動の他、各地で放射線の空間モニタリングは現在でも継続されているが、定点観測という点で限定的対応にとどまっているのが現状である。放射性物質による土壌汚染の存在は福島県外でも公的に認められていても、一度行われた除染活動後は、汚染状況の放置が続いており、健康影響に関する議論となるとさらに消極的な対応が目立つ。

 

3.長期的にみた市民調査の意義と課題 

 茨城県内では、3.11後、各地で新しい市民グループが結成され、独自の勉強会や行政への請願・陳情などが展開され、一定の成果を見た地域もある。しかし、今もなお活動を続ける市民グループの数は2012年頃のピーク時からすると少なくなっており、継続する市民グループにはいくつかの特徴がある。市民調査を実施するグループ、他のグループとのネットワーク(全国や地域レベル等)をもつグループなどである。

 事故直後に比べて、行政に対して何らかの対応を求める要請型の活動は減少し、むしろ市民自らでデータを蓄積し、それを市民に発信することが第一の目的とされる。だが、環境汚染や健康被害において問題状況が確認されたり、行政が公表する同様のデータにおいて問題が確認された場合には、鋭く指摘する状況が続いている。

 市民調査型の市民活動はデータ蓄積や具体的な問題解決につながる点で、非常に意義深いが、長期的に見ると課題もある。放射性セシウム137の半減期が約30年であることを考えると、現在の放射能汚染の状況は、これから約20年はそれほど変わらず、引き続きの調査が期待される。行政による調査は予算確保が課題である一方、市民調査においては、現在においても人・資金・時間の持ち出しによって実現しており、長期的な活動においては活動主体のモチベーションや年齢等にもあり、継続への不安は当事者からも聞かれる。

 

おわりに

 本報告では、低認知被災地における市民活動の意義と課題に焦点をあてるが、茨城県においては東海第二原発の再稼働問題も大きな争点となっている。福島原発事故による放射能汚染や被害をどうとらえるか、によって、今後、地域にある原子力発電とどう向き合うかも変わってくる。将来的な原子力をめぐるローカル・ガバナンスという点でも、福島原発事故による放射能問題や被害の認識は非常に重要な意味を持つ。

 

参考文献

原口弥生, 2013「低認知被災地における市民活動の現在と課題~茨城県の放射能汚染をめぐる問題構築」『平和研究』第40号, pp.9-30.