日本平和学会2019年度春季研究大会
今日における科学者と軍事研究の問題
池内 了
キーワード:科学者の軍事協力、安全保障技術研究推進制度、日本学術会議声明、軍民両用技術
はじめに
アジア・太平洋戦争終了後、日本学術会議は軍事研究には協力しないと決議し、その誓いによって日本の科学者はもっぱら軍事とは無関係の研究に従事してきた。しかし、2015年に防衛装備庁が研究委託制度である「安全保障技術研究推進制度」を創設し、科学者が軍事研究に携わる道を開いたことから雲行きが大きく変化し、日本のアカデミアと軍事研究の問題がクローズアップされるようになった。この制度は、アメリカにおいて、軍(国防総省)に兵器開発専門の研究所をおくとともに、大学における科学者に対して軍学共同研空予算を餌にして、軍民両用技術という名目で民生研究を軍事研究へ転用する働きかけを行うDARPA(国防研究計画局)方式を参考にしたものである。日本の科学技術政策が「選択と集中」に傾き、研究費不足に悩む大学の科学者にとって軍事研究への誘引となっており、今後軍産学複合体へと進んでいくことが強く懸念される。
1.安全保障技術研究推進制度の概要
この制度の募集種目は、タイプA(年間3900万円上限)とタイプC(年間1300万円上限)のいずれも3年間継続可能な種目と、タイプS(総額20億円上限で5年間継続可能)の3つである。タイプAはシニア向け、タイプCは若手向けで、年間総額約10億円、タイプSは研究リーダーが牽引する大型研究種目で年間総額約90億円として、年額約100億円規模となっている。対応する科研費の項目と比べると、書類の数など圧倒的に応募しやすくなっている。一番の特徴は、募集テーマが示されていることで、「基礎研究」と呼んでいるが、実際には示されたテーマ(AI、デバイス、電磁波、接着剤、強力エンジン、化学物質など)の応用研究で、装備庁としては「将来の防衛装備品開発に資する」ことが目的である。実際、募集テーマの概要を読むと、どのような兵器に繋げようとしているかが予想できる。科学者が気にする研究成果の公表の自由度、特定秘密との関連、PO(プログラムオフィサー)の研究への介入、の問題についてトラブルが起こらないよう気を遣っているが、公募要領をじっくり読めばいくつも問題点がしてきできる。
2.この4年間の応募の推移
2015年には応募者は109件(大学58件、公的研究機関22件、企業29件)と非常に多かったのだが、2016年には44件(大学23件、公的研究機関11件、企業10件)と激減した。2015年夏に安保関連法制反対運動が全国的に広がり、応募を控えた科学者が多くいたことが伺える。2017年は104件(大学22件、公的研究機関27件、企業55件)と再び増加したが、2018年は73件(大学12件、公的研究機関12件、企業49件)となっている。つまり、大学からの応募は減少しているが、企業は高い数で一定するようになっており、企業からの応募が多数になりつつある。公的研究機関と呼んでいる国立研究開発法人は全体の数から言えば高い割合で応募しており、「学」セクターの中心になっていくのではないかと思われる。
3.問題点
(1)大学からの応募が減少傾向であるのは、日本学術会議が2017年3月に出した「軍事的安全保障研究に関する声明」で、装備庁の委託制度は研究の自主性・自律性・公開性の3点において問題があり、国家の研究への介入を招いて学問研究の自由が損なわれる懸念があることが述べられており、それが多くの大学で応募をしない決定・決議・声明・宣言に繋がったためと思われる。しかし、国公私立を問わず、科学者は競争的資金を獲得できねば研究が続けられない状況にあり、「研究者版経済的徴兵制」へと追い込まれていく可能性があるため楽観は禁物である。特に、若手研究者には軍事研究へのタブー感は希薄だから、積極的な働きかけが必要である。
(2)企業からの応募が着実に増えていることから、防衛装備庁および軍需企業が結託して軍産複合体作りを目指していることが伺える。実際、防衛予算で潤っている軍需企業から大型研究への応募が(採択も)多く、武器生産・武器輸出へと企業活動の軸足を移しつつあることが読み取れる。これらの企業と大学との産学共同が進む可能性とともに、ベンチャー企業が複数採択されており、ベンチャーには企業や大学との共同研究を継続している企業が多く、新たな軍産学複合体形成の道になるのかもしれない。
(3)国立開発法人は大きな国策プロジェクトを提案することで予算を確保しているが、他方では運営交付金の削減は厳しく、経常研究費不足は国立大学と同様な状況にあって軍事研究に傾いていきやすい。実際、宇宙(JAXA)、海洋(JAMSTEC)、サイバー(NICT)は軍事的安全保障研究の最先端にあり、物質・材料(NIMS)とともに軍事に直結する研究テーマを掲げており、軍事的国策研究機関となっていく危険性が高い。また、国立研究開発法人は、大学と異なって批判的な目を持つ学生や市民からの注目に曝されにくいため、国家に忠実な科学者ばかりになってしまうことが危惧される。
おわりに
古来、科学者の軍事研究は続いてきた。そして、恐ろしい新兵器を作り出だしては「これで戦争は終わる」と嘯き、「これぞ人道的な兵器である」と胸を張った。このような科学者の平和への挑戦はどこから来るのであろうか。他方、1868年のサンクトペテルブルグ宣言以来、非戦・軍縮の動きも絶えず続いており、そのせめぎ合いが平和を希求する力となっていることを確認しておきたい(池内了2019)。
参考文献
池内 了『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』みすず書房、2019年。