移行期正義をめぐる研究の変遷と平和研究の観点からみる研究課題

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日本平和学会2019年度春季研究大会

福島大学

2019年6月23日

 

部会テーマ「移行期正義・ポスト移行期正義・民主主義:正義を求め続ける動きと政治」

「移行期正義をめぐる研究の変遷と平和研究の観点からみる研究課題」

 

愛知学院大学 杉山知子

 

キーワード:移行期正義、ポスト移行期正義、記憶、政治、平和教育

はじめに

 日本平和学会では、2012年の学会誌において移行期正義をテーマとした(日本平和学会編2012)。この特集号編者らは、移行期正義がその運用課程における政治力学を反映し限界や課題があること、移行期正義の評価と目的についての課題を指摘している。この報告では、移行期正義の取り組みの広がり及び研究の多様化について、平和研究の観点から検討したい。

 

1.移行期正義の取り組みと移行期正義研究

 移行期正義研究は、移行期正義の実践を反映しながら学問分野として発展してきた(二村2018)。移行期正義研究は、1980-90年代にラテンアメリカ諸国において体制移行期の真実と正義を求める動きが見られたことが背景にある。移行期正義研究では、民主主義の定着と正義の追及のトレード・オフや政治力学について議論された(大串1998、内田2002、杉山2011)。その後、内戦・紛争後社会の平和と正義を求める動きと国際社会の関与が見られ、移行期正義研究においても、平和/和解と正義のトレード・オフ、ローカルなレベルの現状、国際社会の関与とその限界といった視点かれ論じられるようになった(望月2012、クロス2016)。

 

2.移行期正義の取り組み及び移行期正義研究をめぐる近年の動向

 移行期正義の実践と移行期正義研究は多様化している。今日では、国際社会において、移行期正義の取り組み範囲は、人権侵害についての真実と正義の追及から経済的、文化的、社会的権利の回復をも目指すことが求められ(OHCHR 2014)、そのような視点からの研究も見られるようになった。国連が支援する移行期正義の取り組みの中に、個人に対する賠償ではなく、集合的賠償(コミュニティ・ベース)として、開発中心の賠償なども実施されるようになった。また、ジェンダー、先住民、子どもに焦点を当てた移行期正義の取り組みも見られる。

 

3.移行期正義研究と平和研究

 上記のように、移行期正義研究は、学際的な研究領域として発展してきた。日本では、地域研究及び国際社会との関連する研究領域(国際法・国際機関など)において議論が展開され、平和研究との関連では、特定の国の事例、国際法・国際機関、歴史的正義の視点から移行期正義研究が進められた(日本平和学会編2012)。近年では、開発、ジェンダー、先住民、子どもなどの視点からも論じられている。ここでは平和研究の視点から、芸術・平和教育との関連について、アルゼンチンとチリの事例を中心に、慰霊碑、博物館、パブリック・スペース、アートなどによる記憶形成と平和教育との関係から移行期正義の実践及び移行期正義研究を考えたい。

 

おわりに~移行期正義研究の今後の研究課題

 移行期正義についての取り組みはグローバル規模で拡大し、その研究についても、多様な研究分野の視点から研究が進められると思われる。日本においてもこの傾向は見られる。現在、隣接領域の学際分野的研究と地域横断型の移行期正義研究が進められており、狭義の学術研究を目的としないシンポジウムなども開催されている。

 

参考文献

大串和雄「罰するべきか赦すべきか―過去の人権侵害に向き合うラテンアメリカ諸国のジレンマ―」『社会科学ジャーナル』、1999年

内田みどり「ウルグアイにおける軍部人権侵害をめぐる政治力学―「平和のための委員会」の意義と限界」『国際政治 (131)』、2002年

杉山知子『移行期の正義とラテンアメリカの教訓-真実と正義の政治学』北樹出版、2011年

日本平和学会編『体制移行期の人権回復と正義[平和研究38号]』、2012年

望月康恵『移行期正義-国際社会における正義の追及―』法律文化社、2012年

OHCHR, Transitional Justice and Economic, Social, and Cultural Rights, 2014 

クロス京子, 『移行期正義と和解: 規範の多系的伝播・受容過程 』有信堂、2016年 

二村まどか「移行期正義史の一考察―平和と正義の関係を軸に―」『国際法外交雑誌(114-4) 』、2016年