東日本大震災の記憶を残す活動からみた原子力災害

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日本平和学会2019年度春季研究大会

 

東日本大震災の記憶を残す活動からみた原子力災害

 

福島大学うつくしまふくしま未来支援センター

深谷 直弘

 

キーワード:原子力災害、アーカイブ、モノ、不在感、日常の中の非日常

 

1.はじめに

 2020年度に東日本大震災・福島原発事故の記録などを展示・研究する施設「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設」(以下,アーカイブ拠点施設)が双葉町に開所予定である。報告者は、このアーカイブ拠点施設において収蔵する資料の収集にあたっている。さらに2017年に一部を除いて避難解除になった富岡町では2020年度にアーカイブ施設を開所することが決まった。それ以外にも大熊町や双葉町は町独自のアーカイブ施設建設の検討を始めている。このように震災の記録を残す活動が福島県内で行われている。

 本報告では、福島県の震災・事故の記憶を残す活動の特徴と意義について考察する。そのなかでも原子力災害の記録を中心に展示・研究を行うアーカイブ拠点施設構築に向けた収集活動を中心にとりあげ、収集資料から見えてくる原子力災害とは何か、さらにはそれを伝えることの難しさについて報告する。

 

2.福島県の震災関連資料の収集・保存活動

 県内の震災関連資料の収集・保存活動の先駆けの一つは、「ふくしま震災遺産保全プロジェクト」(以下、保全プロジェクト)である。2014年度からこの活動は本格的に開始した。保全プロジェクトは、福島県立博物館(以下、県立博物館)と浜通りの博物館、民間研究団体で実行委員会を組織して、2014年度から2016年度まで文化庁の補助金を受け、行ってきた事業である。保全プロジェクトは博物館活動として震災を示すモノを集め、それを歴史資料と位置づけ、震災を「歴史として伝えることを目指している」(高橋2015: 25)。震災跡を示すモノから震災という出来事が何であったのかを伝えていく試みである(高橋2015: 26)。

 次に特徴的な市町村の震災資料収集・保全に、双葉町教育委員会と筑波大学図書館情報メディア系の活動がある。震災資料の収集保全と管理を行なっている白井哲哉によればこれらの資料の特徴を、①双葉町役場という行政体が作成・収受した資料群(民間団体や個人の資料は基本的には含まれない)、②全員避難指示以降の町民等の避難生活実態に関する資料が中心(地震・津波の直接的被害に関する資料は少ない)、③原子力災害に関する資料が少ない、という3点に整理している(白井 2018: 59)。

 またそれだけではなく、双葉町を含めた大熊町や浪江町の3町では、2016年度から震災資料の収集、保存に関する合同の勉強会も開催している。(柳沼 2019:4;三町勉強会資料)。

 これらの活動で集めた資料は、地震・津波の痕跡を残す資料や仮設避難所に関する資料が多く、原子力災害固有の資料は少ない。もちろん全く存在しないというわけではなく、県立博物館が管理しているものに「広告が折り込まれ配達準備が整った新聞包み」や「富岡町原子力災害対策本部の状況」に関する資料などがある。また、これらの活動における資料収集に共通しているのは、歴史資料といった専門家が検証できる資料として価値づけを行っているという点だろう。

 

3.アーカイブ拠点施設の震災関連資料の特徴と課題

 福島大学うつくしまふくしま未来支援センターは、アーカイブ拠点施設に保管する資料の収集事業を受託し、2017年4月から筆者らが東日本大震災や原子力災害に関係する資料(「震災関連資料」と呼んでいる)の調査や収集を行っている。この館の基本方針は「世界初の甚大な複合災害の記録や教訓とそこから着実に復興する過程を収集・ 保存・研究し、風化させず後世に継承・発信し世界と共有」し、「特に福島だけが経験した原子力災害をしっかり伝える」(福島県2017『東日本大震災 アーカイブ拠点施設基本構想』)こととなっている。また、それと同時に県内の放射線に関して科学的に解説する類似施設「環境創造センター」があるため、アーカイブ拠点施設は人文・社会科学系の資料を中心とした「福島特有の原子力災害の様子や県民の心への影響まで」を対象にして資料を調査・収集することになっている。

 現時点で収集した原子力災害に関する資料の傾向に限れば次のことをいうことができる。それは、放射線が目に見えないため、その痕跡を示すモノが何かについて社会的な合意がほとんどないということである。原子力災害を示すモノとしてよく取り上げられるのは大抵、文字情報が入った資料(黒板、ホワイトボード、大きな方眼紙や紙)となる傾向にある。地震・津波被害を示すモノは、目に見える形で残っているためわかりやすいが、原子力災害を示すモノは目に見えないためわかりづらい。

 収集したモノ資料は、被災した場所(空間)と紐付けられていたものがほとんどである。福島県オフサイトセンター(3月15日まで事故対策本部が設置された場)にあったホワイトボードは、その空間にあることで私たちは震災の意味を理解することができる。しかし、その空間から切り離されてしまうと、モノと空間によって形成されていた雰囲気(アウラと言ってもいい)が消えてしまい、ただの文字が記された白い板になってしまう。

 

4.震災関連資料から見えてくる原子力災害の特徴と課題

 最後に私たちが集めてきた原子力災害に関する震災資料の特徴と、原子力災害を呈示していく上での課題を最後に検討したい。資料の特徴と課題は以下になるだろう。

 1つ目は、原子力災害に関するモノ資料の特徴は「物理的な被害によるインパクトが作動しない」ということである。モノだけを収集してもその空間自体が持っていた雰囲気が消えてしまう。ただの机や椅子、黒板、ホワイトボードになってしまう。だからこそ、文字情報の入ったモノが多く収集されている。その空間にあった雰囲気(「不在感」といってもいい)も含め、どのように伝えていくのかが課題となっている。

 2つ目は、福島県においては未だ原発事故が収束していないため、震災の総括ができないまま資料を集め、展示を考えなければならないという点である。ある出来事の評価が定まらない中、未だ過去にならない中で資料を集め、展示することが求められている。つまり「震災」に関する展示の価値基準、あるいは収集の価値基準が定まらないのである。

 このような状況の中で原子力災害を伝えるためにどのようなことが考えられるか。1つ目は空間そのものの保存である。これまで東日本大震災に関する空間の保存は震災遺構の保存という形で行われてきたが、そのほとんどは地震・津波被害に関する建物がであった。それだけではなく、原発震災遺構の保存が求められる。2つ目は、モノ資料や紙資料だけに固執するのではなく、映像や写真、証言、3Dをモノ・紙資料などに絡めながら、個々のメディア的特徴を踏まえた上で、フラットな形で上手く配置する(モノ中心とか、証言中心とか考えずに)ことになるだろう(当たり前のことかもしれないが……)。

 さらにこうした震災直後の被害だけではなく、未だに収束しせず、除染や放射線量の測定が継続している状況そのものが、原子力災害の側面にあるとすれば、県内における日常の光景や生活自体の記録も資料や展示になる。変貌した日常や生活者の営みに関する展示、つまり「日常の中の非日常」(赤城修司の発言による)を呈示することも必要となるだろう。

 

 

参考文献

深谷直弘(2018)『原爆の記憶継承する実践』新曜社.

白井哲哉(2018)「被災の記憶と資料を未来へ伝える試み——双葉町の震災資料保全活動」西村慎太郎編『新しい地域文化研究の可能性を求めて』52-65.

柳沼賢治(2019) 「福島における東日本大震災関連資料の収集・保存をめぐる現状と課題」歴史資料ネットワーク編『史料ネット News Letter』90: 3-4,歴史資料ネットワーク.

高橋 満(2015)「ガレキを歴史に変換する――ふくしま震災遺産保全プロジェクトを考える」『博物館研究』50(10): 25-28.