思想的実践的課題としての東アジアの平和 ━━分断構造から水平的ネットワークへ━━

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日本平和学会2019年度春季研究大会

 

思想的実践的課題としての東アジアの平和

━━分断構造から水平的ネットワークへ━━

 

立命館大学国際関係学部

君島 東彦

 

キーワード:東アジア分断構造、帝国、パックス・アメリカーナ、パックス・シニカ、竹内好、方法としてのアジア、マルティトラック外交、水平的ネットワーク、立憲主義

 

はじめに

  • 第3回日中平和学対話(東アジア新時代の展望:日中平和学の可能性)2019年2月21-23日、立命館大学大阪いばらきキャンパス。第1回米朝首脳会談(2018年6月12日、シンガポール)と第2回米朝首脳会談(2019年2月27-28日、ハノイ)の間の時期。東アジアの平和研究者として、現在進行中の東アジア政治の構造変動をどのようにとらえ、どのように介入・関与するか、という問題意識。日本平和学会として第3回目、日本で初めて開催された日中平和学対話。
  • これまでの日本平和学会の研究活動の成果の基礎の上に今回の対話がある。とりわけ、2015年度の春季研究大会と秋季研究集会。孫歌氏(中国社会科学院)と白永瑞氏(韓国延世大学)の招聘・参加による思想的理論的刺激(『東アジアの平和の再創造〔平和研究46号〕』参照)。
  • 「第2分科会:東アジアの現状認識━朝鮮半島の新しい動きにどうアプローチするか」の中国側報告者、朱鳳氏(Zhu Feng、南京大学国際関係学院院長、チャハル学会高級研究員)の報告「北朝鮮の非核化プロセス━━わたしたちは何を期待できるか?」の概要。「北朝鮮はソーセージを少しずつ切りながら(象徴的な譲歩の行動をとって、時間稼ぎをしながら)交渉を進め、自分たちの目的を達成しようとしている。金正恩氏に最終的に核放棄の意志はなく、わたしたちはあまり多くを期待できないだろう」。
  • 第2分科会における君島報告は、白永瑞氏の認識・理論に学びつつ、それに自分なりの考察を付け加えたものである。6月22日の平和学会春季研究大会における報告には、2月22日以降の東アジア政治の変化、君島の考察の進展が反映している。

 

1. 白永瑞の「東アジア平和論」

 

(1)東アジアの矛盾・葛藤を集中的に体現している「核心現場」の分断克服から東アジア全体の平和へ

  • 東アジアにおいて歴史的に3つの「大分断」構造があった。1)中華帝国の朝貢体制、2)日本帝国の植民地支配・東亜新秩序・大東亜共栄圏、3)パックス・アメリカーナ(+下請けの帝国としての戦後日本)
  • 東アジア分断構造の矛盾と葛藤を集中的に体現している「核心現場」での「小分断」。1)朝鮮半島。かつて日清、日露の対立の場、日本帝国の植民地、冷戦の最前線。現在は、米国・日本にとっても、中国にとっても「緩衝地帯」。2)琉球併合以来の沖縄。日本帝国の「捨て石」、パックス・アメリカーナにおける米軍基地、中国の第一列島線。3)台湾。中台両岸関係。
  • 「分断構造解体の原動力として、この地域の矛盾を集中的に経験している核心現場での小分断の克服によって確保されるであろうダイナミズムとその波及力に注目したい」。

 

(2)「帝国としての中国」(Pax Sinica)をめぐる言説の批判的検討

  • 「帝国としての中国」をどう見るか。現在および未来の中国を帝国としてとらえる「帝国言説」の整理・分析。東アジア大分断の次の段階は、パックス・アメリカーナの東アジア領域がパックス・シニカ(Pax Sinica、中華帝国)に移行するのか。
  • Pax Sinicaの統治原理としての朝貢体制。Martin Jacquesは、朝貢体制を文化的・道徳的制度としてみる。Brantly Womackは、朝貢体制は中国が隣国に対して有する優越的地位に基づくが、それは一方的支配ではなく、中国と非対称的関係を結んだ隣国の合理的選択と戦略的相互作用の結果として維持されたとみる。彼は朝貢体制の合理性を指摘する。
  • 甘陽の「文明国家」論。趙汀陽の「天下」理論。「中国を再び考え、再び構築する」。
  • 「周辺」の人間は、帝国言説をどのように批判的に検討し、どのように介入するか。「批判的中国研究」の必要性。

2. 東アジア平和への知的資源

 

(1)竹内好の「方法としてのアジア」

  • ヨーロッパ近代が生み出しながら、近現代史の過程でその輝きを失わせていった〈普遍的価値〉を包みかえし、その輝きを再びとりもどすことは〈アジア〉にできるのではないか。しかしその〈アジア〉とは〈実体としてのアジア〉ではなく、〈方法としてのアジア〉である。それは、中心・周縁という関係構造をもって己れを中心化させたり、あるいはもうひとつの中心となろうとする〈帝国〉としての〈実体的アジア〉ではない(子安宣邦2015年、94頁)。
  • 〈東アジア〉を〈帝国〉ではなくて、われわれの連帯によるアジア市民共同の生活世界として創っていく。アジアの多元的な世界が、その多元性を通じて人類の普遍的価値を充実させ、輝かせていく(子安、107頁)。
  • 「方法としてのアジア」とは、否をいうアジアをエセ文明への抵抗線として引くことである。その抵抗線にいかにしてアジアはなりうるか。それは、植民地・従属的アジアから自立的アジアへと転換させた創成アジアの意志を、殺し・殺される文明から共に生きる文明への転換の意志として再生させることによってである。だが日本にその抵抗線を引く資格はあるのか。戦争をしない国家としての戦後日本の自立こそ、わずかにこの抵抗線を引く資格をわれわれに与える(子安、138頁)。

 

(2)東アジア民衆の越境的・脱中心的ネットワーク

  • マルティトラック外交。トランスナショナルな市民社会、民間の重要な役割。
  • Global Partnership for the Prevention of Armed Conflict(GPPAC)Northeast Asia。モンゴル、極東ロシア、中国、台湾、香港、北朝鮮、韓国、日本のNGOの代表者が定期的に会合し、東北アジアの平和について議論してきた。「ウランバートル・プロセス」。
  • 国家統合のアプローチ(東アジア共同体論)ではなくて、東アジアの民衆の越境的・脱中心的なネットワーク形成を重視する。東アジアが再び垂直的なヒエラルキー構造=〈帝国〉になる動きに対抗して、水平的なネットワークをめざす。小分断の克服のインパクトを水平的に波及させる。東アジアの市民、批判的知識人、平和研究者が越境的・水平的に横につながる必要性。
  • 台湾のひまわり学生運動、香港の雨傘運動、韓国の朴槿恵政権への抵抗運動、沖縄の反基地運動等、「周辺」における民主化・権力の抑制を追求する動きの重要性。日本の平和憲法・立憲主義擁護の運動もこれらの運動とつながってくる。

 

(3)立憲主義

  • 東アジアにおいて立憲主義(人権保障、法の支配)と民主主義を追求する努力の重要性。立憲主義・民主主義を東アジア全域において追求する努力が東アジア平和への努力である。それは〈帝国〉の暴力を抑制する努力である。
  • 「永続的な平和は、終局的には、立憲主義の理念、すなわち、正義と理性に基かなければならないのです」 樋口陽一名誉会長による「国際憲法学会世界大会開会挨拶」(2018年6月18日、ソウル・成均館大学)。

 

参考文献

子安宣邦『帝国か民主か━━中国と東アジア問題』社会評論社、2015年

竹内好『日本とアジア』筑摩書房、1966年、ちくま学芸文庫、1993年

日本平和学会編『東アジアの平和の再創造[平和研究第46号]』早稲田大学出版部、2016年

白永瑞著/趙慶喜監訳/中島隆博解説『共生への道と核心現場━━実践課題としての東アジア』法政大学出版局、2016年

樋口陽一「人権の普遍性と文化の多元性━━批判的普遍主義の擁護」『憲法 近代知の復権へ』東京大学出版会、2002年、平凡社、2013年

樋口陽一「国際憲法学会世界大会開会挨拶」『憲法研究』3号、信山社、2018年11月

Louise Diamond and John McDonald, Multi-Track Diplomacy: A Systems Approach to Peace, Third Edition, West Hartford, Connecticut, Kumarian Press, 1996

Martin Jacques, When China Rules the World: The End of the Western World and the Birth of a New Global Order, Second Edition, Penguin Books, 2012

(マーティン・ジェイクス著/松下幸子訳『中国が世界をリードするとき━━西洋世界の終焉と新たなグローバル秩序の始まり(上・下)』NTT出版、2014年)

Brantly Womack, Asymmetry and China’s Tributary System, Chinese Journal of International Politics Vol.5, 2012