ポスト移行期正義に停滞する正義:チリとウルグアイの事例から

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2019年度日本平和学会春季研究大会

                              

自由論題部会1 

 「移行期正義・ポスト移行期正義・民主主義正義を求め続ける動きと政治」

 

     「ポスト移行期正義に停滞する正義:チリとウルグアイの事例から」

             和歌山大学 内田みどり

 

 ウルグアイとチリは、ラテンアメリカのなかでもっとも民主主義が定着した国として知られながら、1973年に軍事クーデターが起き、軍政下で過酷な人権侵害が行われた国として知られている。そして、その軍事政権が政治関与を制度化するために行った国民投票で、軍政に「NO」の審判が下り、民政移管が行われたことでも共通する。さらに、21世紀に入り、アンデス諸国やアルゼンチンで政党政治が溶解してしまったのちも、政党が政治的に重要な位置を占め、民主主義が定着していることで知られる。また、軍事政権時代に迫害された側が選挙に勝利し、政権の座に就いたことでも共通する(チリでは民政移管後の1990年~2009年と2014年~2018年に反軍政派の政党連合「コンセルタシオン」が大統領選挙に勝利している。ウルグアイでは2005年から現在まで左派の政党・会派連合の「拡大戦線」が大統領選挙に勝利)。しかし同時にこの二国は、軍事政権時代の軍・警察の人権侵害を免責する法律(免責法)をいまだに無効にできないでいる。政治的にも経済的にも不安定なアルゼンチンで、軍のトップが裁判にかけられるも軍の蜂起によって免責法を作らざるを得ない事態に陥りながら、紆余曲折のすえ、最高裁が免責法に違憲判決を下したのとは対照的である。

 なぜ、ウルグアイやチリでは免責法が存在し続けるのか。免責法があると全く「裁き」は不可能なのか。本報告では、主にウルグアイのケースについて検討しつつチリにも言及しながら、まず、①両国の移行期(民政移管直後の政権とその次の政権)における裁判と真実究明 ②民主主義が定着したと思われるポスト移行期における裁判と真実究明 について概観する。免責法の無効化を推進する要因としては、被害者・被害者を支援する人権団体の運動と、国内人権団体等とタイアップしたりしながら国外機関を利用することで可能になる「外圧」がある。一方で免責法無効化を停滞させる/阻む要因としては、チリのコンセルタシオンもウルグアイの拡大戦線も反軍政・左派の政党連合であることから、①大統領の会派の議会内における位置 ②政軍関係 が考えられる。とりわけウルグアイにおいては、軍政期人権侵害に関する加害者の証言をめぐって今まさに政軍関係緊張が高まっている。さらに大統領を批判して退役させられた軍司令官が2019年秋の大統領選挙に出馬すると宣言したことから、国政選挙で軍政期人権侵害の問題が再び争点に浮上する可能性もある。4月のスペイン総選挙でスペイン内戦時にかかわるVOXが躍進したことからもわかるように、「正義」の問題は、ポスト移行期にあっても今だ「過ぎ去ろうとしない過去」なのである。