日本平和学会2018年度秋の研究集会・グローバル被爆者分科会
陸上イージスは核ミサイルを撃墜できるか
--「惑星規模の被爆」の危険を考える
「核の時代は、すべてを変えてしまったが、人々の考え方だけは昔のままだ。
ここに最大の危険がある」(アルバート・アインシュタイン、1946年4月)
藤岡 惇 (立命館大学授業担当講師・名誉教授)
キーワード:核ミサイル防衛、陸上イージス、宇宙からの核攻撃、惑星規模の被爆、朝鮮戦争の終結
核ミサイル防衛は可能かーー3度目の挑戦
ミサイル防衛(以下MDと略)の「ミサイル」とは、「通常弾頭ミサイル」であり、MDとは、通常弾頭ミサイルやロケット砲弾を撃ち落とすものと思い込んでいる人が多い。しかし東アジア地域において米国が想定しているターゲットは、中国・ロシア・北朝鮮の核ミサイル。MDが発動された場合、実際には、「核ミサイル」がターゲットとなる可能性が高い。
敵の核ミサイルを100%撃墜できるとなれば、核戦争となっても、一方勝ちができる。「核戦争には勝者はいない、当事者はすべて敗者となり、共滅してしまう」というのがMAD(相互確証破壊)の想定だが、核MDが完成するならば、無傷で勝ち残れる。核MDを完成させ、MADの悪夢から解放されること――これこそが核戦略家たちが抱いた夢であり、目標であった。
核MDの完成を目指し、集中的な努力が行われた時期が、過去に3回あった。
1回目が1950年代からABM(弾道弾迎撃ミサイル禁止)条約が成立する1968年までの時期。この間、敵の核ミサイルや核爆撃機を撃墜、失速、マヒさせるための努力が続いた。沖縄では、嘉手納にあった核弾薬庫をソ連の核ミサイルや爆撃機による攻撃から守るため、周辺8か所にMD施設が作られた。迎撃ミサイル(ナイキ・ハーキュリーズ)の命中精度が低かったため、核の搭載が決められた。敵ミサイルに命中しなかったとしても、近くで核爆発を起こせば、放射線・電磁パルスなどのパワーで、失速・墜落させられるかもしれないからだ。
この点の確認のために1958年8月27日―9月6日に、南アフリカ沖の宇宙空間で核爆発実験が3度行われた(アーガス作戦)。その結果、放射能の煙幕程度では敵ミサイルを阻止することは難しいだけでなく、宇宙で核爆発を起こせば、地上施設や宇宙衛星にさまざまな悪影響が及ぶことが分かってきた。60年代後半に入ると、核MDの不可能性を米ソともに承認し、核MDが放棄された。
2回目は、1983年―92年のSDI(戦略防衛構想)の実践期だ。当時のレーガン政権は、核MDのアイデアを再び追求し、宇宙衛星に核起動のレーザー発射装置を付けて、ソ連の核ミサイルを撃墜しようとした(ウイリアム・ブロード『SDIゲームーースター・ウォーズの若き創造主たち』江畑謙介訳,光文社。経済優先度評議会『SDI――スターウォーズの経済学』藤岡 惇ほか訳,ミネルヴァ書房)。しかし、宇宙からの核MDは、技術的に不確実なだけでなく、天文学的な費用がかかることが分かり、暗礁に乗り上げた。ソ連の崩壊もあり、1992年に核MDの試みは放棄された。
それから25年を経て、核MDの配備めざして、3回目の挑戦が始まった。ロシアの西隣のルーマニアには2017年に陸上イージス基地が稼働し、今秋にはポーランドに別の陸上イージス基地が稼働する。そしてロシア・中国の東隣の日本に、2つの陸上イージス基地の建設が日程に上ってきたわけだ。
現下の焦点――日本本土への陸上イージスの是非
冷戦後の世界では、多国籍企業により「グローバル・バリュー・チェーン」が築かれ、経済のグローバル化の新しい段階が始まったが、その用心棒の役割を果たすべく、天空に「プラネッタリー・ミリタリ・チェーン」が築かれた。経済のグローバル化(地球化)と符節をあわせ、軍事力の面では一段と高次元のプラネット化(惑星化)が推進され、「宇宙ベースのネットワーク中心型戦争」システムが築かれた。この新型戦争システムの防衛こそが現下のMDの目的となる。
2017年4月末に米国は、韓国に高高度迎撃(サード)ミサイルを配備した。サードとは、40~150キロの高度で敵ミサイルを破壊し、撃墜するタイプのミサイルである。
同年12月19日には米国側の働きかけを受け、安倍政権は、秋田県と山口県の陸上自衛隊用地内に2つの陸上イージス基地を建設し、SM3(ブロック2A)という迎撃ミサイルを配備することを決めた。
米国は、何のために韓国にサードを配備し、日本には陸上イージスの建設を求めたのか。北朝鮮だけでなく、中国・ロシアの核ミサイルも、米国の戦争システムの中枢(グアム、ハワイ、米国本土・宇宙)に狙いを定めている。これらの核ミサイルが米国の戦争システムの中枢に届く前に、撃墜させることで、たとえ核戦争になっても、有利に戦いを進めるためにほかならない。日本上空を通過する段階では、核ミサイル(核再突入体)はすでに200キロ以上の高度に達しているので、サードでは間尺にあわないのだ。
米国の戦争システムを中国・ロシア、北朝鮮の「報復攻撃」から守ることが陸上イージスの使命となろう。しかし敵の核ミサイルを日本列島のはるか上の天空で迎撃し、撃墜することなどできるのか。ここでは北朝鮮との核対決のばあいに絞って、考えてみよう。
核ミサイルを放棄しない北朝鮮側の核施設や首脳部の隠れ家に対して、まず米国側が奇襲の「首切り」攻撃を敢行し、これをきっかけに朝鮮戦争の再開に至るというのが、核開戦に至る最有力のシナリオであった。当然、先制攻撃された北朝鮮は、核ミサイルの応射で対抗しようとするだろう。SM3を用いると、北の核ミサイルを撃墜できるのか。陸上イージスを築いたとしても、同時連射、深海からの発射、攻撃ミサイルの高速化や巡航化、多数の囮弾頭の放出など、色々な対抗策があるし、過去の迎撃実験の実績から判断する限り、撃墜できる可能性は低いことは明らかだが、ここでは、ほとんど議論されてこなかった2つ対抗策について、説明しておきたい。
迎撃ミサイルが近づいた時点での自爆――天空からの核の雷撃
迎撃ミサイルの接近を感知したら、ただちに爆発を起こせる感応装置、いわゆる「近接信管」を核ミサイルに搭載しておけばよい。核反応は化学反応の数千倍の速さで進み、わずか百万分の1秒で終わる。強力な水素爆弾のばあい、5段階の核反応が必要だが、所要時間は10万分の1秒程度だと推定される(「北朝鮮の核開発どこまで」『朝日新聞』2017年9月7日)。
北朝鮮の核ミサイルは秒速4キロで飛ぶとし、これに正面衝突する勢いでSM3が秒速5キロで近づくとしよう。両者は1秒につき9キロメートルの速度で接近し、あと1メートルで衝突という時点で、北のミサイルがSM3の接近を感知し、核爆発が始まったとしよう。10万分の1秒が核爆発の所要時間だから、わずか9センチメートル近づいた時点で、核爆発は終わってしまう。SM3が核ミサイルを追尾する形となれば、1センチメートルも追いつけない間に、核爆発は終わってしまうだろう。
SM3が核ミサイルに接近できたとしても、核ミサイルは突如「妖龍」に変身し、天空から「核の雷撃」を下す公算が大なのである。核自爆が起こるのは、日本上空100キロから1000キロ程度の空域であろう。このような低い高度で核爆発が起これば、気体分子の電離が起こり、電磁パルスが発生し、地上の電気回線に深刻な障害が発生する可能性がある(藤岡 惇「陸上イージスは核ミサイルを撃墜できるかーー天空で核爆発がおこり、日本を襲う公算」『アジェンダー未来への課題』2018年春号、71-73頁)。
標的変更――「裸の王様」を狙え
巨費を投じて、核MDの壁を築いたとしても、敵は攻撃する標的を地上から天空に変更し、地上から2万キロの高度で核爆発を起こすことが考えられる。2万キロの高度には「裸の王様」のGPS衛星編隊が無防備なままで回っている。この高度で核爆発が起これば、GPS衛星の働きはマヒし、米国の戦争システムのみならず、経済システムの根幹が止まってしまう。不用意に核MDを進めた場合、このような副作用を招く恐れがある。
宇宙での核爆発の産物ーー「宇宙規模の被爆者」の発生
天空で核爆発が起こると、どうなるのだろうか。地表から21キロから400キロの高度で、米国は、1958年に5回の核実験を行った。部分核停条約で大気圏内と宇宙(高度100キロ以上)での核実験が禁止される直前の1962年になると、ジョンストン島上空の高層で9回の核実験(フィッシュボール作戦)を行なった。9回のうち成功したのは3回であったが、とくに7月9日、400キロ上空で1.4メガトンの核爆発を起こしたスターフィッシュ・プライム実験は、本格的な宇宙での核実験であった。400キロ上空ではほとんど大気がないため、爆発音も爆風も火災も起こらない。核爆発のエネルギーはもっぱら放射線と熱線、電磁パルスに姿を変えて、光速で周辺に広がり、その影響は数万キロ先まで届くことがわかった。その結果、水平線上に「赤い人工オーロラ」が発生し、ハワイ諸島全体に停電を引き起こしただけでなく、その後7カ月の間に、7基の衛星が機能を停止した。
また核爆発の後に発生する大量の荷電粒子が、宇宙空間に「高エネルギー粒子の雲」を形成し、地磁気の力を受けて、「強烈な放射線帯」(人工のヴァン・アレン帯)を形成すること、宇宙衛星がこの放射線帯を通過するにつれて、衛星機器が故障することも分かってきた。このような放射線帯は、いったん形成されると、数ケ月は持続し、宇宙衛星を次々とダウンさせる(D.G.デュポン「ハイテク社会を揺るがす宇宙からの核攻撃」『日経サイエンス』2004年10月号、96頁。Daniel G. Dupont, Nuclear Explosions in Orbit, Scientific American, June 2004)。
爆発の時点では死傷者も建物の破壊も発生しないが、電磁パルスによる大電流が送電線に入り込み、変電施設などは次々と焼け落ちた状態となり、スマートフォンやパソコンなどにも大電流が入り込み、破壊されてしまう。「核の冬」ならぬ「核のブラックアウト」(電力網の全系崩壊)の発生だ(永田和男「高度上空の核爆発で起こる『電気がない世界』の恐怖」 “YOMIURI ONLINE”2017年5月24日付)。2004年の議会報告書によると、復旧までに数年を要し、家庭の電気冷蔵庫は使えず、冷凍食品は腐敗し、衛生確保が困難となることから飢餓と疫病がまん延し、米国などの電力依存度の高い社会では、相当数の死亡者が発生する可能性があるという(Report of the Commission to Assess the Threat to the United States from Electromagnetic Pulse(EMP) Attack, Vol.1,2004、陸上自衛隊化学学校長を歴任した鬼塚隆志「高高度電磁パルス(HEMP)攻撃の脅威」『CISTEC Journal』166号、 2016年11月、133頁)。
軍産複合体と「核仕様」経済の落とし穴
秋田・山口の陸上イージス施設2か所の設置費用は、維持運営費も含めると4664億円となると防衛省筋は予測している(『朝日新聞』2018年7月31日)。
核軍拡競争の75年間の歴史は、核戦争となれば、戦力的にもコスト面でも、攻撃側のほうが防衛側よりも圧倒的に有利だということを証明した。核MDの第3段階でも恐らく、このトレンドは貫徹する可能性が高い。多少とも有効な核MDの壁を構築するには、結局のところ、味方の宇宙衛星に小型原子炉を搭載し、X線レーザーで敵ミサイル(再突入体)を照射・破壊するか、敵ミサイルを打ち上げ前(ないし直後)に先制攻撃・破壊する以外にはないだろう。宇宙衛星の武装と交戦、宇宙戦争の準備が不可欠となるだろうし、天文学的な費用が必要なことは容易に想像できる。日本の参戦には、憲法9条の改正が必須となろう。
「核仕様」(ニューク・スペック)経済というのは、通常の非核経済と根本的に異なる。核戦争下で生き残るためにどれだけのコストが必要なのか。いまだ宇宙規模の全面核戦争を体験したことがないので、社会的に必要労働量の計測は不可能に近い。「宇宙の火」を人知の世界に包摂することの無理が露呈せざるをえない。
①核ミサイルと通常弾頭ミサイルとの間には決定的な違いがあることを見抜くこと、②宇宙規模の核戦争から米国本土の「戦争システム」を守る「ついたて」に日本がなる可能性が高いこと、③日本に住む人々が米国の「ついたて」として、「グローバル被爆者」ならぬ「惑星規模の被爆者」(プラネタリー被爆者)となる危険に直面していることに気づくこと、④「核交戦には勝者はいない、共滅あるのみ」という真実の直視から、私たちの行動を組み立てる必要があるように思われる。
軍産複合体を孤立させ、朝鮮戦争を終結させ、非核の北東アジアを創る
昨年末の段階で、北側は、核抑止力の確立を宣言し、これ以上の核ミサイル開発に巨費を投じることを中断すると声明し、18年初めの宣言では、北の体制の存続保証と朝鮮戦争の終結という北側の主張を米国側が認めることを条件に、核ミサイルの段階的放棄、朝鮮半島の非核化推進の意思を表明するに至った。この北側の政策転換の基盤には、①核抑止力を確立し、半島ではMAD状態を作り出せたこと、②半島の紛争の根源には、朝鮮戦争の終結に反対してきた米国側の戦略があることを多数の韓国民が見抜いていることへの信頼、③何度もキャンドル集会を行い、保守政権を非暴力で退陣させた、韓国民衆の平和創造の力量にたいする瞠目があったように思われる。
朝鮮戦争の終結を拒否し、北の体制を崩壊させるまで戦うとしてきた米国側の伝統的な方針をトランプ大統領は、なぜに踏襲せず、路線転換をしたのか。トランプは、元来、軍産複合体との関わりの薄い人物。こどものような「イノセント・アイズ」をもって事態を見たとき、北の政権の転覆をやめ、朝鮮戦争の終結に踏み切るならば、朝鮮半島の緊張の根源がなくなるという真実を見いだしたのであろう。軍産複合体を孤立させ、「冷戦の残滓」を一掃できるチャンスが訪れている。