日本平和学会2018年度秋季研究大会
〈滅びゆく民族〉―学問という植民地政策
苫小牧駒澤大学
植木哲也
キーワード:アイヌ、和人、札幌農学校、植民学、先住民族、北海道、開拓、
はじめに
日本人として最初にアイヌ頭骨研究を行なった小金井良精(帝国大学医科大学)は、アイヌ民族を「一種の退廃人種」と形容し、滅亡の運命にあると述べた(小金井1889)。同様な発言は、日本学術振興会の事業として大量に遺骨を掘り出した児玉作左衛門にも、あるいは自分のアイヌ語研究を「落穂ひろい」と形容した金田一京助にも見られる。
研究者たちは「滅びゆく民族」という常套句を利用してアイヌ研究の意義を強調した。それにとどまらず、研究を通して、アイヌ民族を実際に滅ぼすことにも加担してきた。
1.植民学
明治政府が北海道開拓の人材養成のために東京に設置した開拓使仮学校は、札幌に移り札幌農学校となる。1887年に実学重視に改められた同校のカリキュラムに「植民学」が盛り込まれた。授業を担当した佐藤昌介(札幌農学校校長、北海道帝国大学初代総長)は、海外へ人々が入植する「外国殖民」に加えて、国内の人口移動によって農業の適正化を図る「内国殖民」の重要性を唱えた。
この議論は、プロシアで内国植民政策を学んだ高岡熊雄によって補強される。高岡によれば、プロシアの内国植民政策には、①政府が土地を農民に分配し中小規模自作農家を育成する社会政策と、②かつてポーランド領だった土地をドイツ人に分配する民族政策の側面がある。植民政策とは、先住者の「撲滅」を図り入植地のドイツ化を図る政策だった(高岡1906)。
2.明治政府の政策
高岡は、日本における大和民族の北海道侵出も内国植民の一例にほかならないと考えた(Takaoka1904)。
実際、明治政府は1869年に開拓使を設置し北海道の本格的開拓に乗り出すと、1871年の戸籍法によりアイヌを日本国民とみなし、伝統的風習を禁じて和人への同化を図った。さらに、1872年の地所規則に始まる一連の土地政策で、アイヌが利用していた土地を官有地に組み込み、その後入植者たちに払い下げた。
プロシアと同様に、土地を和人に分配し、アイヌ民族の「撲滅」を図る政策だったのである。
3.「植民」から「開拓」へ
「内地」からの入植者の増大によって、アイヌは経済的・政治的に無視しうるものと考えられるようになる。先住民族が消滅すれば民族政策は不要であり、植民政策も終了する。
高岡の学生で後に北海道帝国大学の植民学講座教授となった高倉新一郎は、『北海道拓殖史』(高倉1947)に北海道「開拓」の歴史をまとめた。開拓は「自然との闘い」であり、開拓者たちは「未開の大地」を伐り拓いたとされ、「開拓者の大地」にもはや先住民族は認められなかった。
1968年の「北海道100年」は、「開拓に挺身された人びと」のための祝賀行事だった。
4.社会政策としてのアイヌ政策
しかし、「滅びゆく民族」の悲劇的結末を防ぐために「人道的」政策が必要とされた。高岡熊雄によれば、1899年の北海道旧土人保護法こそ、この方策に他ならない。高倉新一郎も、この法律をもって植民政策は終了し、社会政策に移行したと考えた。「母国社会に吸収した」が開拓に取り残されつつある「旧土人」を、「日本人」として育てるための社会的救済策だというのである(高倉1942)。
この観点は現在にも引き継がれている。日本政府のアイヌ政策推進作業部会の部会長を務める常本照樹(北海道大学アイヌ・先住民研究センター長)は、先住民族としての自治権や土地の権利ではなく、あくまでも文化の振興を支援するという方針を掲げている(常本2011)。個人としてのアイヌは存在しても、権利主体としての民族はすでに滅びた、というのである。
現在の政策もまた、植民学の延長線上で、民族の「撲滅」を土台にして、実行に移されようとしているのである。
おわりに
社会政策としてのアイヌ政策は、開拓や社会の進歩に取り残された「みじめな」人びとへの恩恵として施される。一方、民族政策は奪われた権利の回復にほかならない。当然、現代は後者の意味での先住民族政策が求められている。しかしながら、「学問」は依然として古くからの途を歩み続けているのである。
資 料
- 小金井良精1889:「アイノの衣食住及び運命に就て」『大日本私立衛生会雑誌』、〈小金井良精『人類学研究』大岡山書店(1928年)に収録〉
- Takaoka Kumao 1904: Die innere Kolonisation Japans, Verlag von Duncker & Hmblot, Leipzig.
- 高岡熊雄1906:『普魯西内国殖民制度』台湾日日新報社
- 高倉新一郎1942:『アイヌ政策史』日本評論社
- 高倉新一郎1947:『北海道拓殖史』柏葉書院、〈復刻版、北海道大学図書刊行会、1979年〉
- 高倉新一郎1966:『アイヌ研究』北海道大学生活協同組合
常本照樹2011:「アイヌ民族と「日本型」先住民族政策」『学術の動向』2011年9月号、79-8