朝鮮半島における平和体制構築と日朝関係の過去・現在・未来

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日本平和学会秋季研究大会 部会4             2018.10.28

  朝鮮半島における平和体制構築と日朝関係の過去・現在・未来

                            立教大学 石坂浩一

 

1.議論の前提

 朝鮮王朝(大韓帝国期を含む)は近代化への努力にもかかわらず、日本の侵略により挫折、朝鮮民族は1910年から日本の植民地支配のもとにおかれ、近代国民国家を形成できないまま、1945年に解放を迎えた。植民地支配から解放されると今度は、朝鮮民族には何らの相談もなしに、米ソによる分割占領を強いられた。そして、分割占領は冷戦の激化とともに二つの政権の誕生へとつながり、多大な犠牲を生んだ朝鮮戦争を通じて今日の分断された朝鮮半島を生んだ。東北アジアの冷戦は世界的冷戦が終結して以降も続き、地域の不安定な状況を呼び起こした。

 したがって、米朝首脳会談が開かれ、朝鮮戦争の終結、平和体制の実現がなしとげられることは、近代以降の朝鮮半島の歴史の大きな転換点になる。

 

2.社会主義圏の崩壊と自主路線

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は通常の社会主義国家として朝鮮戦争後の復興の道を歩んだが、1960年代に社会主義圏の中ソ対立に加えキューバ危機、文化大革命などにより困難に直面、自主路線を選択することとなった。1970年代に入ると、米中和解のデタントの時期を迎えるが、南北朝鮮の対立緩和や和解には機が熟しておらず、1972年に南北共同声明で統一3原則に合意したにもかかわらず、その後南北の距離は広がった。

 1989年以降、東欧社会主義の崩壊、ソビエトの解体により、北朝鮮は社会主義圏の支援を失い、ソ連(のちにロシア)や中国が韓国と国交を正常化したことで、東北アジアの国際関係のバランスが大きく損なわれた。北朝鮮は韓国や日本との関係改善に乗り出すとともに、米国に対し核をカードとした外交を展開、第1次核危機を経て1994年の枠組み合意に到達した。

 

3.北朝鮮をめぐる国際関係

 クリントン政権はキム・イルソン(金日成)主席の死去後、北朝鮮が崩壊すると考え、枠組み合意の履行を遅らせていたが、本格的に対話に入らなければならないと気付き、韓国のキム・デジュン(金大中)政権と歩調を合わせ関係改善に取り組んだ。しかし、時間切れで関係改善は実現できなかった。ブッシュjr政権は北朝鮮を「悪の枢軸」の一つに数え上げ圧迫したが、2000年代には中国が地域の調停者として立ち現われ、6者協議を通じて2005年の9月19日の共同声明を導き出した。だが、ブッシュ政権は圧迫に執着することで北朝鮮の核実験を招来、あわてて交渉に拍車をかけたが、またもや時間切れとなった。オバマ政権が成立すると、北朝鮮は核やミサイルを通じて就任早々から交渉を促そうとしたが、逆にオバマ政権に対して北朝鮮との対話の意欲を失わせる結果になった。

 この間、米国は政権が変わるごとに北朝鮮政策が変わり、前政権の約束を守ろうとしなかった。北朝鮮はこれに対して不信感を強め、米国との対話を通じた平和協定締結の機会をうかがってきた。それにもかかわらず、核をカードとする外交は対米関係を悪化させ、北朝鮮は核開発に拍車をかけることになった。韓国ではキム・デジュン、ノ・ムヒョン(盧武鉉)政権が地域の緊張緩和に力を尽くし、朝鮮半島の平和定着をめざしたが、イ・ミョンバク(李明博)政権以降は圧迫、崩壊誘導政策に転じた。日本では、キム・デジュン政権に促され、小泉政権が2002年に拉致問題解決を目指して史上初の日朝平壌宣言に合意したが、拉致被害者をめぐる対応で強硬論が台頭し、以降対話はほぼ中断した。

 

4.これまでの日朝関係

 高崎宗司は日朝の関係改善の機会として4度のチャンスがあったと指摘する。

①1956 日ソ国交回復

②1972 日中国交正常化

③1989 金丸訪朝(自社訪朝団)

④2002 小泉訪朝

 このうち、もっとも内容のある合意は2002年の日朝平壌宣言であるが、その後の日本政府は拉致問題解決を日朝国交正常化の前提条件とするという、外交的に誤った道を歩み、結果的に拉致問題でも、地域の平和、安全保障問題でも、有効な対応ができなくなった。これは、自民党政権、民主党政権を問わず同様であった。その結果、日本社会では在日朝鮮人に対する排外主義が広がった。北朝鮮は崩壊するなどの根拠のない期待、朝鮮民族に対する侮蔑と恐怖の差別感情が日本社会で拡散された。

 

5.転換点としての2018年

 2016年のトランプ政権誕生、同年からの韓国における民主化要求のうねりと17年5月のムン・ジェイン(文在寅)政権の誕生は、東北アジアと朝鮮半島の情勢を変えた。2017年は北朝鮮のミサイル試射と核実験によりこれまでにない緊張に包まれたが、韓国政府の平和への努力と北朝鮮の方針転換により、18年に入って南北首脳会談、米朝首脳会談を通じ、朝鮮半島の平和定着への道のりが可視化しつつある。休戦協定のまま70年が過ぎた朝鮮半島に、平和協定と和解の時代が来ようとしている。

 関係国の間で繰り広げられる首脳会談、特使・親書外交にもかかわらず、日本は韓国とさえ十分な意思疎通ができず、能動的役割を果たせていない。北朝鮮との国交正常化を実現し、植民地支配の清算を実行してこそ、東北アジアの平和に貢献する道が開けるのではないか。

 

参考文献

石坂浩一編著『北朝鮮を知るための55章(第2版)』2018.10刊行予定、明石書店

和田春樹『北朝鮮現代史』2012、改訂版近日刊行予定、岩波新書

高崎宗司『検証 日朝交渉』2004、平凡社新書