日本平和学会2018年度秋期研究集会
日本帝国主義と琉球―脱植民地化としての遺骨返還運動
龍谷大学経済学部
松島泰勝(matusima@econ.ryukoku.ac.jp)
キーワード:百按司墓琉球人遺骨、日本帝国主義、学知の植民地主義、自己決定権、脱植民地化
はじめに
日本の植民地としての琉球。1850年代、琉球国はアメリカ、フランス、オランダとそれぞれ修好条約を締結。現在、条約原本は外交資料館が保管。琉球国は、清国の朝貢册封国であった朝鮮王朝(現在の韓国、北朝鮮)や安南国(現在のベトナム)、シャム国(現在のタイ国)等と同様な政治的地位。琉球併合:1879年、日本政府の軍隊、警察による琉球国の滅亡。
日本帝国主義の形成:アイヌモシリの植民地化(「北海道」1869年命名)、琉球併合(「沖縄県」1879年命名)、台湾の植民地化、日韓併合、「満州国」という植民地、ミクロネシア諸島の植民地化・・・
サンフランシスコ講和条約第3条(琉球の信託統治領化)の不履行⇆ミクロネシア諸島は米国の戦略的信託統治領となり、国連信託統治理事会の監視下で住民投票を行い、自由連合国、米国領を選択。沖縄返還協定は琉球政府を排除した、日米両政府の密約に基づく。国連監視下での住民投票による新たな政治的地位の獲得という脱植民地化プロセスが認められない。琉球国を滅亡させた琉球併合、「捨て石作戦」の沖縄戦、在日米軍基地のヤマトから琉球への移設・固定化、米軍統治、基地による犠牲等に対して、日本政府は謝罪、賠償を行わず、新基地建設という新たな植民地政策を実施。
琉球に関して日本の帝国主義、植民地主義は未清算。琉球の政治的地位は未決定状態。「復帰」は元場所に戻ること。日本は琉球にとって祖国ではない。
1. 日本帝国主義下における遺骨盗掘問題
京都帝大助教授の金関丈夫は、1928年、 29年に琉球人遺骨を今帰仁村の百按司墓から持ち出した。盗掘した遺骨を「人骨標本」 として京都帝大に 26 体(男性 15、女性 11)、台北帝大に 33 体(男性 19 体、女性 14 体)寄贈。 百按司墓琉球人遺骨の持ち出しは、門中関係者、地域住民等の了解を得たものではない。琉球併合後、警察を含む行政、教育関係の上層部の大部分を日本人が専有し、皇民化教育等の同化政策が実施された植民地体制下における盗掘。「学のある琉球人」による盗掘・調査協力という植民地主義問題。島袋源一郎、伊波普猷等。日琉同祖論と人類学調査。
その他の調査:第一中学校105人、女子師範学校の生徒113人の手掌紋を採集。女子師範学校生徒の体臭調査。中城城趾の洞において遺骨収集。洞にあった甕棺内には女性骨、小児骨が合葬。「道光3、11月、父比嘉」の墨書。その他の遺骨も収集。 赤面原(あかちばる)で行路病屍の遺骨収集。瀬長島の自然洞内遺骨を収集。 瀬長島、中城城、百按司墓等から金関が盗掘した遺骨は琉球の風葬によって葬られたのであり、金関が考える「無縁塚」ではなかった。
1936年、金関は台北帝大医学部教授に就任。同年7月、霧社におい発掘を行い、タイヤル人遺骨100体余りを採集。漢民族の「廃墓」等から多数の遺骨を収集。1938年に台中州霧社および内横屏のタイヤル、39年に阿里山のツォー、そして新竹州ガラワン社等のサイセット、高雄州ライ社のパイワンにおいて生態調査を実施。霧社事件(1930年)のリーダーであったモーナ・ルダオの遺体も金関によって台北帝国大学に運ばれた。同遺骨は戦後、国立台湾大学に引き続き保管されていたが、1973年、霧社にルダオの遺体が返還され、副葬品とともに棺桶に収めて埋葬。
1950年、金関は九州大学教授に就任。1954年に波照間島住民の生体計測、55年に与論島住民の生体計測、人骨調査、考古学的調査。1956年、喜界島で生体計測、沖永良部島で人骨を採集。
金関は自らの研究を「人種学」と称しており、「人種学」の知識によって人類集団の生物学的繁栄に貢献できるとともに、優生学の根拠を提供することが可能であると考えていた。金関が考える「人種学」とは、人類の地方的集団を自然科学的、生物学的に考察し、その集団の特質を明らかにする研究。「ナチスが北欧種の純血を護ろうと云うのは當然のことと云わなければならない。且つ、之れは種族の優秀性を確保する上に必要な手段であるのみならず国家の統一の上に最も有効な方法でもある」(金関丈夫「皇民化と人種の問題」『台湾時報』1941年1月号)
日本帝国主義の拡大とともに「清野コレクション」が増加。特に1928年以降、「満州古代人骨」「琉球人骨」が増加。清野も東亜考古学会支援の下、中国「満州」において石器時代から漢時代の遺骨を盗掘。
1903年の「人類館」、1907年の「東京勧業博覧会」、1912年の「明治記念博覧会」等の企画を担当したのは形質人類学者の坪井正五郎(東京帝国大学教授)。1903年、大阪の天王寺で開催された第5回内国勧業博覧会において、「学術人類会」が設けられた。琉球民族、アイヌ民族、台湾原住民族、インド人等の諸民族が「展示」された。当時の琉球の新聞は、他の被差別者を差別し、自らを帝国臣民として措定する同化主義の立場から人類館を批判。現在の「土人、シナ人」発言というヘイトスピーチに対して、琉球人であることの自信、自尊心、人権意識に基づいて批判。
鳥居龍蔵(東京帝国大学教授)は1895年から中国(遼東半島)、琉球、台湾、「満州」、モンゴル、朝鮮、サハリン、シベリア等を調査旅行する。日本帝国主義の拡大先で調査。日韓併合を認める。伊波普猷が鳥居の琉球調査を案内。
2.自己決定権としての遺骨返還運動
2017年5月、私は京大総合博物館に対して百按司墓遺骨の実見と質問への回答を求めたが全て拒否。『琉球新報』『沖縄タイムス』『東京新聞』『京都新聞』等からの取材も拒否。京大総合博物館の回答「すべての館蔵資料について、収蔵状況等の個別の問い合わせには応じておりません」
2017年8月、私は山極壽一・京大総長に対して琉球人遺骨返還に関する要望・質問書を提出。「本件について個別の問合せ・要望には応じかねます。つきましては本件で本学を来訪することはご遠慮いただきたく存じます。なお、今後、何らかの形で新たな問合せ・要望をいただいたとしても、応じかねますので、ご了承ください」
同年8月、私は「人骨標本番号毎に記録された文書」に関する京大法人文書開示請求を行い、同年11月、閲覧。琉球人遺骨に関する法人文書は1件のみ。金高堪次「琉球国頭郡運天に於て得たる現代沖縄人人骨の人類学的研究」『人類学雑誌』第44巻第8号、1929年8月。京大の立場:「清野コレクション」に係る文書は清野個人のもの、京大法人とは無関係であり、情報公開の対象にはならない。
2017年12月9日、私は京大大学院理学研究科自然人類学研究室に対して骨骼閲覧を申請。回答「申請書を受け取りましたが、閲覧ご希望の標本は当研究室の管理資料に存在しません」なぜ存在しないのか、いつどこに移動させたのかという質問への未回答。
しかし、同研究室所属研究者(池田次郎)が琉球人骨(運天の渡久地、徳之島、喜界島の人骨、三宅他が収集した人骨)を利用した論文作成。Akira Tagaya and Jiro Ikeda“A Multivariate Analysis of the Cranial Measurements of the Ryukyu Islands(Males)”,Anthropological Science84(3),1976.
同研究室HP:「自然人類学研究室は『清野コレクション』と呼ばれる日本屈指の発掘人骨資料を所蔵しています。この資料は日本列島におけるヒト集団の変遷とその生活様式の研究に大きな役割を果たし、多くの研究者が利用に訪れています」京大は「清野コレクション」を個人のものだとしながら、これを「日本屈指の発掘人骨資料」として大学法人の所蔵品としている。
2017年11月13日、私は「コタンの会」代表でアイヌ民族の清水裕二氏、京都新聞の岡本晃明論説委員とともに京大に行き、アイヌ、琉球人の遺骨について問い合せをした。事前に訪問の意志を伝えた。総長室がある建物の玄関ホールに入ることはできたが、警備員の目の前に置かれた内線電話の使用が認められず、私の携帯電話で外線を通じてアイヌ、琉球人の遺骨担当部署である総務課に電話することを命じられた。担当職員は私たちの前に現れず、清水氏が求めた京大による『アイヌ人骨保管状況等調査ワーキング報告書』の手交も拒絶した。さらに清水氏との名刺交換に対しても「その必要はない」として拒否。
2017年9月、照屋寛徳・衆議院議員は国政調査権を発動し、文科省を通じて京大に対して百按司墓琉球人遺骨に関する照会を行う。京大は初めて同遺骨の保管を公式に認め、次のように回答:「遺骨はプラスティック箱に保存。同遺骨に関する研究成果について把握せず、遺骨リストも作成していない。京大に設置された「アイヌ人骨保管状況等調査ワーキンググループ」のような組織をつくる予定はない」
2018年2月、照屋議員は「琉球人遺骨の返還等に関する質問主旨書」提出。政府回答:遺骨返還運動を認めず、学知の植民地主義を正当化。2018年3月、照屋議員は京大総長に対し内容証明付きの公開質問状を2回提出し、詳細な遺骨情報とその返還を要求。京大は照屋氏の質問にほとんど回答せず、今帰仁村と遺骨に関する協議をしているとみ述べた。
2017年4月、琉球民族独立総合研究学会は、国連の人権高等弁務官事務所に対して「百按司墓遺骨」返還の正当性を主張し、18 年4月、国連の先住民族に関する常設フォーラムにおいて本問題について訴えた。2018年2月、AIPR(琉球弧の先住民族会)がインドで開催されたAIPP(アジア先住民族連合)の評議会に対して琉球人遺骨問題に関する私の報告書提出。2018年1月、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会が「琉球人・アイヌ遺骨返還問題にみる植民地主義に抗議する声明文」を発出。
2018年3月、喜界島93例、徳之島92例、奄美大島80例計265例の遺骨返還を求める「京都大の奄美人遺骨返還を求める会」の活動開始。
アイヌ民族と連帯するウルマの会(まよなかしんや氏)、ガマフヤーの会(具志堅隆松氏)、目取真俊氏、高良勉氏、当真嗣清氏、安仁屋眞昭氏、『月刊琉球』編集部、命どぅ宝!琉球の自己決定権の会、琉球民族独立総合研究学会、東京琉球館、一坪反戦地主会関東ブロック、横浜・沖縄文化講座等も遺骨返還、再風葬を求める。
2009年以降、基地の県外移設案が拒否され、「沖縄差別」を訴える。琉球併合が「条約法に関するウィーン条約」違反であること、修好条約原本返還を主張。しまくとぅば復興運動、「イデオロギーよりもアイデンティティ」を唱えて知事に選出された翁長氏が国連で「自己決定権」を求める等、脱植民地化としての基地反対運動という一連の流れの中での遺骨返還運動。
3.学知の植民地主義の何が問題か
「形質人類学に基づいた専門的知識」を遺骨実見の条件とする。←恣意的な解釈が可能な「専門性」。専門家でないとなぜ実見(拝み)が許されないのか。
琉球人遺骨に対する「絶対的な所有意識」←本来、遺骨は京大の物ではない。遺骨盗掘は刑法上の犯罪であるが、窃盗物の保管も共犯。
研究対象、自らの研究成果に対する欲望、指導教授への忠誠心←遺骨、琉球人の信仰や慣習等に対する敬意の欠如。琉球人の自尊心への攻撃。
「問い合せ」への回答拒否←琉球人を対等な人間として扱わない。琉球人差別。琉球の民意を政府に訴えても、辺野古・高江の基地建設を強行するという「米軍基地問題」との共通性。
百按司墓琉球人遺骨:第一尚氏、北山監守関係の貴族。植民者により被植民者の遺骨が奪われ、琉球に対する支配の象徴としての「戦利品」として収奪、保管。
琉球人遺骨の盗掘とその保管は、研究における倫理上の問題、国内法や国際法違反であるとともに、琉球人の信仰、生活、習慣に対する破壊行為、人権侵害問題。
京大は琉球人遺骨を「コレクション、標本」等の研究対象物として取り扱っているが、琉球人にとって遺骨は、伝統的な信仰、生活、習慣にとって不可欠のものである。先祖の骨が本来あるべき場所から離れ、供養が受けられないことは祖先と子孫との紐帯を断ち切り、琉球人の精神的生活を危機的事態に陥れることになる。「骨神」としての遺骨(仲松弥秀)。琉球人は遺骨を門中等の親族墓である亀甲墓,破風墓、洞窟墓等で埋葬する。清明祭や十六日祭等の先祖供養の儀礼において祖霊と交流し、門中や親族間、先祖と子孫との絆を強めてきた。琉球人にとって遺骨は先祖のマブイを象徴するものとして不可欠な存在である。
研究者が自由に琉球人の遺骨を持ち出し、博物館や大学に保管することが許されるなら、琉球人の信仰、慣習、生活は存立できない。遺骨も人体の一部。再埋葬によってモノから人になり、生者との関係性が回復。死者から祖先へ。脱植民地化の政治的象徴としての遺骨へ。遺骨問題は琉球人の過去を現在に浮上させ、脱植民地化という琉球人の未来とも直結。
米軍基地問題のように、琉球人は自らが生きている間、植民地支配されるだけでなく、死してニライカナイに行ってからも日本による植民地支配を受けている。遺骨保有、先祖供養を日本政府、大学が拒否できる体制。
結びにかえて
台湾の研究者によって構成されている中華琉球研究学会が、立法院の高金素梅委員(タイヤル人、靖国訴訟の原告)を通じて台湾原住民族と琉球人の遺骨返還を台湾政府教育省に求めた。2017年8月、台湾政府教育部は国立台湾大学所蔵の琉球人遺骨63体を移管するとの意向を沖縄県に伝えた。今年、沖縄県立埋蔵文化財センターに一時保管された後、今帰仁村教育委員会の管理下に移される予定。
「琉球遺骨返還請求訴訟」の準備:本裁判は京大の百按司墓への遺骨返還を求めるとともに、京大、日本政府による琉球に対する植民地主義の実態を明らかにし、その問題性を広く国内外の人々に伝える。
(1)琉球人が先住民族であることを主張
1996年、札幌地裁は二風谷ダム訴訟判決においてアイヌを先住民族と認め、アイヌ民族の文化享有権が憲法13条(個人の尊厳と公共の福祉を謳った条文)で保障されていると述べた。墓地及び遺骨に関する規律を持った管理行為は土地に対する利用権として先住権に含まれる。遺骨返還請求権は先住権によって根拠づけることができる。琉球人の遺骨に対する信仰、慣習、葬送儀礼等が日本人のそれらとは異なることを示す。
(2)憲法違反、法律違反、国際法違反
国民の知る権利(憲法21条)違反、「先住民族の権利に関する国連宣言」の侵害。
琉球人遺骨の盗掘とその保管は、研究における倫理上の問題、国際法違反であり、琉球人の信仰、生活、習慣に対する破壊行為、人権侵害。遺骨の取扱いに敬意を払う→生者の存在、人権の尊重につながる。
琉球遺骨返還請求訴訟は、琉球人の自己決定権に基づく脱植民地化の具体的な方法、プロセス。
琉球人の生死に関わらず支配し、自己の利益を得ようとする日帝植民地主義から脱却しない限り、琉球人は永遠に、徹底的に、生死を越えて日本から支配され、搾取される。
琉球人の過去を学知によって奪われ、日本人研究者が琉球人の歴史を決定するという問題。人類全体に貢献するとされる学知は、当事者の人権を犠牲にして優先されるべきか。学知を人権よりも優先した場合、植民地主義が発生。
琉球人の過去、歴史を巡る「文化戦争」。遺骨返還→自らの歴史、過去を自らの言葉で語るという主体性の回復運動。同化か異化か。アイデンティティ政治とも関連。研究の客体から対等な主体へ。
参考文献
- 植木哲也『新版学問の暴力―アイヌ墓地はなぜあばかれたか』春風社、2017年
- 植木哲也『植民学の記憶―アイヌ差別と学問の責任』緑風出版、2015年
- 小川隆吉『おれのウチャシクマ―あるアイヌの戦後史』寿郎社、2015年
- 工藤雅樹『研究史日本人種論』吉川弘文館、1979年
- 金関丈夫「皇民化と人種の問題」『台湾時報』1941年1月号
- 金関丈夫『琉球民俗誌』法政大学出版局、1978年
- 清野謙次『太平洋民族学』岩波書店、1943年
- 清野謙次『古代人骨の研究に基づく日本人種論』岩波書店、1949年
- 清野謙次『日本民族生成論』日本評論社、1946年
- 清野謙次『増補版 日本原人の研究』第一書房、1985年
- 清野謙次『日本人種論変遷史』第一書房、1944年
- 京都大学アイヌ人骨保管状況等調査ワーキング編『アイヌ人骨保管状況等調査ワーキング報告曽』京都大学、2012年
- 篠田謙一『DNAで語る日本人起源論』岩波書店、2015年
- 仲松弥秀『神と村』梟社、1990年
- 今帰仁村教育委員会社会教育課文化財係編『今帰仁村文化財調査報告書 第18集 百按司墓木棺修理報告書』今帰仁村教育委員会、2004年
- 平野義太郎・清野謙次『太平洋の民族=政治学』日本評論社、1942年
- 北大開示文書研究会編著『アイヌの遺骨はコタンの土へ―北大に対する遺骨返還請求と先住権』緑風出版、2016年
- 松島泰勝『琉球 奪われた骨—遺骨に刻まれた植民地主義』岩波書店、2018年
- 結城庄司『結城庄司遺稿チャランケ』草風館、1997年