安定を求める豪比結婚―日本との比較を含めて

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日本平和学会 2018年秋季研究学会 「難民・強制移動民研究」分科会 報告レジュメ

題目 

「安定を求める豪比結婚―日本との比較を含めて」 

                          佐竹 眞明(名古屋学院大学)

 

はじめに

 国際的な移民を多数生んできたフィリピンから、結婚移民として女性が米国、日本、オーストラリアなどの国に移住してきた。その受け入れ先で、女性たちはどのような生活を送り、課題に直面しているか。配偶者の男性に関してもどのような生活、課題をかかえているか。日本の例については、国際結婚、多文化家族の枠組みで一定研究を行ってきた(佐竹・ダアノイ2006;佐竹・金2017)。

 2017年9月から2018年8月まで1年間、オーストラリアで研究する機会を得た。そこで、オーストラリア人男性と結婚したフィリピン女性との婚姻について、夫妻がどのような生活、課題を持っているか、インタビュー調査した。日本と比べて、どのようなことがいえるか、追求してみたいと考えたからである。報告ではオーストラリアでどうなっているのか、を中心的に述べる。できる範囲で、日本のフィリピン女性と日本人男性との結婚についての調査(佐竹 2017;佐竹・ダアノイ2006)との比較を入れる。

 

1. 研究の背景―過去の研究との関係

 1980年代半ば 比豪結婚の増加によって 結婚の社会的意味合いを検討する研究が増えていった(Cahil 1990; Jackson 1993; Saroca 1997; Roces 1998)。特に結婚業者を通じて結婚した「メールオーダー花嫁」が問題視され、人身売買、インスタント結婚と批判された (Boer 1988; De Stoop 1994)。男性の妻に対する暴力、殺人も問題視された (Cunnen and Stubb 1997; Mariginson 2001; Satake 2002) 。女性像として、お金目当てのゴールドディガーか、性的交易における犠牲者かというイメージ、男性像として、性的暴力の加害者というものがあった。 

    一方、「メールオーダー花嫁」像への疑問も提示された。つまり、これらは一方的である。女性が家族をつくり、まっとうな生活をおくろうとしていることを無視している。具体的にはRoces (2003:75)がある。 「これらの議論は犠牲者と主体の区別をあいまいにし、妻と母親の役割、(労働力・市民として)オーストラリアの多文化主義に同化・参加していく彼女たちの成果、自分自身のアイデンティティをつくり上げていく試みを否定している」とする。Saroca (1997:90)もこれらは女性と結婚へのネガティブ・イメージを強化し、毎日の生活の現実をあいまいにする、と述べている。この反論に基づき、Roces 2003、Saroca 2002 、 Bonifacio 2009、Crespo 2009、Espinosa 2017など オーストラリアに居住するフィリピン結婚女性の研究が著されてきた。拙稿も「メールオーダー花嫁」像のようなネガティブ論ではなく、女性、男性の様々な現実を分析するものである。

 

2. 調査方法

 中心的都市「シドニー郊外」、ニューサウスウェルズ(NSW)州のウォロンゴン市において、2017年10月より18年3月まで、オーストラリア人男性とフィリピン人女性のカップル、未亡人に対して、調査を行った。形式は質問表を準備して、答えてもらう、または質問表に記入してもらうものである。インタビュー+質問表記入は7夫婦、妻4人、夫1人 計19人、質問表記入は3夫婦、妻2人、未亡人2人、計10人、総計29人である。性別は女性18人(33~75歳)、男性11人(36~77歳)である。知り合いのフィリピン人を通じて、フィリピン人女性団体、高齢者団体、日本人を通じてキリスト教団体を紹介してもらった。メンバーに個別にインタビュー・質問表調査をお願いした。質問に答えてくださった方々には匿名をあて、プライバシーの保護に努めた。

 

3. オーストラリアのフィリピン人と国際結婚

 オーストラリア連邦の人口は2016年6月末で24,210,800人である。海外からの移民が多いことを反映して、人口の28.5%が海外生まれである。出身国別に見て、英国、ニュージーランド、中国、インド、フィリピン(246,400人)、ベトナム、イタリア、南アフリカ、マレーシア、ドイツという順である。フィリピン人は1971年には2500人に過ぎなかったが、90年に75,000人、2006年に141,900人、16年に246,400人と増えた。男女別に見ると、女性が14万、男性が10万である。その理由は国際結婚により来豪した女性が多い、看護師などの技能職で渡った女性が多いことがあげられる。なお、オーストラリア人と結婚したフィリピン人の9割以上が女性である。

 

4.5つの主要な質問・回答

 質問項目は多岐に及ぶが、日本人男性、フィリピン女性との国際結婚でも重要と考えられる5つの項目に絞って考える。その5つとは次のとおりである。①知り合った経緯と結婚の理由 ②本国送金 ③ジェンダー役割―家庭での家事分担 ④結婚移住民への政府の支援 ⑤定年後のプラン―どこに住むか。 本報告では①、④、⑤について報告する。

 

 ①知り合った経緯と結婚の理由

 紹介(12)が最も一般的である。友人(5)、親戚(4)、その両者のいずれか(2)、職場の仲間(1)という具合である。オーストラリアにいるフィリピン人が姉を紹介するという風に、結婚する人がフィリピンにいる場合、オーストラリア在住のフィリピン人が同在住のフィリピン人を紹介する場合がある。次がオーストラリアの同じ職場で知り合った場合が続く(4)。インターネットのフェースブックで知り合ったが2件ある。うち1件はオーストラリア男性が、中東に出稼ぎ中のフィリピン女性と知り合った例である。結婚業者を通じてが1件である。会ってすぐに結婚を決める「メイルオーダー花嫁」の例で、1981年 シドニー+マニラの仲介業者を通じ、オーストラリア男性と知り合った。

 日本の場合(佐竹 2017 対象-日本男性9名、フィリピン女性17名)と比較する。妻の就労先9、姉の紹介4、友人の紹介1、自治体・業者の紹介1といった具合である。フィリピン女性がエンターテイナーとして、働いていたことが知り合った経緯として、最も多い。フィリピン女性が1980年代半ばから2005年まで興行資格で日本のパブ・クラブで就労していた。その業種に偏ってフィリピン女性の入国を認めていた日本の入管行政が背景にある。オーストラリアでは1970年代後半に結婚で渡ったフィリピン人の親戚に紹介された、80年代に専門職(看護師)として渡ったフィリピン人が友達に紹介されたといった例が多い。

 結婚の理由として、夫の半数は妻の人格・すばらしさ、半数は妻の面倒見がよく、従順だからと述べた。この点、Crespo 2009は「白人の夫にとって、結婚は成功だった。なぜなら、伝統的な価値を持ち、家族と結婚に忠実な妻を見つけたから」と述べている。一方、妻の半数は人格・愛情ゆえ、残りの半数は金銭的理由を挙げている。Crespo 2009は「妻たちは婚姻の成功は豊かな生活を送れているか、による」と述べている。1981年にイタリア系オーストラリア人と結婚したエルサ(62)は生活の環境をよくするために、1989年に英国系オーストラリア人と結婚したブリマ(75)はオーストラリアにとどまるため、結婚したという。

 日本と比較してみる。フィリピンとの経済的格差、あるいは結婚相手の半数以上が元勤務先の客という事情から、フィリピン女性が結婚相手に対し、金持ちのイメージを持って結婚した場合が多い(佐竹・ダアノイ2006)。オーストラリア人と結婚するフィリピン女性とも共通する。他方、日本男性はフィリピン女性が従順だと思った、日本女性にないものを持っている、国際結婚にあこがれた(同)などから結婚しており、オーストラリア男性と重なる部分もある。

 

 ④結婚移住民への政府の支援

 オーストラリア政府の支援は移民国であるだけに充実している。まず、国の支援として、「多文化主義」政策時代(1972~1996)の多文化リソース・センターによるものがある(現在 連邦政府は「多文化主義」よりも「統合」「社会的結束力」を重視している[自治体国際化協会 2018; Jupp 2011; Australian Government 2017])。移民に対して、英語、住居、雇用の支援を行った。1981年結婚したエルサ(62)はセンターで英語を学習した。次に、州、準州で実施されるTAFE(Training and Further Education) と呼ばれる職業教育がある。特に、フィリピンの場合、2010年K-12と呼ばれる学制が始まるまで、中等教育まで10年しかなったため、大学資格がオーストラリアで認められなかった。そのため、移住者がTAFEを活用した。結婚移民のメンチー(72)は離婚し、2女のシングルマザーになったが、TAFEで保育学を勉強し、保育所に勤めた。他に、教育訓練省に成年英語プログラム、教育雇用のためのスキル学習、スカラーシップ・プログラムがある。これらを活用し、職を身に着けた結婚移民女性がいる。これらは移民だけでなく、市民が広く利用できる。

 日本と比べると、日本語教育は自治体の国際交流協会(民間団体も)が比較的十分展開している。厚生労働省も15府県で「外国人就労・定着支援研修」を行っている。これは定住外国人、日本人の配偶者向けに初歩的支援を行う。だが、TAFEや教育文化省のようなキャリア向上にむけた廉価な移民向け支援は欠ける。オーストラリアの支援は充実しているといえよう。

 

 ⑤定年後のプラン―どこに住むか

 回答者のほとんどはオーストラリアに住むと答えた。理由は先ず社会福祉の高さがある。年金は十分もらえるし、医療負担も最小限である。診察・入院は無料で薬代は最小限の負担で済む。次いで、高齢者向けの割引も整備され、公共交通機関、ガス、電気、水道代も割り引かれる。また、温帯性の気候(NSW州)も耐えられる。国の両親は亡くなって、兄弟姉妹みんなオーストラリアに渡った人もいる。さらに、オーストラリアは就職、自己実現の機会が豊富にあり、それが実現できると考える人もいる。多文化社会で、暮らしやすいという声もある。

 フィリピンについて、意見を聞いた。夫妻の意見として、社会保障が十分でないと意見が出た。医療費の自己負担が高いのである。夫の意見として、インフラが乏しい、住宅が貧弱、大都市周辺は交通渋滞、夏季(3-5月)はきわめて暑く、生活がしにくいといった声があった。一方で、夫の印象として、人々がとても親切で友好的だ、という点は共通していた。しかし、総計すると、否定的側面が多くなり、フィリピンは夫婦そろって定年後過ごすには不向きである、休暇や里帰りの地であるという意見に集約される。

 日本ではどうか。夫と一緒に日本で暮らしたいフィリピン女性もいるが、定年後は母国へ帰りたいというフィリピン女性もいる。愛媛県四国中央市に住むヒルダ(53)は1989年にトラック運転手の男性と結婚した。高齢者介護施設で職員として働く。彼女は定年後、フィリピンに帰りたい。夫も同じ意見である(佐竹2017)。このように、日本のフィリピン女性と日本男性の夫婦が定年後、フィリピンで暮らしたい理由は、次の通りと思われる。日本は高齢者であっても医療費がかかる(30%自己負担)。フィリピン人が日本国籍を取得しておらず、単純労働をしているため、精神的に所属意識が弱い。この点、オーストラリアでは市民権を獲得し、所属意識が強い。フィリピンには親戚が多く、世話をしてもらうなど暮らしやすい。日本からの距離が近い(飛行時間:マニラ-東京4時間、マニラ-シドニー8時間15分)。日本は寒すぎる。以上、比較してみると、「幸運の国」オーストラリアへの永住希望が多い。

 

 5.まとめ

 以上、①知り合った経緯と結婚の理由 ④結婚移住民への政府の支援 ⑤定年後のプラン-どこに住むか を中心にオーストラリア男性とフィリピン女性との婚姻を検討した。それぞれ日本の例と比較してみた。①の経緯では知り合いの紹介が多く、理由では夫は家庭を重んじる妻、妻は経済的安定をもたらす夫を求めている。④では移住民のキャリア・アップにつながる支援がオーストラリアでは優れている。⑤ではほとんどの夫妻がオーストラリアに住みたい、とのことであった。①で夫妻とも精神的に満足、②で移住民のキャリア・アップがみられ、⑤で居住国について満足がみられる。回答した夫、妻ともに結婚を通じ、安定した生活を求めることに成功している。

 

文献

  • 佐竹眞明、メアリアンジェリン・ダアノイ 2006.『フィリピン・日本国際結婚―移住と多文化共生』、めこん.
  • 佐竹眞明編 2011.『在日外国人と多文化共生-地域コミュニティの視点から』、明石書店.
  • 佐竹眞明・金愛慶編 2017.『国際結婚と多文化共生―多文化家族の支援にむけて』 明石書店.
  • 佐竹眞明 2017.「フィリピン・日本結婚夫婦にとっての支援とは」 佐竹・金編 2017所収、69-92.
  • 自治体国際化協会 2018.『オーストラリア地方自治体における多文化主義政策の実践』Clair Report No. 458. (http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/458.pdf 2018年8月1日アクセス)
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