土地紛争における伝統的権威の役割―アフリカ南西部・ナミビアの牧畜社会を事例として

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日本平和学会2018年度秋季研究大会

 

土地紛争における伝統的権威の役割―アフリカ南西部・ナミビアの牧畜社会を事例として

神戸大学大学院 国際文化学研究科

宮本佳和

 

キーワード:土地紛争、伝統的権威、「コミュニティ・ベースの自然資源管理」(CBNRM)、牧畜民ヒンバとヘレロ

 

はじめに

「アフリカ最後の植民地」とも呼ばれたナミビアは、1990年に南アフリカのアパルトヘイト政策による統治から独立した。植民地統治からの脱却には、「民族」ごとに割り当てられていた「ホームランド」の統合と、間接統治を行っていたチーフらの取り扱いが課題となり、先進的な法制度の整備と共に、同時期にアフリカ各国に導入された構造調整や「コミュニティ・ベースの自然資源管理」(CBNRM)など国際的なトレンドを取り入れた施策が実施された。本報告では、旧「ホームランド」の一つである北西部の「カオコランド」に暮らしてきた牧畜民ヒンバ及びヘレロの放牧地をめぐる争いに焦点をあて、高等裁判の判決と実際の追い出しの事例の検討を通して、いわゆる「伝統的権威」の争いへの関与の仕方を明らかにする。その上で、争いにおけるローカルレベルでの実践を、伝統的権威の有す「権限」との関係から考察する。

 

1.アフリカにおける土地問題と伝統的権威

 独立後の多くのアフリカ諸国では、植民地支配の中で創り出された伝統的権威が近代国家形成への障害とみなされてきた。しかし1990年代頃からの政策転換に伴い、土地利用者の権利安定を目的とした土地改革が、伝統的権威の再評価と共に行われてきた(武内 2017)。東アフリカの牧畜社会では、土地の再編が近代的な畜産物の生産方式の導入と野生動物の保護区の創設によって行われたため、牧畜民間の衝突が発生し、内部で力を保持してきた伝統的権威の権力が後退していることが報告されている(目黒 2015)。

 

2.ナミビア北西部における土地政策と伝統的権威―歴史的背景

ナミビア(南西アフリカ)は1880年代後半からドイツによる植民地支配を受けたが、北西部ではドイツよりもその後の南アフリカの統治の影響をつよく受けた(Friedman 2011)。1920年代には黒人を民族ごとに区分したリザーブ(のちのホームランド)の一つである「カオコランド」が設置され、内部の特定の地域を管轄するチーフが任命された(Bollig 2011)。独立後、ホームランドは共有地となり、かつてのチーフらは伝統的指導者と名称を変えた。彼らが組織する伝統的権威には、近代法内で共有地の管理と利用に関して政府に助言する役割が付与された。1990年代後半からはCBNRMのもとで共有地に「(野生動物)保全地区」が設置され始め、取り決めに伝統的権威が関与していることが報告されている(Bollig 2011)。

 

3.高等裁判に発展する土地争い

 北西部では2012年頃からの干ばつの影響で放牧地をめぐる争いが発生し、その一部は高等裁判に発展した。2017年時点では2事例の判決が下され、裁判に関与するのは共有地に権限のある伝統的権威であった。伝統的権威にはこうした権限だけでなく、「慣習法をつくる」権限も与えられており、慣習法に特定の場所を「伝統的テリトリー」として登録することで法的根拠を提示し、裁判を有利にすすめていた。

 

4.保全地区を単位とする追い出し

 実際の追い出しでは伝統的権威が間接的に「権限」を有す保全地区が単位となっており、「伝統的テリトリー」以外の場所でも追い出しが正当化されていた。保全地区は当該コミュニティから選ばれた管理委員が運営しているが、伝統的権威は非公式的に代表になっており、保全地区の収益の大部分を占める野生動物のハンティングビジネスでの収入の一部を手にしていた。そのため保全地区という単位は、伝統的権威を介することで、ローカルの人々にとって特定の場所に関する権利を示す手段となっていた。

 

5.土地紛争における伝統的権威の役割

 以上の事例の検討を通して浮かび上がるのは、直接的・間接的な「権限」を戦略的に利用する伝統的権威の姿である。彼らは共有地に関する法的な権限を有すため、裁判の主要なアクターとしてローカルの人々と近代法を媒介する役割を担っていた。伝統的権威の権限は追い出しを行う際に有利に働く場合もあるが、マイノリティの人権保護といった新らたな概念によって当事者を擁護する状況では、法的根拠の適用はされにくく権限が弱まる傾向にあった。一方で、彼らはコミュニティ・ベースで運営される保全地区にも非公式的に関与しており、状況に合わせた「権限」を利用することで問題解決をはかっていた

 

おわりに

扱った各裁判では不服申立が行なわれ、2018年現在も問題は完全には収束していない。隣接地域でも放牧地争いが高等裁判に発展する動きがあり、追い出しの単位となる保全地区との関係から今後の状況を注視していく必要があるだろう。

 

参考文献

  • Bollig, Michael. 2011. Chieftaincies and Chiefs in Northern Namibia. J. Dülffer and M. Frey (eds). Elites and Decolonization in the Twentieth Century. pp. 157-176. (London: Palgrave).
  • Friedman, J.T. 2011. Imagining the Post-Apartheid State. (New York: Berghahn Books).
  • 目黒紀夫「野生動物保全が取り組まれる土地における紛争と権威の所在―ケニア南部のマサイランドにおける所有形態の異なる複数事例の比較」『アジア・アフリカ地域研究』14(2)、2015年、210-243頁。
  • 武内進一「アフリカにおける土地政策の新展開と農村変容」、武内進一(編)『現代アフリカの土地と権力』アジア経済研究所、2017年、3-34頁。