日本平和学会2018年度秋季研究大会
ドイツの平和研究と平和教育学の展開
東京経済大学
寺田佳孝
キーワード:ドイツ、政治教育、論争的テーマの学習、平和研究、平和教育学
はじめに
本発表は、ドイツの政治教育と平和教育学における国際政治のカリキュラムに注目し、生徒が将来、政治・社会問題を主体的に判断し、行動できるようになるために欠かせない教育のあり方を追究するものである。その際、1970年代を中心に同国で発展した平和研究と教育との関係性に注目する。本報告の手順として、はじめにドイツの政治教育の特徴を概観する。その後、70年代のドイツ平和研究の展開について、当時の代表的な研究機関と平和研究の内容を中心に整理する。そのうえで平和研究と教育学、とくに平和教育学とのつながりを中心に分析していく。最後に、今日のドイツの教育状況に触れたうえで、日本の国際政治の学習のあり方について考えてみたい。
1.ドイツの政治教育-基本理念と学習原理、関連教科の状況
はじめに、そもそも「政治教育(Politische Bildung)」とは何だろうか。元来、「政治教育」という言葉の意味内容は非常にあいまいであり、論者によって何が政治教育を意味するのかわかりにくい。そこで、現代ドイツを代表する政治教育学者・ザンダー(Wolfgang Sander)の定義を参照すると、政治教育は、「特定の社会の価値・態度・行動様式を身につけるための『政治的社会化』の過程」であり、学校での歴史・政治の授業を中心に展開される一方、学外の社会教育活動も含まれるものとして理解されている。
そして、現代ドイツの政治教育の特徴としては、「批判性」「論争性」「主体性」「成熟」等のキーワードが挙げられることが多い。そこでは、政治教育の原則として「政治・社会において論争的なテーマを授業内容とし、それを論争的な状態で学習者に提示する」こと、そして「学習者の主体的な政治的判断力、政治的行動力を涵養する」ことが強調されている。
2.ドイツ平和研究の成立と政治・社会環境
「平和研究(Friedensforschung)」という言葉は多様に定義されうるものだが、ここでは1970年代の代表的な平和研究者カイザー(Karl Kaiser)に従い、「平和研究とは、学術的手法を用いて平和な世界とは何か、その創造・回復の条件は何かを探究し、それを実現する方法を追究する学問である」と理解しておきたい。この時期のドイツにおける平和研究の急速な発展は、当時のドイツ国内の政治・社会改革、とくに政治・社会意識の変容を背景とするものであった。こうしたなか、単に国際紛争を分析の対象とするのでなく、南北問題や環境汚染などを抱える政治・経済システムへの反省を促し、従来とは異なる社会のあり方が模索されたのである。
具体的には、1970年代の平和研究の進展は、ドイツ平和・紛争研究協会(DGFK)に代表される平和研究機関の創設と機能から確認することができる。そして当時の平和研究の内容としては、①冷戦下の国際政治情勢、軍事戦略論の批判的検討、②軍事関連企業や武器輸出と冷戦との関係を分析する経済学・国際経済学に関する研究、③欧米諸国の社会内部に広まる敵イメージやメディアによるイメージと冷戦との関係を分析する社会心理学的研究、の3つを挙げることができる。
3.ドイツ平和研究と教育学との接近-批判的平和教育論の成立
実践科学を志向する平和研究にとって自らの研究成果を社会に広めることは重要課題と認識されており、平和教育学者・実践家との連携が目指されることになる。事実、平和研究者たちは、教育雑誌に論考を発表し、平和教育のなかで国内外の政治・社会問題を扱う必要性を提唱していった。こうしたなか、教育学者ヴルフ(Christoph Wulf)によって、「批判的平和教育(Kritische Friedenserziehung)」が主張された。その特徴は、①学習対象として現実の政治・社会問題(とくに国際関係)の重視、②学習者の批判的分析力・行動力の育成重視、③学習者の主体的な意見形成よりも知識・理論の伝達、批判的理解の優先、の3つを挙げることができる。さらに政治の教育内容についても、ヘッセン州やノルトライン・ヴェストファーレン州などの学習指導要領および教科書に平和研究の研究成果が取り入れられていった。
おわりに ドイツの平和研究と教育 日本の政治教育・平和教育の課題
現在のドイツ平和研究に目を向けると、1970年代の勢いは見られない。政治教育も、学習者に政治・社会問題について批判的に理解させ、行動を促すよりむしろ、児童生徒が政治・社会やその学説・見解を主体的に判断し、自らの立場で行動できるようになることを目的に掲げるようになっている。他方で、平和研究等の成果が政治の教科書に掲載されるのは珍しくない。
最後に日本に目を向けると、現実の政治・社会問題、とくに国際政治の諸テーマをいかに政治教育、平和教育の学習対象にしていくのかが問題となる。その際、「政治教育の中立性」「歴史問題・憲法問題の重視」「論争の取り上げ方」「教員および学習者双方の自由な主張はどこまで認めるべきか」など、考慮すべき点が多い。とくに最後の点はドイツでも繰り返し論争が起きており、非常に難しい課題となっている。
参考文献
- 拙著『ドイツの外交・安全保障政策の教育-平和研究に基づく新たな批判的観点の探求』風間書房、2014年。
- Kaiser, Karl, Friedensforschung in der Bundesrepublik, Vandenhoeck u. Ruprecht, 1970.
- Wulf, Christoph, Einleitung, in: ders. (Hg.), Kritische Friedenserziehung, Suhrkamp, 1973.