日本平和学会2018年度秋季研究大会・グローバルヒバクシャ分科会
トモダチ作戦 もうひとつのフクシマ 空母レーガン乗組員の被曝裁判
田井中 雅人
(朝日新聞・核と人類取材センター記者)
キーワード:福島第1原発事故、日米同盟、トモダチ作戦、内部被曝、UNSCEAR
はじめに
2011年3月の福島第1原発事故直後から約1カ月、東北沖に展開した米海軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」などで救援活動「トモダチ作戦」にあたった元乗組員らが、がんや白血病などさまざまな健康被害を訴えて、米国の裁判所で争っている。当時、東北の被災地に支援の手を差し伸べた彼らは「日米同盟の絆」の象徴であると英雄視されたが、いまでは日米両政府から見捨てられている。なぜなのか。
1.漂流するトモダチ(田井中・ツジモト2018)
2012年末に甲状腺障害などを訴えるレーガンの元乗組員ら8人が「福島第1原発を運転する東京電力が十分な情報を出さなかったため、危険なレベルまで被曝させられた」として米カリフォルニア州サンディエゴの連邦地裁に提訴。東電のほか、ゼネラル・エレクトリック(GE)やエバスコ、東芝、日立といった原発メーカーをも相手取り、医療基金の設立などを求めている。原告らは、原発事故による高レベルの放射性プルームにさらされた外部被曝のほか、空母内で海水を脱塩した水(脱塩蒸留水)を飲んだりシャワーを浴びたりしたことによる内部(体内)被曝の可能性も訴えている。だが、軍医らは「放射線との因果関係はない」と口をそろえ、国防総省が2014年6月に連邦議会に提出した報告書は「トモダチ作戦でレーガン乗組員らが浴びた推定被曝線量は極めて少なく、健康被害が出るとは考えられない」と結論づけた。
国防総省報告書がレーガン乗組員らの被曝と健康被害との因果関係を否定した主な論拠は、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)などが示す「潜伏期間」の考え方である。放射線由来の白血病の最低潜伏期間は2年、固形がんは5年。報告書によれば、約5千人のレーガン乗組員のうち放射線由来の病気とみられるのは3人だけ。彼らの発症は「潜伏期間」より早かったので、トモダチ作戦以前に病気のプロセスが始まっていたことを示唆しているとの論法だ。しかし、「潜伏期間」を過ぎたあとの報告はない。実際、2017年末までに400人を超えた原告のうち、死者9人、がん発症者は23人に増えている。
2.初期被曝の衝撃と内部被曝の軽視
レーガン乗組員らが被曝したこと自体は国防総省も認めているが、報告書によると、トモダチ作戦に従事した期間(60日換算)の推定平均被曝線量は、全身が8ミリレム(0.08ミリシーベルト)、甲状腺は110ミリレム(1.1ミリシーベルト)。「これほどの低線量の被曝によって、がんなどの健康被害が生じるとは信じがたい」と結論づけている。しかし、原発事故当初のベント作業などによる高レベルのプルームの風下に入った空母レーガンは、極めて強い放射線にさらされており、甲板要員らは口の中で「アルミニウムや銅貨のような金属の味」を感じ、まもなく下痢などの症状に見舞われたと証言している。山田國廣はこれを典型的な「初期被曝の構図」とみる(山田 2017:57)ほか、矢ケ崎克馬は「放射性プルームの吸引内部被曝」を指摘し、国防総省報告書について「問題は、吸収線量で考えなければならないのに、照射線量で表していること。原爆被爆者やチェルノブイリ原発事故被害者と同様に、切り捨て論で片付けられている」と批判する(田井中・ツジモト 2018:140)。原発事故により、海水も相当汚染されていたとみられ、空母の海水蒸留設備では除去できないトリチウムなどの放射性物質を、乗組員らが経口摂取して内部被曝した可能性も指摘される。さらに、レーガン艦内には乗組員約5千人全員分の被曝を抑えるためのヨウ素剤を備えていたが、被災地におもむく一部の航空要員らにしか配布されず、しかも、そのことを隠蔽するために、「配布された」とする虚偽の書類に署名を強要されたとの複数の乗組員証言もある。
3.トモダチ作戦の表と裏
では、乗組員らの健康をそこまでリスクにさらしながら展開されたトモダチ作戦とは何だったのか。そのネーミングが示唆する通り、当時の日本の民主党政権下で、ぎくしゃくしていた日米関係を立て直す意図が米側にあったことは間違いない。当時のケビン・メア国務省日本部長が「沖縄の人々は、ゆすりの名人」と発言したとされ、沖縄の米海兵隊不要論が声高に語られるなか、東日本大震災発生を受けて、在沖縄海兵隊は震災で孤立した気仙沼沖の離島・大島に駆けつけ、その有用性を見せつけた。空母レーガンを中心に米軍と自衛隊がかつてない規模の連携をしながら東北の被災地への人道支援を展開し、「日米同盟の絆」をアピールした。2015年4月に米議会で演説した安倍晋三首相は、改めてトモダチ作戦に触れて「希望を与えてくれた」と米側への謝意を示し、大規模除染作業を終えたとされる空母レーガンは同年10月に横須賀基地に配備された。日本外務省は「トモダチ作戦に従事した船であり、歓迎する」との声明を出した。2017年11月に初来日したドナルド・トランプ大統領も横田基地で演説し、「トモダチ作戦は米国史上最大の人道支援任務であり、何千人もの日本人の命を救った」とたたえた。日米両政府は連携してトモダチ作戦によって日米同盟の絆が深まったと盛んにアピールしながら、その作戦によって苦境に置かれている米国のトモダチのことには一切触れない。
こうした人道支援の成果が表舞台で語られる裏で、もうひとつのトモダチ作戦も進められている。国防総省報告書によると、ワシントンDCでは、国防総省と退役軍人省が連携して「トモダチ作戦記録」データベースを開設した。1万7千人のトモダチ作戦にあたった兵士のほか、当時、在日米軍基地などにいた米軍人・軍属らも合わせて7万5千人以上の推計被曝線量について「信頼できる歴史記録」をつくるのが目的だとし、原爆開発の「マンハッタン計画」をルーツとする陸軍放射線研究所が包括的な報告書作成にあたる。石井康敬は「トモダチ作戦の二面性」を指摘し、米軍の放射線部隊が日本国内に大規模に展開して各地で放射線測定を行い、核テロ・原発事故への対応を記した危機管理マニュアルを実践に映した希なケースだったと分析する(石井 2017)。
4.「核の桃源郷」を維持する「行政的手段」
マンハッタン計画から始まったとされる核時代。戦争に勝つためには放射線被曝のリスクは許容できるものだという考え方が、1950年代の米ソ冷戦期に確立し、核開発による被曝の人体への影響は軽視されてきた。そして、なお米国は、核施設へのテロや原発事故に備えて被曝データをせっせと収集し続けていることが、トモダチ作戦によって明らかになった。
国防総省がトモダチ作戦による被曝と健康被害の因果関係を否定する論拠としたUNSCEARは、1955年に発足。その前年のビキニ水爆被災後に、米原子力委員会の科学者らによって設立された経緯がある。放射性降下物の人体への影響、とりわけ内部被曝の影響について研究を進める一方で、公式発表の中では、その影響を軽視した言説を繰り返していた。UNSCEARについて、高橋博子は「その歴史的経緯を見ても、米ソ冷戦の中での核開発史と密接に関連しており、少なくとも被ばくした人々を救済するための国際機関ではない」と断じ、「国際的科学的知見」を演出する一つの「冷戦科学」装置として機能していると指摘する(高橋 2018)。中川保雄は「今日の放射線被曝防護の基準とは、核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである」としている(中川 2011:225)。
米国のマンハッタン計画の拠点ハンフォードと、旧ソ連の秘密核開発都市だったマヤークの労働者らを研究した歴史学者ケイト・ブラウンは、貧しかったはずの工場労働者に中流意識を持たせ、核兵器開発により被曝しても、国への忠誠心を持ち続ける労働者らの「核の桃源郷(プルートピア)」(Brown 2013)が生まれたと分析。「米ソ冷戦は終わったが、マンハッタン計画から続く核時代は終わっていない」と指摘する。ハンフォードのような国策依存構造が、米国のGE製原発を受け入れた福島などにも植え付けられ、2020年の東京オリンピック誘致において、原発事故の影響は「アンダーコントロール」(安倍首相)だとウソをついた日本政府が、避難住民らの福島への帰還政策を進め、放射線の危険性を見えなくする広報戦略が続いているとみる(田井中 2017:182-192)。
おわりに
トモダチ作戦に従事したために健康を害したと訴えるレーガン乗組員ら。何の保障もないまま軍を追われ、医療保険もなく、わらにもすがる思いで訴訟に加わる人が増え続けている。米国での本格審理が近く始まるとみられるが、病身の彼らは、けなげにも「自分たちの訴訟が先例になって、やはり十分に救済されていないというフクシマの人たちの傘になりたい」と言う。不都合なデータをアンダーコントロールして、トモダチを使い捨てる。彼らの訴えは、ヒバクとニチベイドウメイの本質をも問うている。
参考文献
- 田井中雅人、エィミ・ツジモト『漂流するトモダチ アメリカの被ばく裁判』朝日新聞出版、2018年。
- 山田國廣『初期被曝の衝撃―その被害と全貌』風媒社、2017年。
- 石井康敬『フクシマは核戦争の訓練場にされた』旬報社、2017年。
- 高橋博子『UNSCEARの源流:米ソ冷戦と米原子力委員会』岩波書店・科学、2018年9月。
- 中川保雄『増補 放射線被曝の歴史 アメリカ原爆開発から福島原発事故まで』明石書店、2011年。
- 田井中雅人『核に縛られる日本』角川新書、2017年。
- The Office of the Assistant Secretary of Defense for Health Affairs June 2014, Final Report to the Congressional Defense Committees in Response to the Joint Explanatory Statement Accompanying the Department of Defense Appropriations Act, 2014, page 90, “Radiation Exposure”.
- Operation Tomodachi Registry, Dose Assessment and Recording Working Group April 2014, TECHNICAL REPORT, Radiation Dose Assessments for Fleet-Based Individuals in Operation Tomodachi, Revision 1.
- Brown, Kate 2013. Plutopia: Nuclear Families, Atomic Cities, and The Great Soviet and American Plutonium Disasters (Oxford University Press).