日本平和学会2018年度春季研究大会
狭隘化の実態と対抗アドボカシー――市民社会スペースをめぐる国内動向
市民社会スペースNGOアクションネットワーク(NANCiS)
加藤 良太
キーワード:市民社会スペース、狭隘化、アドボカシー、萎縮・自粛・忖度、市民社会の連帯
はじめに
日本の市民社会にとって「市民社会スペース」は未だ人口に膾炙していない「外来語」である。しかし、市民社会スペースの狭隘化をめぐる国際動向を知り得る立場であった国際協力NGOを通じて持ち込まれたこの語・概念を通じて、国内でも広がる狭隘化の状況が照らし出され、少しずつではあるが、分野を超えた市民社会の動きも出てきている。本報告では、日本国内の市民社会スペース狭隘化の状況やそれに対する市民社会の動きと今後について、市民社会の現場の立場から報告したい。
1.市民社会スペース狭隘化への覚知――市民社会スペースNGOアクションネットワーク(NANCiS)設立の経緯
日本の市民社会で、市民社会スペースの問題を明示的に活動の中心に据えたのは、「市民社会スペースNGOアクションネットワーク」(以下、NANCiS) が初めてであろう。それゆえに、NANCiS設立の経緯をたどることで、市民社会による日本国内での市民社会スペース狭隘化への覚知の道のりの一つを辿ることができる。NANCiSはその前身を「秘密保護法NGOアクションネットワーク」(以下、NANSL)といい、もとは2013年秋頃から特定秘密保護法(以下、秘保法)制定に憂慮・反対した、国際協力NGOのネットワーク組織(以下、ネットワークNGO)の全国的な有志の集まりであった。この集まりが、秘保法成立後の2014年4月にNANSLとして組織化する。
当初、NANSLは、国際協力NGO独自の事情(国際協力活動に関わる海外安全情報の入手に困難をきたす、あるいはそれを理由に弾圧される恐れ)から、国際協力NGOへの秘保法の具体的適用を想定した対応を考えていた。しかし、秘保法の運用状況のモニタリングや法曹界との意見交換、市民社会スペースをめぐる国際動向への認識を通じ、秘保法やその後に成立した組織犯罪処罰法の改正(以下、共謀罪法)などの流れが、市民社会そのものの活動・存立にもたらす影響や「萎縮」効果の危うさを覚知する。それらに包括的に対応すべくNANSLを発展解消し、2018年5月に設立されたのがNANCiSである。
2.日本国内での市民社会スペース狭隘化の状況
日本国内での市民社会スペース狭隘化の状況として、例えば以下のようなものが挙げられる。
(1) 弾圧: 社会運動系の団体を中心に、微罪や別件での家宅捜索、機材・資料の押収、身柄拘束や長期拘留がしばしばみられる。捜査や身柄拘束そのものに市民活動への監視、抑圧効果を狙ったとみられるものも少なくない。デモや座り込みに対する過剰警備、暴力、身柄拘束などもこれに含まれる。
(2) 政治的圧力: 行政からの委託事業や事業の後援を受けているNGO・NPOが、独自に行う政策や政治への意思表明を政治問題化され、事業の継続が困難になるケースなど。よく知られるケースでは、2015年に生じた「さいたま市市民活動サポートセンター」をめぐる問題 がある。
(3) 公共空間からの排除: 駅前広場や路上、公園などが一方的に規制強化され、集会やデモなどに使用できなくなるケース など。また、(2)を背景に、公共施設での政府や行政に批判的なイベントの開催を断られる、行政改革や民営化の流れの中で、市民活動向け施設が閉鎖されたり、利用条件が厳しくなるケースもある。京都大学の「タテカン」問題も、排除の例の一つといえよう。
(4) 萎縮、自粛、忖度: (1)、(2)、(3)への恐れを理由に、市民社会自らが政府や行政の問題を指摘したり反対する活動から手を引く、政府や行政が政治的意向を気にしてNGO・NPOへの情報提供や対話に消極的になるなど。事例の指摘が難しいが、市民社会が実感として最も困難を感じる部分である。
3.日本の市民社会の動きと今後
NANSL/NANCiSが取ってきた対抗策としては、以下のものがある。特に、市民社会自らの萎縮を防ぎ、仮に弾圧などの事案が出た時に当事者を孤立させないために、ネットワーキングに力を入れてきた。また、市民社会スペースの状況についてモニタリングを続け、定期的に政府・外務省に質問をするなど、市民社会の関心が継続していることを示し、市民社会スペースに対する圧迫への抑制効果をねらっている。
(1)ネットワーキング ・市民社会の中の連帯(分野内、分野を超えて、国際的な)
・現場・事例と専門家をつなぐ(法曹界、学界との連携・協力)
(2) モニタリング、意見表明、政策提案
(3) 啓発、学習、ケースワーク
(4) 具体事案への対応・救援(当事者をサポートする、孤立させない)
今後としては、市民社会の存在感を高めるためにも、引き続き国内外の市民社会の連帯を進めていくこと、市民社会スペースへの圧迫があれば抗議や対応をしていく一方で、例えば公共施設の使用規制の問題などについて、行政だけでなく議員や住民などとの対話も重ねながら地域社会での信頼を得て、市民社会スペースを自ら「広げる」努力も必要であろう。