日本平和学会2018年度秋季研究大会
民主化支援の今日的ディレンマ――国際社会から見た現状と課題
和洋女子大学
杉浦功一
キーワード:民主主義、民主化、民主化支援、中国モデル、シャープ・パワー
はじめに
現在、世界的に民主主義・民主化が「後退」しているとされる。そこには本部会で注目する市民社会のスペースの制約も含まれる。対して、民主化を促進し、擁護してきた、民主化支援はどのように対応し、どのような課題に直面しているのであろうか。本報告では、市民社会の分野を中心に現状を検証し、直面する課題を明らかにしたい。なお、ここでの「民主化支援」は、西側先進国政府や国際機構(EUや国連)、国際NGOなど多様なアクターによる、技術・資金援助のみならず、外交的な手段を含む民主化の促進・擁護を目的とした活動全般という広義の意味で用いる(杉浦2010)。
1.世界の民主主義・民主化の現状
NGOフリーダムハウスの自由度指標やエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の民主主義指標などからは、ここ数年にわたり、民主化途上にある国家では民主化が停滞ないし逆行し、アメリカを含めた既に民主的な国家では、ポピュリズムの広がりで評価が悪化する傾向が読み取れる。特に、いわゆる「競争的な権威主義体制」の状態にある国家が増加しつつある。その中には、カンボジアやトルコのようにかつては民主化が評価された国家も含まれる。東欧のハンガリーのように、冷戦後に民主主義が「定着」したはずの国家でも、結社の自由や言論の自由が制約されるなど、非自由主義的な傾向が強まっている。しかも、それらの国は、民主化を目指す途上で困難に直面しているというよりも、むしろ自らのその状態を「正当な」ものと主張するようになりつつある。
2.民主主義・民主化をめぐる国際政治
このような世界的な民主主義と民主化の停滞の背景には、各国独自の国内的要因のほかに、国際的な要因がある。第1に、欧米流の自由民主主義の国際的な魅力の低下がある。西側先進諸国でグローバル化により産業が空洞化し、経済格差が広がり貧困率が高まる一方で、中国は長期にわたる経済発展を続けている。その結果、繁栄のための最良のモデルとしての欧米の自由民主主義のイメージが薄れ、途上国政府にとって、中国からの経済援助の増加と合わさって、「中国モデル」あるいは「北京コンセンサス」への魅力が相対的に高まりつつある。実際、カンボジアやルワンダなど様々な国が、中国モデル、あるいは「シンガポール・モデル」を模倣しつつある。また、ロシアのプーチン政権も「主権民主主義」として、その権威主義的性格を安定と繁栄をもたらすものとして正当化し、周辺諸国との関係を強めつつある。
第2に、権威主義体制側もかつてのように欧米諸国や国際機構からの民主化への圧力に受け身に反応するだけでなく、自由民主主義の魅力を損なわせるような、積極的な政策を遂行するようになっている。「シャープ・パワー」ともいわれるが、欧米国内のポピュリスト政党や極右運動、研究機関などを様々な手段を用いて支援し、自国にとって不都合なイメージをコントロールするとともに、既に存在する民主国家内の対立をあおって、さらなる分断を図っているとされる(NED 2017)。
3.民主化支援のディレンマ
対して、これまで民主主義・民主化を促進・擁護してきた民主化支援活動は苦境に直面しつつある。人権など内政問題に踏み込まない中国からの援助の増大もあり、1990年代のような経済援助と民主化を結びつけた政治的コンディショナリティの効果が低下し、また、戦略的な配慮から運用自体が減りつつある。しかも、2018年のカンボジア総選挙への日本と欧米諸国の対応の差にみられるように、国際アクター間の分裂も見られる。また、今世紀になってからの国際協力におけるオーナーシップ原則の広がりによって、途上国の開発(援助)戦略では、行政機関の強化など非政治的なガバナンス分野に焦点を合わせる傾向が強まり、複数政党制や自由なメディア、人権NGOへの支援といった「政治的」分野が避けられつつある。民主化支援に携わる国際NGOも、自らの生き残りのために、他のドナーから資金提供を受けやすく、対象国で活動がしやすい、「非政治的」で「技術的」な援助活動に重点を置くようになっている(Bush 2015)。
また、民主化支援に対する対象国政府側からの抵抗・妨害も、強まると同時に巧妙になってきている。いろいろな国でNGOに対する規制、特に人権問題や民主化関連に取り組むNGOや西側諸国から援助を受けるNGOに対する規制が強化されている。そのため、民主化支援はディレンマに直面している。例えば、カンボジアにおける人権・民主化関連のNGOへの海外からの資金援助のように、市民社会のスペースを守るために対象国のNGOを支援すると、それ自体を根拠に政府から活動が規制されてしまう。
おわりに
このような状況のなかで、民主化支援を有効に機能させるためには、画一的ではなく、各国の政治状況に合わせた支援戦略を策定するとともに、支援側の民主的正統性、日本であれば日本国内における民主主義の健全化が必要である。戦後日本にとってのアメリカや冷戦後の東欧諸国にとっての欧米諸国のように、「憧れ」の対象になることが、民主化支援の人々からの要請と効果向上にとって最も重要だからである。
参考文献
- Bush, Sarah Sunn (2015) The Taming of Democracy Assistance: Why Democracy Promotion Does Not Confront Dictators, Cambridge University Press.
- NED (National Endowment for Democracy) (2017) Sharp Power: Rising Authoritarian Influence, NED.
- 杉浦功一(2010)『民主化支援―21世紀の国際関係とデモクラシーの交差』法律文化社