日本平和学会2018年度秋季研究集会
『市民憲章』の意義とその射程――市民社会スペースをめぐる国際動向
宇都宮大学・国際協力NGOセンター(JANIC)
重田康博
キーワード:市民社会スペース、政策環境、基本的人権、NGO法、市民憲章、
はじめに
今日世界では、NGO(非政府組織)およびCSO(市民社会組織)が活動する市民社会スペース(civic space)が縮小したり、彼らの政策環境(enabling environment)が悪化したりしている。2015年9月第70回国連総会で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development)」の宣言3では、公正な社会の実現と基本的人権やジェンダーの尊重が強調されている。それにも関わらず、世界では、国による違いはあるが、政府がNGOの活動規制するためのNGO法が制定されたり、政府がNGO法による過剰で煩雑な手続きをNGOに要求し、外国からの資金受け入れや国際NGOの系列団体へ規制したりしている。
本報告は、市民社会スペースの危機に世界のNGOやCSOがどのように取り組んでいるのか、今年翻訳が刊行された『市民憲章―市民参画のグローバルな枠組み―』(Civic Charter – The Global Framework for People’s Participation)の意義を踏まえて国際動向を検討する。
1. 市民社会スペースの縮小
では、市民社会スペースの縮小とは何であろうか。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、市民社会アクターの直面する課題として、「①市民社会の妨げとなる法律または規定に基づいた措置、②恣意的な措置、③法の枠外の嫌がらせ、脅迫および報復行為 」、について取り上げている。具体的には、表現の自由、結社の自由、集会の自由への侵害、NGOを含めたCSOや労働組合の設立・活動に対する管理・規制、無実のCSO関係者の監禁や拘束、海外のドナーからの資金助成に対する規制などが考えられる。
例えば、現在のカンボジアでは、長く続くフン・セン人民党政権による権威主義的な独裁政権により、野党救国党やその議員への弾圧だけでなく、2015年8月のNGO法(Law on Associations and NGOs、通称LANGO)の成立により、カンボジアのローカルNGOへの管理・規制が厳しくなり、市民社会スペースが縮小し悪化している。カンボジアの市民社会の縮小は、民主主義の危機であるともいえる。
2.市民社会スペースの縮小の背景
なぜ市民社会が縮小したのかの理由について、①国家主義的ポピュリズムの台頭、②権威主義的な国家によるCSOやNGOへの管理・規制の強化、③表現の自由、結社の自由、集会の自由への規制など民主主義の衰退、④欧米諸国からの援助額の減少と中国からの支援の拡大、⑤国際ドナーへの圧力の増加、等が考えられる。①から⑤までの理由は市民社会のスペースを保障する上で問題となり、時代と共に変化する。
3.『市民憲章』の意義
このような市民社会の縮小に対して、数多くのNGOやCSOの取り組みが行われてきたが、守るべき市民スペースの条件や形式について共通の定義の共有ができていなかった。この問題を克服するために、ドイツのベルリンにある「国際市民社会センター(ICSC、International Civil Society Centre)」は、2015年11月にバンコクで開催された市民社会組織の非公式会合で、『市民憲章(Civic Charter)』作成の世話人となって作成することを要請され、発行した。『市民憲章』は、市民参加のグローバルな枠組みを提供し、表現の自由、情報の自由、集会の自由、結社の自由、保護する責任、政策環境、公的な説明責任、等の10の権利を明らかにし、実施していくことを目指している。『市民憲章』によると、その意義は、市民社会の活動家や市民社会組織を対象に、①市民参加のための最も重要な用語を、理解しやすい形でまとめていること、②市民社会組織や活動家が、国際法で守られている自らの権利を確認する際の、世界的な枠組みとなること、③社会の形成に参加する人々の権利を再確認し、世界の市民社会スペースを守るために、キャンペーン運動やアドボカシー活動を通じて、市民社会のための国際的な連帯を促進すること、である。
おわりに 市民社会スペースをいかに守るのか―日本での『市民憲章』の拡大
日本で『市民憲章』が発行されたきっかけは、2017年5月ICSCから国際協力NGOセンター(JANIC)へ「G20ハンブルグサミット議題の提案書」への賛同依頼が来たことによりお互いの関係ができ、その後JANICが『市民憲章』を日本語に翻訳したことによる。2018年6月5日東京の早稲田奉仕園で開催された、市民社会スペースNGOアクションネットワーク(NANCiS)設立記念イベントにおいてこの『市民憲章』が初めて紹介された。日本でも市民社会スペースが縮小されつつある今日、JANICでは全国のネットワークNGOと協力しながらNANCiSにおいて、『市民憲章』を拡げていきたいと考えている。
参考文献
- 国際市民社会センター(国際協力NGOセンター訳)『市民憲章―市民参画のグローバルな枠組み』2018年。
- 国際協力NGO センター(JANIC)(2018)『外務省2017 年度「NGO 研究会」業務(テーマ:「日のNGO による、アジア・アフリカ諸国における政府と現地NGO の対話プロセス構築支援の方法に関する研究」)報告書(別紙)』高柳彰夫「総論:アジア・アフリカにおけるCSO の政策環境」、重田康博、高柳彰夫「各国事例(1) カンボジア」2018年。
- 国連人権高等弁務官事務所『市民社会スペースと国連人権システム』2016年。
- 重田康博「第8 章グローバル時代における国家と市民社会間の公共圏を考える―カンボジア政府とNGO を事例に」『激動するグローバル市民社会―「慈善」から「公正」への発展と展開』明石書店、2017年。
- 重田康博「カンボジアの市民社会スペースの実態と課題」『宇都宮大学国際学部研究論集』第46号、2018年。
- Soeung Saroeun 2018 Civic Space for Civil Society Organization in Cambodia.