日本平和学会2018年度秋季研究大会
レナード・ウルフと帝国主義の平和
(龍谷大学他非常勤講師)
籔田有紀子
キーワード:レナード・ウルフ、帝国主義、国際連盟、委任統治
はじめに
レナード・ウルフ(Leonard Woolf, 1880-1869)は、国際連盟に直結する平和構想に関する著作や、労働党の国際問題、帝国問題諮問委員会における政治活動によってその名を知られる知識人である。政治家になることも、アカデミックな地位に就くこともなかった一方で、1920年代に全盛期を迎えた文学・芸術家たちの集うブルームズベリー・グループの中心人物であり、妻ヴァージニア・ウルフの創作活動を支え、ホガース・プレスを設立して多くの文学者を育てるなど、幅広い分野で活躍した。
本報告では、ウルフが1920年代に展開した帝国主義に関する言論を題材とし、両大戦間期というイギリス帝国支配の過渡期における帝国主義批判がどのように形成されていたのかを探る。
1.両大戦間期の帝国主義批判の展開
両大戦間期イギリスの帝国主義批判の在り方について概観し、その歴史的な位置づけを探る。イギリスにおける人道主義の系譜を分析した五十嵐によれば、この時期は19世紀から続く植民地統治への人道的批判に、第一次世界大戦の戦争原因を帝国主義に求める風潮が重なって、帝国支配が正統性を疑われた時代だという(五十嵐2016:116-117, 138)。ウルフを含めた左派知識人の帝国主義批判は、第一次世界大戦をきっかけに「帝国主義の代替」としての委任統治の構想に収斂し、様々な濃淡を見せながら1920年代に活発化していく。
2.ウルフの「経済的帝国主義」論
ここでは、ウルフの帝国主義解釈である「経済的帝国主義」概念を説明する。ウルフは、帝国主義という歴史現象の主な動因を、物理的、構造的なものには求めず、市場や原料・利潤などの経済的利益を求める人間の心理に起因するものとみなし、「経済的帝国主義」の語を使用した。「心理的帝国主義」とも呼べそうなこの概念は、「イギリス帝国の改革と現地住民への権限移譲を求めて扇動することにふさわしく」(Etherington 1984: 180)、プロパガンディストとしてのウルフの目的にかなったものであった。
3.ウルフの提言 委任統治の展望
ここでは、ウルフの「委任統治」についての考え方を、実際に国際連盟により導入された委任統治制度と対照させつつ、『委任統治と帝国』(Woolf 1920)から探る。第一次世界大戦後、史上初の委任統治制度が国際連盟規約22条によって実現した。この制度は、戦勝国による敗戦国領土の「分捕り」を否定し、各地域の保護と自立を促す制度である点で画期的であったが、反面、国際連盟の名のもとに一種の併合を容認したと評価される。一方ウルフは、委任統治を「帝国主義の真逆のシステム」と位置づけ、実際よりも遥かに広い射程をもつ国際協力制度の萌芽として評価していた。
4.ウルフの世界認識 「文明の衝突」と西欧化する世界
最後に、以上のようなウルフの帝国主義論とその処方箋についての主張が、いかなる世界認識から導き出され構成されていたのかを、彼の『帝国主義と文明』(Woolf 1928)から探る。今日では、ウルフの帝国主義批判が、実際には即時の帝国解体を唱えるものではないことが指摘され、ウルフはむしろ意図せずして帝国主義に国際的な善という新たな目的を与えたと評価されることさえある(Reader 2017:14)。ここでは、そうしたウルフ評を念頭におきつつ、1928年時点のウルフのより大きな歴史観、世界認識を再構成する。
おわりに
両大戦間期の帝国主義批判を牽引したウルフであったが、その「反帝国主義」は、政策論としては西洋列強による国際秩序を前提とし、人種、民族の平等といった概念についても未発達であった当時の感覚を色濃く残していた。今後は、こうしたウルフの世界認識が、帝国主義や植民地統治の枠組みを超えて、当該時期のより大きな平和構想や外交政策論をどのように規定したのか、その意味を問うていく作業が必要になると報告者は考えている。
参考文献
- Norman Etherington, Theories of Imperialism: War, Conquest and Capitalism (Barnes and Noble, 1984).
- Luke Reader, ‘“An Alternative to Imperialism”: Leonard Woolf, The Labour Party and Imperial Internationalism, 1915-1922, International History Review, published online, Aug. 2017.
- Leonard Woolf, Mandate and Empire (British Periodicals, 1920).
- Leonard Woolf, Imperialism and Civilization (Hogarth Press, 1928).
- 五十嵐元道『支配する人道主義』岩波書店、2016年。