核兵器禁止条約採択における市民社会の役割 ―ICANを事例として

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日本平和学会2018年度春季研究大会

部会3「核兵器禁止条約と市民社会の役割 -核兵器の非人道性への着目」

 

核兵器禁止条約プロセスにおける市民社会の役割

ICANを事例として

 

ピースボート

川崎哲

 

キーワード:核兵器禁止条約、核不拡散条約(NPT)、市民社会、NGO

 

1.はじめに

 世界101カ国468団体からなる非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」(2007年に豪州で発足。国際事務局はスイス・ジュネーブ)は、核兵器の非人道性に対する注目を集め、核兵器禁止条約の成立に向けて「革新的な努力」をしたことを評価され、2017年のノーベル平和賞を受賞した。この報告では、ICANが核兵器禁止条約成立にどのように貢献してきたかを概観しつつ、今後の展望と課題を論じる。

 

2.核兵器の非人道性から禁止条約へ

 2010年4月に赤十字国際委員会が核兵器を非人道兵器として禁止・廃絶すべきとの声明を発表したことを契機に「核兵器の非人道性」に焦点を当てる諸国政府と市民社会の連携した運動が始まった。核兵器の非人道性に関する共同声明への賛同が広がり、2013~14年にはノルウェー、メキシコ、オーストリアで核兵器の非人道性に関する国際会議が開催された。2015年からは、核兵器の非人道性をふまえて法的禁止のフェーズに入った。「人道の誓約」文書の発表、核不拡散条約(NPT)再検討会議、国連作業部会をへて2017年の禁止条約交渉へと至った。

 

3.ICANの取り組み

 こうした中でICANが果たした役割は、以下のようなものである。第一に、核兵器の非人道性に関する世論喚起である。そこには広島・長崎の被爆者や核実験の被害者らによる証言活動があった。日本のピースボートは、主にこの分野で貢献した。また、科学者が今日の核戦争シミュレーションを行い、越境し地球規模に広がる核兵器の被害に警鐘を鳴らした。旧メディア(新聞、テレビ)、新メディア(SNS等)両方を駆使した世論喚起がなされた。

 第二に、中心的な役割を果たす諸政府と連携して、核兵器の非人道性の共同声明への参加国の拡大、核兵器の非人道性に関する国際会議への参加促進と会議における発言の促進、さらに「人道の誓約」賛同国の拡大などがあげられる。

 

4.核兵器禁止条約の交渉と採択

 2017年3~7月にニューヨークで行われた核兵器禁止条約の交渉会議(議長はコスタリカ)においては、被爆者や核実験被害者の発言、NGOによる傍聴、NGOによる発言や作業文書提出などが活発に行われ、重要な役割を果たした。核保有国やその同盟国の大多数(日本を含む)が会議をボイコットする中、NGO・市民社会(赤十字等)は、条約交渉の明らかな主体であった。7月7日、核兵器禁止条約は国連加盟国の3分の2近い122カ国の賛成票により採択された。

 

5.核兵器禁止条約の内容と論点

 核兵器禁止条約は、いかなる核兵器の使用も国際人道法に違反する(前文)とし、核兵器の開発、保有、使用、威嚇、配備など核兵器にかかわるあらゆる活動をいかなる場合にも禁止(第1条)し、核兵器の完全廃絶への道筋(第2~4条)を定めている。禁止事項の中には、核兵器にかかわる「援助、奨励、勧誘」も含まれているので、この点が自らは核兵器を保有しないが核保有国と同盟関係を持っている国々にとってネックとなる。なお、条約交渉にあたっては、この「援助」の範疇等について議論があった。

 同条約は、核兵器の被害者の援助や環境回復の義務を定めており、国際人道・人権法の性格を持っている。条約は50カ国が批准した後発効し、その後は定期的に締約国会議が開かれる。現在は署名58カ国、批准10カ国である。

 また同条約は、NPT等既存の条約の重要性を強調している。

 

6.今後の課題

 ICANが視野に入れている今後の課題としては、第一に署名・批准の促進、第二に禁止条約についての広報や教育、第三に「核の傘」政策と禁止条約の関係に関する議論の深化、第四に核保有国の将来的加入を視野に入れた検証の精緻化、第五に非人道兵器からの投資引き上げなど企業・金融機関への働きかけがある。

 

7.日本にとっての課題

 日本政府の政策との関係で重要となるのは、まずは「核の傘」政策と禁止条約にかかわる議論の深化である。すでにノルウェー、イタリア、スウェーデン等で、議会により禁止条約の調査活動が開始されている。とりわけ米国との同盟関係と核兵器に関する「援助」の禁止との関係について、法的また政治的観点から議論を深める必要がある。

 また、核兵器禁止条約に署名する、しないにかかわらず、すぐにでも日本ができるしやるべきである課題として核兵器廃棄の検証と核被害者の援助・環境回復という2つの分野がある。前者は今日の朝鮮半島の非核化問題と深く関わる問題であり、後者は被爆国としての責務でもある。これらの取り組みを日本が行うことは、核兵器禁止条約の部分的履行という意味も持つ。

 

8.まとめ

 核兵器禁止条約は、圧倒的多数の非核国が核保有国を包囲し、核兵器のもつ価値を大きく転換させるものであり、人間の被害の観点に立脚したボトムアップのプロセスで作られてきた。今後もその流れの中で、条約の普遍化の促進と、核に依存する国々における段階的な変化が期待される。

 

参考文献

 川崎哲(2018)『新版 核兵器を禁止する』岩波書店

 川崎哲(2015)「『核の非人道性』をめぐる新たなダイナミズム」秋山信将編『NPT 核のグローバル・ガバナンス』岩波書店

 ICANウェブサイト http://www.icanw.org/