日本平和学会2018年度春季研究大会
「核兵器の非人道性」の意義と課題
大阪国際大学
佐藤史郎
キーワード:核兵器の非人道性、義務論と帰結主義、核のタブー、核のパラドクス、ヒバクシャ
はじめに
核兵器は、爆風・熱線・放射線の相乗効果によって甚大な被害をもたらし、多くの無辜の人々を無差別に殺す。この核兵器がもつ非人道性を語ること、それは核兵器のない世界に向けて、どのような意義があるのだろうか。1つ、いま指摘できることは、核兵器の非人道性を語ることで、2017年7月に核兵器禁止条約が採択されたということである。しかし、そもそもとして、核兵器の非人道性を語ることは、国際政治学の視点から、どのような意義と課題があるといえるのだろうか。
1.国際政治における倫理―国際政治に倫理を語るスペースはあるのか
国際政治において、倫理を語る余地はあるのだろうか。3つの立場がある(ナイ2009)。1つ目は倫理の余地はないという「懐疑主義」である。2つ目は倫理の余地は小さいという「国家中心的道徳主義」である。3つ目は倫理の余地は大きいという「世界市民主義」である。ジョセフ・S・ナイ・ジュニアは、「多くの人々は、どこか中間の混合的立場に落ち着くのだろう」と述べたうえで、3つの立場の間にはトレード・オフの関係があると指摘している(ナイ 2009:41)。
2.核兵器と倫理―核兵器の使用は倫理的に許されるのか
それでは、核兵器の使用は倫理的に許されるのだろうか。まず、行為の結果よりも行為の目的と手段を重視する「義務論」の立場からすれば、核兵器の「使用」は許されないとなる。なぜなら、核兵器の使用は無差別に無辜の人々を殺す手段であるからだ。義務論者は核兵器を「絶対悪」として捉えているのである。これに対して、行為の目的と手段よりも行為の結果を重視する「帰結主義」の立場からすれば、核兵器の使用は許されないものの、核兵器を使用するという「威嚇」は許されるとなる。なぜなら、核兵器使用の威嚇は自国の国民の安全保障を守るという結果をえることができるからだ。帰結主義は、核兵器が絶対悪であるがゆえに、核兵器を「必要悪」として捉えているといえよう。ただし、帰結主義はあくまで核抑止が機能することを前提に、核兵器使用の威嚇が倫理的に許されると主張している。
3.核兵器の非人道性を語ることの意義―核のタブー
それでは、核兵器をめぐる倫理や核兵器の非人道性を語ることは、国際政治上、どのような意義をもっているのだろうか。その回答は、核兵器の使用は倫理に反するという規範が醸成されることで、核兵器が使用されにくい状況をもたらしている、という点である。いわゆる「核のタブー」(Tannenwald 2007)という規範である。ヒロシマ・ナガサキを語ること、とりわけヒバクシャによるヒロシマ・ナガサキの語りは、核兵器を使用してはならないという核のタブーを作り出しているのである。なお、馬場伸也はすでに1980年代において、核のタブーという言葉を使っていなかったものの、「ヒロシマ・ナガサキを原点とする反核文化」(馬場1983:148-149)の重要性を指摘していた。先見の明があるというべきだろう。
4.核兵器の非人道性を語ることの課題(佐藤2014)
核兵器の非人道性を語ることは、2つのパラドクスをもたらす危険性がある。まず、1つ目のパラドクスは、核兵器の使用は道義に反するからこそ、自国の国民を守るために、自国の安全を核兵器に依存するという結果である。すなわち、核兵器の非人道性は核抑止論を正当化するおそれがあるのだ。ただし、このパラドクスは、核兵器の非人道性が十分に伝わっていないからこそ生じうる、と主張することもできよう。2つ目のパラドクスは、安全保障の問題を考慮せずに、核兵器の非人道性をもっぱら強調して核兵器の軍縮・不拡散措置を推し進めた場合、核兵器のさらなる拡散と使用をもたらすという結果である。国家が核兵器を保有する動機の1つが安全保障上の理由にあることを看過してはならないのである。
おわりに―もう1つの課題
核のタブーは「語る」ヒバクシャによって維持・強化されている。報告者はそのストーリーの重要性を否定しない。しかし、「語る」ヒバクシャにスポットライトが当てられすぎると、「語らない」ヒバクシャや「語れない」ヒバクシャの存在が隠れてしまい、「今まで語られていたストーリーが語られなくなること」があるのではないか。たとえば、ナガサキには浦上のキリシタンと被差別部落の人々が差別されていたというストーリーがある(高山2016)。また、「語らない」ヒバクシャや「語れない」ヒバクシャは、「語る」ヒバクシャをどのようにみているのだろうか。「今まで語られていないストーリーを語る」ことも重要である。核のタブーをさらに検討するためには、ヒバクシャの「語り」をあらためて検討する必要があろう。
参考文献
佐藤史郎「核兵器―非人道性のアイロニーとパラドクス」、高橋良輔・大庭弘継(編)『国際政治のモラル・アポリア』ナカニシヤ出版、2014年、97-129頁。
ジョセフ・S・ナイ・ジュニア(田中明彦・村田晃嗣訳)『国際紛争―理論と歴史[原書第7版]』有斐閣、2009年。
高山文彦『生き抜け、その日のために 長崎の被差別部落とキリシタン』解放出版社、2016年。
馬場伸也『地球文化のゆくえ―比較文化と国際政治』東京大学出版会、1983年。
Tannenwald, Nina 2007. The Nuclear Taboo: The United States and the Non-Use of Nuclear Weapons Since 1945 (Cambridge: Cambridge University Press).