日本平和学会2018年度春季研究大会
社会構想としての憲法
憲法を支えるもの、憲法が支えるもの
学習院大学
青井未帆
キーワード:憲法、武器、憲法9条のプロジェクト (Project Article 9)
1. はじめに
本報告では、憲法の条文の中でも9条に着目し、9条の下で作られてきた法体系や文化を総合的に、「憲法9条のプロジェクト」(Project Article 9)として捉え、「憲法を支えるもの、憲法が支えるもの」という観点から描き出したい。
改めて確認するなら、日本国憲法の出発点は、明治憲法体制が軍部の統制に失敗したことにあった。それは国民との関係でいうなら、「戦争の惨禍」と理解される事態を招いたのであり、これを共有された出発点として、その後の法的・文化的な展開を見たものである。
2. 憲法9条を何が支えてきたか:武器輸出三原則を題材に
本報告では「9条のプロジェクト」について、憲法の前文や9条というテキストを核に、政府解釈・学理解釈、関連諸政策が周りを囲み、さらには平和という価値への国民的コミットメントが全体を支える形で、一つのプロジェクトのように展開されてきたというイメージを前提としている。それは、内閣・内閣法制局、国会、裁判所、法律家共同体、国民といったアクターが動的に作り出してきた一つのパラダイムであった。内部には必ずしも順接関係にはない矛盾した概念も含まれつつも、緩やかには一つの文法が存在していたといえる。
プロジェクトを支えてきた一つの重要な側面が武器をめぐる法的仕組みと文化であった。本報告では武器輸出三原則(〜2014年)を題材に、憲法を支えてきたものがいかなるものであるか検討する。それは「平和国家」の意味を具体化する国民の意志であったというのが、本報告の理解である。
3. 憲法9条は何を支えてきたか
逆に、憲法9条のプロジェクトの側から眺めたときに、何がみえるか。憲法9条が支えてきたものは、市民的自由が確保される空間であった。このことは、「統帥」が「国務」を飲み込み、軍人道徳が市民的道徳を凌駕し、国防体制に国民生活が組み込まれていった明治憲法体制の下の状況と比べると明らかである。
4. 改憲と9条のプロジェクト
多くの人にとって、改憲の本丸は9条改正と理解されている。現在、明らかにされている自民党の9条改正素案は、要するに「国務」から「統帥」を改めて取り出そうということに他ならない。それは今後さらに国のありかたを変えてゆくことにつながろうし、これまでの9条のプロジェクトの一つの明確な形での終焉を意味することになるであろう。
もっとも、改憲がかりになされないとしても、既成事実の積み上げにより、一つのパラダイムで説明不可能なことが増えていけば、あるところでパラダイムは転換する。どのような国や社会が目指されているのか明らかにされないまま、圧倒的に説明が足りないまま、現在、大きな転換を迎えつつあるものといえる。
憲法を支えるもの、憲法が支えるものを振り返ることは、今日の議論に欠けている部分を明らかにしよう。
参考文献
青井未帆 (2020)「憲法九条と自由」阪口正二郎編『自由への問い 第3巻 <公共性>自由が/自由を可能にする秩序』岩波書店
青井未帆 (2005)「武器輸出三原則を考える」『信州大学法学論集』5号
青井未帆 (2018)「実力の統制と平和主義 ―2017〜2018年にかけての一断面」宍戸常寿=林知更編『総点検 日本国憲法の70年』岩波書店
青井未帆 (2018)「憲法に自衛隊を書き込むことの意味」阪口正二郎=愛敬浩二=青井未帆編『憲法改正をよく考える』日本評論社
荒邦啓介 (2017)『明治憲法における「国務」と「統帥」』成文堂
加藤陽子 (1996)『徴兵制と近代日本 1868-1945』吉川弘文堂
松下芳男 (1978)『改訂明治軍制史論 上下』図書刊行会