国際紛争鉱物規制がもたらしたルワンダの資源ガバナンス改善

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日本平和学会2018年度春季研究大会

報告レジュメ

 

国際紛争鉱物規制がもたらしたルワンダの資源ガバナンス改善

 

大阪大学大学院国際公共政策研究科 博士後期課程1年 

猪口絢子

 

キーワード: ビジネスと人権、紛争鉱物、ルワンダ

 

1.はじめに

・平和学的な問い:今日世界では多くの平和的でない経済活動が行われている。これに対し、立法や消費者ボイコット運動などを通し様々なアクターが対抗規範を打ち立ててきた。しかしそうした規制運動もまた、最も脆弱な人々に対してはときに暴力となって現れる。規制に実効性持たせ、かつ規制の持つ暴力性を最小限にするには、どのような政策を採るのが望ましいのであろうか。

・政治学的な問い:どのような場合に規制強化規範は国家により内面化されるのか。

 

2. 不正な取引に反対する主なアクション

・国連安保理決議による禁輸制裁(例:アンゴラ・シエラレオネ紛争時のダイヤモンド制裁)

・生産地規制(例:国内環境・労働基準)

・製品規制 (例:EUのRoHS指令やREACH規則、英国現代奴隷法)

・原産地認証制度(例:キンバリー・プロセス認証制度)

・消費者ボイコット運動(例:対イスラエルボイコット運動)

・企業に対するデュー・ディリジェンス の要請(例:国連指導原則、OECDガイドライン)

 

※本報告では、近年目覚ましい発展を遂げている「製品規制」とそれに伴う「企業に対するデュー・ディリジェンスの要請」に焦点を当て分析する。

 

3. 先行研究の検討

『製品規制は国際的な規制強化競争をもたらす』(道田, 2014)(Cf. 生産地規制)とされているが、その先行研究には元となる規制の性質に着目したものに、EU法の国際的波及効果 (Bradford, 2012)、米国DFA (後述) の国際的波及効果 (Moncel, 2016)に関する研究がある。一方被影響国に何がもたらされたか、事実ベースで検証したものには、東南アジア諸国においてEUの規制に対応した政策の伝播と市場の棲分けを観察した道田(2014)と、アフリカ大湖地域においてDFAが被影響諸国の市場競争力を低下させたことに言及したSchütte et al. (2015)がある。

 製品規制によってもたらされる結果(規制規範内面化の程度)にはばらつきが見られる。実効性と負の影響の最小化を両立した規制の普及には、被影響国の間で何が明暗を分けているのか、規制の性質だけでなく業界の性質、さらに被影響国の性質の違いをファクターとして分析する必要がある。そこで本研究では「ルワンダと紛争鉱物」を事例に取り上げ、文献調査と聞き取り調査をもとにした一事例研究の蓄積により当該研究分野に貢献を試みる。

 

4. ルワンダの事例(適宜、添付の年表を参照)

 (1)概要

 紛争鉱物とは、1990年代末以降のコンゴ民主共和国 (DRC) の紛争を背景に注目を集めた、紛争主体によって不当に採取・取引・「課税」される鉱物資源のことを指す。DRCの紛争地帯に隣接するルワンダ政府はDRC紛争に長年にわたり介入し、政府レベル・民間レベルで紛争鉱物資源の不正取引に関わってきた。

 同問題は2001年に国連専門家パネルにより「告発」されるも、その影響力はいまひとつであった (華井, 2010)。資源の禁輸制裁は発効されず、当時は規制を先導する企業や政府も存在しなかった。一方で2000年代を通して、国連専門家、OECD、米国、企業の取り組みが徐々に蓄積され、2010年7月の米国Dodd-Frank法(DFA)1502条(米国登録企業に紛争鉱物の使用状況について情報開示を義務付け。罰則なし。2013年4月から施行。)の成立をもって、米国による製品規制という形で準グローバルな規制が開始された。

 不当な紛争鉱物取引への関与を疑われながらも長年否定し続けてきたルワンダ政府は、国際的な紛争鉱物規制の高まりに際し、自国の資源管理を規制に沿う形で変化させた。2010年9月にルワンダ政府は国際スズ研究機構(ITRI)と覚書を締結して資源流通管理制度を立ち上げ、結果として、ルワンダは2012年初頭に国家認証制度を確立し、2013年にDFAが施行された後には同地域で規制による市場競争力低下を最も免れた国家となった。ただし、未だにDRCから密輸された鉱物がルワンダ産として流通していると疑惑の声もある。

 

(2)ルワンダ政府の置かれた状況

 ルワンダはコンゴ紛争への介入に伴う国家ぐるみの資源収奪の実態が告発されるも、当初はその関与を否定し、国連による調査にも非協力的であった。しかしルワンダはGNIの約12~3%をODAに依存 (The World Bank) しているほか、欧米諸国がルワンダ産コルタンへ依存傾向にあること から、欧米との取引の重要性が高まっていた。また政府は、鉱業セクター育成を第二期経済開発と貧困削減国家戦略のひとつとしている。

2008~2009年の段階で、既に一部企業は企業の評判への影響を考慮して同地域から離れ始めており (Schütte et al., 2015) 、「ルワンダ国内の産業を守るために、DFAに従う他に選択肢がなかった」(筆者による政府関係者からの聞き取り、2017年2月) 。

 

(3)紛争鉱物規制にDDが導入される過程

 国連専門家は「違法/不正」の定義を明確にすべく、OECD多国籍企業ガイダンス の遵守を2002年10月の報告書以降要請する。OECDは2006年に国連専門家の示した基準を満たすための企業ガイドライン「投資家のためのリスク配慮ツール」を作成し、ここで初めてDDに言及した。国連専門家は、2007年には「行き過ぎたDD」による地域経済への負の影響を懸念し、2008年からは具体的なDDガイダンスの策定を始め、2011年にOECDと共に「責任ある鉱物調達のためのOECD DDガイダンス」 を完成させる。一方米国は2006年以降独自に国内法の立法に取り組んでいたが、国連専門家報告書の内容を受けて2009年以降DDを法案に盛り込むようになり、2010年7月にDFAを成立させた。

 一連の紛争鉱物規制にDDアプローチが導入されたことは、不正な取引の排除と公正な取引の継続を両立し、また企業の責任を明確にすることで、規制に消極的であったルワンダを含む大湖地域政府の意思を変化させた。ルワンダ政府は2010年5月にはOECDガイダンス策定の動きに対する支持・協力を表明した 。米国の取り組みに対しては、事実上の禁輸措置となることを警戒しながらも 、2010年7月のDFA成立を受けて同年9月にITRIと覚書を締結した(Cf. DRC採掘禁止令)。2011年4月にiTSCiシステムが施行され、2012年初頭にはDFA対象地域で初の国家認証制度を確立した (Schütte et al., 2015)。

 

(4)小括

 ル政府にとって重要な欧米との取引継続が危ぶまれる具体的危機意識が存在したこと、またDDによる取引継続の担保と企業責任の明確化が、ル政府の戦略変更を導いた。一方で、現行制度の信頼性については今後別に検討が必要である。

 

<資料> 紛争鉱物規制の発展の経緯

- 2001年 国連専門家パネル報告書による告発(S/2001/357 (2001年4月12日))

- 2002年10月 国連専門家報告書(加盟国にOECD多国籍企業ガイドライン遵守要請)

- 2006年6月 OECD投資家のためのリスク配慮ツールの発表 (DDへ言及)

- 2007年7月 国連専門家報告書「行き過ぎたDDの危惧」(S/2007/423)

- 2008年2月 国連専門家報告書「DDの定義」(S/2008/43)

- 2009-2010年 国連専門家グループ、OECD、ICGLR (大湖地域国際会議)による協働

- 2010年7月 米国DFAの成立:国連専門家報告書における議論を踏襲

- 2010年9月 ル政府、国際スズ研究機構とMoU締結

- 2010年12月 OECD DDガイダンス、理事会にて承認

- 2011年6月 国連人権理事会「ビジネスと人権に関する指導原則」採択

- 2011年7月 国連専門家・OECD・ICGLR「DFAはOECD ガイダンスへ準拠を」 

- 2012年 DFA詳細規則決定→ 2013年 DFA施行開始

- 2017年 EU規則成立。米DFA凍結に際しル政府「今後も制度を維持」 。

(Cf. 中国業界団体 (CCCMC) らによるResponsible Cobalt Initiativeの設立)

 

 [参考文献]

 華井和代 (2016) 『資源問題の正義―コンゴの紛争資源問題と消費者の責任―』東信堂.

 道田悦代 (2014) 「製品環境規制がサプライチェーンを通じて開発途上国に与える影響―化学物質規制の事例―」箭内彰子・道田悦代編『研究双書 No.610 途上国から見た「貿易と環境」ー新しいシステム構築への模索ー』アジア経済研究所. pp. 107-134.

 Bradford, Anu. (2012). The Brussels Effect. Northwestern University Law Review. Vol. 107, No. 1, pp.1-68.

 Moncel, Remi. (2016). Cooperating Alone: The Global Reach of U.S. Regulations on Conflict Minerals. Berkeley Journal of International Law . Vol. 34, Issue 1, pp.216-244.

Schütte, Philip., Frankenn, Gudrun., Mwambarangwe, Patricie. (2015). Certification and Due Diligence in Mineral Supply Chains - Benefit or Burden?. <https://www.bgr.bund.de/EN/Themen/Min_rohstoffe/

CTC/Downloads/certification_due_diligence_article_bgr_en.html?nn=1572666> (最終閲覧日2018年5月25日).