日本平和学会秋季研究集会「憲法と平和」分科会
「9条改憲について考える」
2017年11月25日 青井未帆(学習院大)
0 状況
・2017年5月3日「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」
(安倍首相・憲法改正に賛成する団体の集会で)
伊藤哲夫他『これがわれらの憲法改正提案だ 護憲派よ、それでも憲法改正に反対か?』
・都議選自民党敗北、内閣支持率急落 → 希望の党(小池新党)、民進党事実上解体 → 総選挙(2017年10月22日)
1 政府解釈のロジックを振り返る
(1)文面に忠実な解釈:武力行使に当たると違憲、戦力に当たると違憲 等
← 例外的に武力行使が許される場合 : 自衛権
武力行使に当たらないからできる : 警察権
2 9条改正たたき台のポイント
・自民党憲法改正推進本部条文案
9条の2「前条の規定は、我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織として自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない。
2 内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有し、自衛隊は、その行動について国会の承認その他の民主的統制に服する。」
・理屈から考えれば、「書き込むだけ」のはずがない。
→ 大改正を控えた「後戻りできない地点」を確保するための「加憲」
(警察予備隊 → 保安隊 → 自衛隊(防衛二法)→ PKO法 → 武力攻撃事態対処関連法(有事法制)→ 2013年特定秘密保護法)
→ 2014年解釈変更 → 2015年安保法制定 → 9条加憲 → 憲法改正
○ 2014年7月1日閣議決定までは、自衛隊、駐留米軍、自衛隊の海外における活動 等、憲法適合性が争われる問題だらけだったとはいえ、曲がりなりにも筋道だって説明できる政府解釈の下に、防衛法制が組み立てられていた。
(1)9条を法と認める
(2)「戦争をしない」、「国家のために殺さない、殺させない、殺されない」A
←→ 「お国のため」「滅私奉公」「死は鴻毛よりも輕しと覺悟せよ」
○ 2014年閣議決定は論理の改変(言葉の意味を変えてしまった)→ 起点
○ 2015年安保法制制定 ← でもまだグレー
○ 9条加憲 → 憲法改正 ← (2)と逆の価値観となる
「戦争(武力行使)も国家の持つ選択肢の一つ」、「国家のために死ぬことも致し方ない」「国家のために殺すことも致し方ない」B
↑
A →「変わりません」「書き込むだけです」 → B: A ≠ B
3 なぜ理論的にいえば大規模な改正が必要となるか
← 9条の下で積み上げてきた「つじつま合わせ」が破綻するから。
(1)9条 → 軍に関わる規定が憲法から消去
問題:「自衛隊(防衛省)をどう位置付けるか?」
答え:一般の行政作用である(憲法65条、73条、72条(指揮監督権))
→ ふつうの国家行政組織や、ふつうの公務員関係がデフォルト
・特殊性を根拠づける憲法根拠規定がないから
a 自衛隊の編成
・明治憲法では軍の編制は天皇大権
・自衛隊の主要編制は自衛隊法で法定(国会の統制)
b 自衛隊指揮権
・明治憲法では統帥権
・自衛隊法7条(「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」)← 憲法72条:行政各部の指揮監督権の確認
c 軍法会議の不在
・政府もこの点を、自衛隊が軍隊とは異なることの例に挙げている
・軍紀の維持と市民法の排除
d 海外で自衛隊が展開・活動することは想定外
e 文民統制(かつての特殊日本型統制)
・高級幹部の影響力(田母神論文事件、自衛隊統幕長「憲法明記、ありがたい」)
(2)「自衛隊」を明記することの意味
「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織として(の)自衛隊」、「自衛隊の・・・指揮監督権」
→ 一般行政作用に還元できない国家作用の特殊性を正面から認めることに → それはどういうものか、という問題が派生
←「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織」では任務、権限、作用の確定に不十分:
→ 軍刑法、軍法会議の必要性等
= 普通の軍隊
・その先の改正を隠しながら、戻れない地点にまで行ってしまおうという戦略であるとしたら、それは、正しい政治手法とは言えないはず。
・軍の論理を浸透させやすい手法が、再び用いられていること
・近代以降の歴史の中で、「軍」の統制に成功していないこと
・明治開国以来の近代日本の歴史に照らして、権力と政治、国家と個人のあり方を真面目に検討する必要がある
4 国民と政治
・統治(政治)の「お客様」である限りの自由? :分をわきまえた「お客様」
・統治をする層と市民(臣民)の分断:身分制秩序の継続
・明治初期啓蒙家:無智無力の国民、奴隷根性、客分
・西周「兵家徳行」:「イェラルシー・ミリティル」と「平常社会」
「それ兵家法則の大意はオベデアンス (obedience) すなわち従命法にて、これがためにいわゆるイエラルシー・ミリティル (hierarchie militaire) すなわち軍秩の制を設けてこれを規律するゆえんなり。・・・今日の政治においては常道と相反し、平常社会とまさしく相表裏するものなり。故に平常社会にありては人々おおむね同一権を主とすといえども、軍人にいたりては一人も同一権あることなし。」、と。
・「軍人勅諭」(明治15年)、「教育勅語」(明治23年)
・「国体の本義」(昭和12年)、「臣民の道」(昭和16年)
5 日本国憲法の原点の確認
「神の道」や天皇を権威とする日本の国ぶりを近代合理主義に基づいて人為的に制御することは、非常に難しいことだった。
(1)軍事力の統制ができなかった → 「戦争の惨禍」
(2)国防国家、戦争遂行のために、人の心に国家が入り込んだ
→ 非科学的な国家の命令(「焼夷弾を箒で叩き消せ」)、「お国のために」、「滅私奉公」、「産めよ増やせよ」
← 納得いかない戦争に強制的に国民を動員することに「成功」
統治の側からすると、ある種の「成功体験」であること
6 到達点と課題
・<人それぞれの人生を過ごせるのは当然>、<平和は大事>
・分解可能な「和」なのではないのか (個人主義と和)
・憲法の規範としての力を削ぐのはたやすい
・憲法に縛られない権力は何に従うのか
「何が憲法を支えているか?」
c.f. 2014年閣議決定、強行採決、長いこと臨時国会を召集しなかったこと、説明しない、粗い答弁、理由なき解散 →「憲法に従わなくてもいい」という慣れを生じさせる、最も効果的な壊憲手法
→ 9条についていえば、「9条」と、「9条の解釈」という理屈と、「国民の気持ち」が、総体として実力の統制を可能にしてきた。
7 まとめ
・議論の作法が変わる。自衛隊の存在はより不安定になる。始まりに過ぎない。
・論ずべきことがたくさんある。明治開国以来の課題であること。
・見ないで済ませてきたこと。改憲しなければいいという問題ではもはやない。