クロアチアにおけるマイノリティの権利基本法の制定・改定過程: 公共性の争点としてのマイノリティ

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日本平和学会2017年度秋季研究大会

分科会:公共性と平和

 

クロアチアにおけるマイノリティの権利基本法の制定・改定過程:

公共性の争点としてのマイノリティ

 

立命館大学 授業担当講師

山川 卓

 

キーワード:マイノリティの権利基本法、武力紛争、セルビア系住民、ヴェニス委員会

 

1.はじめに

 本報告は、クロアチアにおけるマイノリティの権利に関する基本法をめぐる制定・改定過程の分析を通じて、クロアチア国内のマイノリティ保護制度が欧州諸国際機関への加盟という文脈で、どのような影響を受けたかを論じる。1990年代以降の欧州でのマイノリティ保護規範は主に中東欧・南東欧諸国での紛争予防・欧州国際機関への加盟という文脈で言及されてきた。クロアチアの場合、クロアチア・ネイションのための国民国家形成を進める政府が、欧州諸国際機関との交渉を通じての政治共同体の再編という課題に直面することとなった。それは、欧州レベルでのマイノリティ保護をめぐる公共性への適応を意味するのであろうか。他方で、マイノリティとは特定の公共圏の内部で周縁化された人々として解釈でき、マイノリティ保護とはその要因の画定を通じて公共性を作り変えようとする政策と考えられる。その意味で、クロアチアにおける公共性の再解釈は、どのような性格を持つものであったのか。

 

2.クロアチアの独立とマイノリティの権利基本法制定

 まず、クロアチアが複数政党制議会選挙・独立宣言・武力紛争を経て国民国家形成を進める中で、マイノリティ基本法がどのように制定されたかを確認する。その際、4つの点に留意する。

 

 (1) 社会主義体制における多民族制度の否定:

 ユーゴスラヴィアの多民族政策は、ナロード(構成民族)、ナロードノスト、エスニック集団という階層構造によって各民族を分類し、憲法上で地位を規定していた。クロアチア社会主義共和国においては「クロアチア人」と「セルビア人」が構成民族と位置づけられ、その他のナロードノストと区別されていた。しかし、議会選挙後に政権を奪取したクロアチア民主同盟(HDZ)は、新憲法においてクロアチア共和国をクロアチア人の国民国家かつその他のナロードおよびマイノリティの国家として規定した。

 

 (2)クロアチア・ネイションのための国民国家形成:

 HDZはクロアチア・ネイションのための国民国家形成を推し進めた。例えば、新たに制定された市民権法では、クロアチア国家の市民権を認められる住民は、以前からクロアチア共和国の市民権を有していた者に限定された。他方、以前からクロアチアに居住しながらユーゴスラヴィア市民権のみを有していた住民は、クロアチア市民権を得るために複雑な帰化手続きを要求された。その一方で、民族的に「クロアチア人」に属する者は、国外に居住していても簡易な証明手続きで市民権を得ることができた。

 

 (3)「クライナ・セルビア人共和国」:

 クロアチア政府が1991年6月の独立宣言によってユーゴスラヴィアからの離脱を表明する一方で、セルビア民主党の指導者らはセルビア系住民が多数派を占める地域を中心に、独自の「クライナ・セルビア人共和国」の設立を宣言し、クロアチア政府の統治が及ばない実効支配地域を創出した。

 

 (4) 各国からの独立承認という文脈で制定された基本法

 ECが準備した仲裁委員会が認める独立承認に必要な条件の一つに、エスニック・ナショナル集団の構成員の権利保護が挙げられ、その文脈でクロアチア議会では1991年12月に、「人権・自由およびエスニック・ナショナルな共同体あるいはマイノリティの権利基本法」を採択した。

 

 すなわち、クロアチアにおけるマイノリティの権利基本法は、独立承認を得るために、主にセルビア系住民を対象としてその地位を保障する法律として制定された。しかし、「クライナ・セルビア人共和国」の出現によってセルビア系住民多数派地域がクロアチア政府統治下から脱していたため、基本法の政治的自治に関する条項は実施されることがなかった。

 

3.1990年代のマイノリティの権利基本法

 (1) 1991年の基本法

a. 総人口の8%以上を占めるマイノリティに対して国レベルで立法府、行政府、司法の場に人口比と同じ割合の人員を確保する権利が付与される

b. 地方レベルでは、特定の領域内で多数派を有するマイノリティに対して「特別自治区」が割り当てられる

 

 (2) 1995年の基本法一部効力停止

  • クロアチアにおける武力紛争は、1995年8月の軍事作戦「嵐(Oluja)」によって、「クライナ・セルビア人共和国」の大半の地域をクロアチア政府軍が制圧し、20万人ものセルビア系住民が国内外に難民・避難民として追いやられることによって概ね終結した。
  • 直後の9月に、クロアチア議会ではマイノリティの権利基本法の一部条項の効力を一時停止する法律が採択された。一時停止されたのは、人口の8%以上を占めるマイノリティの代表権と特別自治区に関する条文であり、次回の人口調査の結果が明らかになるまで効力を失うとされた。すなわち、国内のセルビア系住民の数が実質的に8%以下に減少したことを受けて、将来的な難民帰還を考慮せずにマイノリティ人口の減少を既成事実化し、人口調査結果を待たずしてマイノリティ保護制度に反映させた。

 

 (3) 欧州審議会加盟とヴェニス委員会の基本法評価

  • クロアチアは1996年11月に欧州審議会への加盟を実現した一方で、エスニックおよびナショナル・マイノリティの権利、自由の保障について改善すべき点があるという評価を受けた。そのためクロアチアにおけるマイノリティ保護政策に対するモニタリングが、欧州審議会ヴェニス委員会に付託された。
  • ヴェニス委員会はこれ以降、2002年に新しいマイノリティの権利基本法が制定されるまで、定期的にクロアチアのマイノリティ権利基本法の内容と運用状況に対して評価レポートをまとめており、基本法の改定にかかわる提案を行っている。
  • 1996年から99年までの間で出されたヴェニス委員会レポートでは、1995年に基本法の一部効力が一時停止されたことが問題視されており、基本法を改定する必要があるとの意見が定期的に提示されている。その際、セルビア系難民の帰還の権利を保障するためにも、紛争の結果として生まれた状況の追認にとどまらないマイノリティ保護制度の制定を求めている。

 

 近年の出来事は、特にマイノリティに属する構成員が多数を占める特別自治区に関する条項について、1991年の基本法の部分的条項の改定を正当化し得るものであるが、報告者は、この改定は(マイノリティの)特別な地位の廃止という形ではなく、新しい状況に応じた地方自治形態を制定することであるべきと強調する。

 

  • クロアチア政府側では1996年10月にヴェニス委員会との法改定の協議のための委員会が組織されたが、90年代のうちには正式な基本法改定案が採択されることがなかった。そのため、ヴェニス委員会によるレポートによる評価も大きな変化は無かった。

 

4.2000年以降の基本法改定

 (1) 2000年の政権交代と基本法改定

  • 1990年代を通して与党だったHDZが、2000年初頭の議会選挙および大統領選挙で敗北し、社会民主党(SDP)を中心とする連立政権が誕生する。
  • 新政権は発足後4か月後の2000年5月に基本権を改定した。

a. 特別自治区に関する条項など1995年に一時停止されたものは、人口8%を超えるマイノリティの人口比に応じた代表に関する条項を除いて全て削除された

b. 8%を超えるマイノリティの議会における代表の数は、人口比に応じた数から、最小5、最大7の議席を確保する権利を持つという形に改定された。

c. マイノリティ集団のリストが新しく加えられ、セルビア人、チェコ人、スロヴァキア人、イタリア人、ハンガリー人、ユダヤ人、ドイツ人、オーストリア人、ウクライナ人、ルシン人、ボスニア人、スロヴェニア人、モンテネグロ人、マケドニア人、ロシア人、ブルガリア人、ポーランド人、ロマ人、ルーマニア人、トルコ人、ヴラフ人、アルバニア人がナショナル・マイノリティとして明記された

  • ヴェニス委員会からは、一時停止されていた条項が削除されたことについて、マイノリティの特別な地位に関する条項の削除ではなく修正による対応が必要であると指摘されている。
  • 逆に、クロアチア議会の審議では、8%を超えるマイノリティに対して人口比に応じた代表を認める条項が残されたことについて野党議員から批判が出され、マイノリティ勢力は特別自治区制度の代わりに人口比代表制度によって、クロアチアの領域的一体性を脅かしているとする議論がなされた。

 

 (2) 2002年の新基本法の制定

  • 2002年12月に旧来の基本法にかえて、新しい「ナショナル・マイノリティの権利保護基本法」がクロアチア議会で採択された。

a. 草案の段階で、「ナショナル・マイノリティの構成員は、クロアチア議会の構成員に関する一般的・共通の投票権と併せて、特別法による規定に基づく議会代表を選出する権利を有する」とされ、二重投票権を示唆されていたが、最終的に削除された。

b. クロアチア議会でのマイノリティ代表の議席数が規定され、総議席数が5-8議席、総人口のうち1.5%以上を占めるマイノリティが1-3議席、1.5%未満のマイノリティは合計で少なくとも4議席を確保するとされた。

c. ナショナル・マイノリティのリストは廃止された。

d. 地方自治体レベルでのマイノリティ代表を確保するため、ナショナル・マイノリティ評議員/評議会制度が導入された。

  • ヴェニス委員会はリストの廃止について積極的に評価する一方で、ナショナル・マイノリティへの所属が当人の意思表示によるものという原則が明記されていないことや、クロアチア共和国の市民に限定されていることを問題として指摘している。

 

 (3) 2010年の基本法改定

  • 2010年の6月に基本法の改定。憲法改定と同時に実施された。

a. 人口比で1.5%未満のナショナル・マイノリティは、議会選挙において、通常の投票権に加えて、自分たちの代表を5人選ぶ特別な投票券を有するとされた(二重投票権)。

  (1.5%以上のナショナル・マイノリティは「セルビア人」のみ)

b, セルビア民族評議会(SNV)は法人格を持つとされた。

  → 2011年7月に憲法裁判所の判決で共に違憲と判断され、規定が削除された。

 

5. おわりに:マイノリティと公共性

 クロアチアにおいてマイノリティの権利基本法の制定・改定は常にセルビア系住民の位置づけをめぐって再編されてきた一方で、改定はセルビア系マイノリティとクロアチア政府の交渉というよりは、ヴェニス委員会などの欧州機関との交渉に応じたものであった。しかし同時に、ヴェニス委員会の意見書は改定の方向性を誘導したのみであり、その内容を規定するものではなかった。クロアチアのマイノリティの権利基本法の制定・改定はヨーロッパ的公共性への適応というよりは、マイノリティを国民国家形成上の客体として対象化する過程であったと言える。クロアチアにおけるマイノリティをめぐる公共性の再解釈は、マイノリティの構成員の政治過程への主体的参与ではなく、政治共同体の一体性を維持するための争点としてマイノリティを対象化することを通じてなされたのである。

 

参考資料

クロアチア国政議会選挙制度(2017年現在)

・一院制、定員151人

・議員は全12選挙区に分かれて、比例代表制(ドント方式)によって選出される。

 11区はディアスポラ=国外枠(3人)、12区はマイノリティ枠(8人)

・マイノリティは6つのブロックに分かれて、それぞれの中から定数を選出する。

1:セルビア系(3人)

2:ハンガリー系(1人)

3:イタリア系(1人)

4:チェコ、スロヴァキア系(1人)

5:スロヴェニア、ボスニア、モンテネグロ、マケドニア、アルバニア系(1人)

6:ルシン、ウクライナ、ドイツ、オーストリア、ユダヤ、ブルガリア、ポーランド、ルーマニア、ロシア、トルコ、ヴラフ系(1人)

参考文献

  • Sabol, Željko (ur.) (2000) Izvješća Hrvatskoga Sabora(ジェリコ・サボル編『クロアチア議会レポート』), 265, 31 svibnja.
  • Sabor Republike Hrvatske (1991) „Ustavni Zakon o Ljudskim Pravima i Slobodama i o Pravima Etničkih i Nacionalnih Zajednica ili Manjina u Republici Hrvatskoj“(人権・自由およびエスニック・ナショナルな共同体あるいはマイノリティの権利基本法」), Narodne Novine, 65, 4 prosinca.
  • ――― (1995) „Odluka o Proglašenju Ustavnog Zakona o Privremenom Neprimjenjivanju Pojedinih Odredbi Ustavnog Zakona o Ljudskim Pravima i Slobodama i o Pravima Etničkih i Nacionalnih Zajednica ili Manjina u Republici Hrvatskoj“(「クロアチア共和国における人権と自由およびエスニック・ナショナルな共同体もしくはマイノリティの権利に関する基本法の特別規定の一時的失効についての基本法布告に関する決定」), Narodne Novine, 68, 21 rujna.
  • ――― (2002) „Ustavni Zakon o Pravima Nacionalnih Manjina“,(「ナショナル・マイノリティの権利に関する基本法」)Narodne Novine, 155, 23 prosinca.
  • ――― (2010) „Ustavni Zakon o Izmjenama i Dopunama Ustavnog Zakona o Pravima Nacionalnih Manjina“(「ナショナル・マイノリティの権利に関する基本法修正・追加基本法」), Narodne Novine, 80, 16 Lipnja.
  • European Commission for Democracy through Law (1996) [CDL(96)16], Report on Implementation of the Constitutional Law on Human Rights and Freedoms and on the Rights of Ethnic Communities and Minorities in the Republic of Croatia, Strasbourg, 29 March.
  • ――― (2001) [CDL-INF(2001)14], Opinion on the Constitutional Law on the Rights of National Minorities in Croatia, Strasbourg, 12 July.
  • Koska, Viktor and Ana Matan (2017) “Croatian Citizenship Regime and Traumatized Categories of Croatian Citizens: Serb Minority and Croatian Defenders of the Homeland War”, Politička Misao, 54(1-2), pp.119-149.
  • 大竹秀樹(2005)「クロアチアにおける少数民族保護について:欧州審議会加盟との関係において」『日本福祉大学社会福祉論集』第112号、101-116頁。
  • 山川卓 (2017)「クロアチアのマイノリティ保護制度形成過程:基本法改定をめぐるヴェニス委員会との交渉から」『憲法研究』49号、77-106頁。