日本平和学会2017年度秋季研究集会
報告レジュメ
韓国の研究者が見た日本の安倍政権
−安全保障政策を中心に−
ソウル大学日本研究所
南基正
キーワード:安倍晋三、安全保障政策、アベキュリティ、憲法改正、日米同盟
1. はじめに
安倍総理は政治家として改憲を目標としていることを隠さない人である。2017年10月22日の衆議院選挙の結果如何によっては改憲が政治日程に上ることもありえる。その重点は憲法第9条に自衛隊規定を置くことである。本稿では、安倍内閣が進める日本の安全保障政策を「アベキュリティ」と命名し、その中で推進される「自衛隊の軍隊化」の可能性とその意味を探ってみようとする。
2. 分析の枠組み:右傾化と保守化
「戦後レジーム」は憲法と日米同盟の同居のシステムとして存続してきた。そして憲法改正に対する態度は日米同盟に対する態度と不可分の関係にある。右傾化とは日米同盟に対する態度(自主か同盟か)と憲法に対する態度(護憲か改憲か)の交錯でつくられるマトリックスの中で、「護憲・自主国防」と「護憲・日米同盟」との戦いが後者の勝利で「戦後史」が終結する90年代以後に開始され、「護憲・日米同盟」と「改憲・日米同盟」との戦いが後者の勝利が可視化する過程を経て、「改憲・日米同盟」と「改憲・自主国防」との戦いへと対立の戦線が推移する過程を言う。
そして最終的に「国家主義」の台頭として認識される右傾化は、上の四つの部面を横に並べたときにつくられるスペクトラムの上で「改憲・自主国防」の領域で発生する引力に、それより左にある他の三つの領域が引っ張られる現象を言う。他方、「改憲・日米同盟」の領域では、それより右に位置する「改憲・自主国防」の領域と対決しつつ、「護憲・自主国防」と「護憲・日米同盟」の領域を引っ張ってこようとする力が発生している。それによって発生する変化は、右傾化と区別し保守化と捉えられる。
3. 安全保障をめぐるディスコース:日本のグランド・ストラティジーと安倍の位置
(1)「護憲・日米同盟相対化」の社会民主主義者たち
平和主義に重きを置きつつ安倍の安全保障政策に代案を提示しようとする努力を民間のシンクタンクで具現しようとするグループを、安全保障論の社会民主主義者たちと捉えることができる。「新外交イニシアチブ」の設立と活動にこうしたグループの存在を確認できる。
(2)「護憲・日米同盟」の制度的自由主義者たち
相互依存の国際秩序と国際規範の存在を強調する制度的自由主義者たちの安全保障構想として平和安全保障研究所の政策提言シリーズに注目する必要がある。現行の憲法の枠組み内で日本が積極的な安全保障上の役割を果たすことができ、その領域は軍事力の領域ではなく、平和と国際規範という道徳的領域であることを強調している。こうした論者にとって日米同盟はそのための手段の意味をもつ。
(3)「改憲・日米同盟」の政治的現実主義者たち
日米同盟を強調し、その円滑かつ実質的な運用のために改憲の必要性を言及する論者たちを政治的現実主義者たちとグルーピングすることができる。こうした立場や主張を東京財団の「安倍外交への15の視点−ナショナリズムよりもリアリズムの追求を」(2013.8.)や「海洋安全保障と平時の自衛権−安全保障戦略と次期防衛大綱への提言」(2013.11.)で見ることができる。安倍総理はこの立場に立っているといえ、現在の安全保障上の変化を主導しているという点で、現在、日本政治の主流であるといえる。
(4)「改憲・自主国防」の国家改造論者たち
安全保障の面で政策提言を行っている民間のシンクタンクのなかで、もっとも右翼的な意見を発信しているのがディフェンス・リサーチ・センターである。センターのホームページに掲載されている報告書や論考である「変わらざる合衆国と変われない日本−不条理に屈する日本は輝けない」(2016年1月修正掲載)や「我が国の国家安全保障戦略」(2014年8月)などに典型的な国家改造論者たちの安全保障の提言を見ることができる。
4. 安倍安全保障政策とその制約要因
(1)「アベキュリティ」(Abecurity)
安倍内閣に入って推進される安全保障・防衛政策を、アベノミクスに因んでアベキュリティ(Abe’s security, Abecurity)と呼ぶことができる。それは、第一に、「積極的平和主義」の名の下に、変化する対外環境に対して能動的に対応していくことを主張し、第二に、改憲を含め、軍事的な意味で「普通の国」を確立することを安全保障・防衛政策の最終目標にしており、第三に、「シームレスな同盟」として日米同盟の格上げと強化を追求することを内容としている。これは「アベキュリティ」の三つの矢ということができる。しかし、アベキュリティのもっとも大きな特徴は、その変化のスピードである。
(2) 「アベキュリティ」の制約要因1:世論
最近、憲法記念日を前後して行われた数年間の世論調査をみると、改憲についての日本の国民世論はほぼ真二つに分かれている。しかし、安倍総理が憲法改正を言及するたび改正反対の世論が結集する様相もまた見えてくる。2017年にも憲法記念日のある5月の調査では、改憲への賛否世論が拮抗する中で、賛成意見が若干多かった。しかし、衆議院解散後、安倍総理が推進しようとする憲法第9条への自衛隊規定挿入案について、慎重論が増えているのが現実である。
(3)「アベキュリティ」の制約要因2:財政
安倍内閣は、高齢化が進行し社会福祉給付金が持続的に増加する中、財政収支の赤字を減らし財政再建を図るという困難な課題に取り組む必要がある。このような財政状況の悪化は日本の防衛力整備事業に圧力要因になっている。日本経済が長期的に収縮するしかない構造的問題を抱え、財政問題が急務の課題となっている状況で、安倍政権は中国の経済的台頭とその経済力を背景にした近隣海域での海上活動の活発化、そして北朝鮮の核・ミサイル開発を日本の安全保障への脅威と位置づけ、これに対応することを目標に安全保障政策を進めている。必然的に日本の安全保障政策において日米同盟は必須科目となっている。その思想がアベキュリティに反映されている。
(4)「アベキュリティ」の制約要因3:人口
しかし日本はこのような中国や北朝鮮の脅威に独自で対処する能力を、今の所、具備していない。そのために日米同盟にさらに傾斜するのであり、日米同盟の効率化と緊密化のために日本の役割拡大を追求している。しかし、このような役割拡大は、前述したように、日本の成長を妨げる様々な制限条件、すなわち、超高齢少子化の人口構造と財政赤字の深刻な進行という二重の圧迫のなかで模索されている。
5. 結論
安倍時代の日本政治のもっとも大きな問題は、安保政策の保守化(現実主義への移動)が市民社会の言論空間で展開する右傾化(国家主義への移動)により増幅させられている、ということだ。「平和の理想より国際政治の現実」を重視する外交安全保障政策での保守化が、「社会の現実より共同体の理想」を掲げる市民社会の右傾化論理によって偏向して見えること、それ自体が安倍時代の日本政治のもっとも大きな特徴である。
参考文献
安倍晋三,「開かれた, 海の恵み−日本外交の新たな5原則」, 2013.1.18.
宇野重規, 「日本の保守主義、その『本流』はどこにあるか」, 『中央公論』, 2015.1.
佐道明広, 『自衛隊史』, ちくま新書, 2015.
中野晃一, 『右傾化する日本政治』, 岩波新書, 2015.
Glosserman, Brad and Scott Snyder, The Japan-South Korea Identity Clash: East Asian Security and the United States, Columbia University Press, 2015.