縮む市民社会スペースと広がる企業民主主義
―オルタナティブな社会構想の場を求めて―
明星大学
毛利聡子
キーワード:グローバリゼーション、市民社会、オルタナティブ、民主主義、社会正義
1. はじめに
1980年代、欧米で導入された新自由主義政策のもと、規制緩和、民営化が推し進められ、福祉国家の解体あるいは改革が進んだ。さらに、冷戦が終結した1990年代にはグローバリゼーションの波が世界大に拡大した。安価な商品、技術進歩、労働や居住・観光などの選択肢の拡大といった恩恵が期待された一方、社会的不公正や格差の拡大、排除、環境破壊など深刻な問題を引き起こした。新自由主義グローバリゼーションが、このような矛盾を引き起こしているとの認識を共有した人々は、新自由主義政策を主導する国際諸機関に対して活発な抗議行動を展開した。さらに、「もう一つの世界は可能だ」をスローガンに、オルタナティブの模索をするための話し合いと実践を世界各地で重ねてきた。このようなオルタ・グローバリゼーション運動は、国境を越えた社会運動としての持続性と連帯の広がりを確立したかに見えた。
しかし、近年、欧米諸国では、自国第一主義を掲げる政権が誕生し、排外主義を訴える極右政党が次々に台頭している。なぜ、左派勢力は、自国第一主義を訴える政権の誕生を食い止め、排外主義を訴える極右政党の台頭を抑えることができなかったのだろうか。なぜ、左派のオルタナティブは、右からの反グローバリゼーションに置き換わってしまったのだろうか。
本報告では、狭まりつつある市民社会スペースの現状を明らかにするとともに、世界的に格差の拡大をもたらす資本主義の脅威に、民主的なブレーキをかけるための方策を探る。オルタナティブは一つではないが、そのヒントは分権と自治に根差す先住民コミュニティの運営にあると考える。
2. 右に旋回する反グローバリゼーション
冷戦終結とともに旧共産主義国での民主化が進み、市民社会のスペースは急速に広がっていった。1990年代に入ると、地球サミットを契機にNGOの国連会議への参加の道が広がり、深刻化する地球規模の諸問題に対し、市民社会の参画が求められるようになった。いわゆるグローバル・ガバナンス論は、市民社会が政策形成過程に関与する理論的根拠を与え、国際NGOによるトランスナショナルなネットワークの構築が進んだ。
一方、1999年、第3回WTO閣僚会議が開催されたシアトルには、労働運動や環境運動、人権運動、消費者運動など多様な社会運動体が連帯を求めて合流した。これを契機に世界各地でG8や世銀/IMF、WTOに対する抗議行動が沸き起こり、さらに、オルタナティブを模索する場としての「世界社会フォーラム(WSF)」には、毎年、数万もの人々が参集するようになった。しかし、2008年の世界金融危機と相前後してWSFの勢いは停滞、求心力も次第に失われていった。その理由として、オルタナティブ運動を牽引してきた労働運動の弱体化や社会運動と協力関係にあった左派政党の後退、代替案の不明確さ等が挙げられる。
左派政党がエリート主義に陥り、草の根の人々とのつながりが切れてしまったことも、欧米で極右政党の台頭を許す要因となった。皮肉なことに、新自由主義政策によって排除された人々、不利益を被った人々の気持ちを掬い取ったのは、ナショナリズムを全面に打ち出す右派の主張であった。オルタ・グローバリゼーション運動が右からの反グローバリゼーション置き換わった大きな理由の一つである。
さらに、過去10年の間に、市民社会スペースが急速かつ過激に狭められつつあることも、社会正義をめぐる闘争に深刻な影響を及ぼしている。CIVICUS Monitor(2017)によると、市民スペースは195の国のうち20か国で閉じられ、35か国で抑圧され、51か国で妨害され、61か国で狭められている。具体的には、人権NGOのスタッフの逮捕・拘禁(トルコ)、他国からの財政支援を受けている団体の銀行口座の凍結(インド)、環境保護活動家の提訴(米国)など、草の根運動から大規模なNGOに至るまで、先進国と途上国を問わず、その平和的かつ民主的な活動が抑圧を受けるというこれまでにない事態となっている。日本でも2017年6月、共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が、多くの国民の反対を押し切って強行採決されたのも、自発的な市民社会の活動を委縮させる世界的な趨勢の中にある。
このような暴力的とも言える市民社会への抑圧の背景には、2011年にチュニジアで起こった「アラブの春」を契機に15M運動、ウォール街占拠運動(OWS)へと連続する民衆運動の波状的な広がりがある。「プレカリアート」とも呼ばれる若者らによる格差拡大への不満、直接民主主義の要求、そして公共の場の占拠運動は、権力側にとっては脅威に他ならなかった。現在、こうした民衆革命は権威主義政権によって力で抑え込まれている。チュニジアで開催することによって、民主化闘争との連携をめざし、再生を図ったWSFもまた、明確なオルタナティブが打ち出せない深みから抜け出せずにいる。
3. 企業民主主義に浸食される市民民主主義
クラウチ(2009)は、20世紀半ば以降、世界は民主主義が下降局面に入るポスト・デモクラシーの状態にあり、たとえ労働党など左派政党が政権を担当しても、貧富の格差は広がり、格差社会は深まっていくと指摘する。その理由は、労働者の政治的重要性が弱まる一方で、グローバル企業や企業一般の政治への影響力が強まっているからである。実際、多くの民主主義国において市民の政治への関心が低下し、国家の基本政策が大企業と一握りの富裕層の利益になるように構築されている。つまり、民主制度は、選挙の実施、言い換えると代議制民主制に限定されつつあり、市民がアクセスできない、非民主的な部分、非可視化された政治領域が拡大しているのである。この領域が大企業の富によって支配されると、民主政治は歪められてしまう。
確かにオルタ・グローバリゼーション運動も、2008年の世界的金融危機の際、有効なオルタナティブを提示することができなかった。OWSもまた、ウォール街にいる一握りの人々が金融資本主義に拍車をかけている実態を明らかにし、非暴力の抗議運動を展開、全米都市に急速に広がったものの、批判のみで解散してしまったと指摘されている。「企業民主主義」による市民民主主義への浸食を防ぐことはできないのであろうか。
4. 政治における民主主義の再生と経済の民主化
ポスト・デモクラシーにおける政治領域への企業の台頭は、政府や地方自治体の管轄下にある公共サービスの部門にも及んでいる。実際、水や電気などの公共サービスの民営化・自由化が行われた国々で、料金の高騰、サービスの質の低下、政府と企業との癒着、透明性の欠如といった問題が生じ、市民の社会権が保障されない状況が数多く報告されている。NGOや市民団体、社会運動は、水正義運動(water justice movement)を形成し、人権保障の観点から水へのアクセスを求め、また水は共有財(コモンズ)であると訴えてきた。このような働きかけもあって、2000年から2014年の間に180件の水道事業が再公営化された(PSI 2015)。しかし、公共サービスを民営化しようとする圧力は、教育や医療の部門にまで及ぶ勢いを見せている。
世銀やIMFの融資を受け、新自由主義政策のモデルケースとして、他の地域に先駆けて規制緩和、民営化政策が導入されたラテン・アメリカでも深刻な副作用が生じた。しかし、そのラテン・アメリカは今ではあらゆるものの商品化に対抗するオルタナティブ・モデルの発信地となっている。例えば、コチャバンバの水紛争で有名なボリビアは、先住民や社会運動が、国の決めた水道サービスの民営化プロジェクトを中止に追い込んだ。その際にオルタナティブとなったのが、何百とあるコミュニティが長年、慣習的に行ってきた水の管理、自治のあり方だった。この他にも、公共財の集合的オーナーシップや地域住民参加型の意思決定、住民監査、官官パートナーシップなど、様々なオルタナティブが試みられている。
再公営化の際、住民参加や情報公開、監視機能を入れ込んだ公的水道事業は、政治におけるガバナンスを高めることが期待される。そして、各地域のコミュニティにおいて公共サービス・公共性の定義を見直し、あらゆるものを商品化する新自由主義の圧力から守ることが求められている。
5. 真にオルタナティブな社会構想の場を求めて
オルタ・グローバリゼーション運動のみならず、左派政党、左派知識人もまた、真の意味で草の根の人々と十分につながっていなかったという反省に立ち、民衆性を取り戻し、社会正義の観点からオルタナティブな政策を提示する必要がある。とくに、非可視化された政治領域を可視化し、資本主義と民主主義を切り離すことによって、企業民主主義の政治領域への浸食を早急に食い止めなくてはならない。
「アラブの春」での若者やプレカリアートの怒りの抗議運動は、今のところ、権威主義体制に抑え込まれているが、再び、表出する可能性は十分ある。15M運動や反緊縮運動も、スペインの新興左翼ポデモスやギリシャの急進左派連合(シリザ)に引き継がれている。アメリカで社会民主主義者サンダースが、前回の大統領予備選で躍進したのも、OWSに結集した人々の思いが水脈として続いていることを示している。
政治に民主主義を取り戻し、経済を民主化する処方箋は、グローバルなレベルに領有された権限を、再び人々に近いローカルなレベルに取り戻すことにある。本報告で取り上げた水正義運動は、あらゆるものを商品化する新自由主義の圧力から人々の社会的権利を保障する共の資源、公共サービスを守るための闘いの最前線にある。
参考文献
- コリン・クラウチ(2009)『ポスト・デモクラシー―格差拡大の政策を生む政治構造』青灯社.
- 毛利聡子(2014)「共振する社会運動は、世界社会フォーラムに何をもたらすのか?-オルタ・グローバリ
- ゼーション運動とアラブ民衆革命中心に」上村雄彦編『グローバル協力論入門』法律文化社.
- CIVICUS (2017), People Power under Attack: Findings from the CIVICUS Monitor, Johannesburg.
- European Foundation Centre, the shrinking space for civil society: philanthropic perspectives from across the globe, April 15, 2016.
- Glasius and Pleyers (2013), “The Global Moment of 2011: Democracy, Social Justice and Dignity,” Development and Change, pp. 547-567.
- Suzan Spronk, Carlos Crespo and Marcela Olivera. “Struggles for water justice in Latin America,” in David A. McDonald and Greg Ruiters eds. (2012) Alternatives to Privatisation, Cape Town: HSRC Press.
- PSI-JC, PSIRU and TNI (2015) 『世界的趨勢になった水道事業の再公営化』, https://www.tni.org/download/here tostay-jp.pdf.