豊島事件の社会史-不法投棄問題は人々と社会に何をもたらしたか-

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日本平和学会2017年度秋季研究集会

報告レジュメ

 

豊島事件の社会史-不法投棄問題は人々と社会に何をもたらしたか-

 

熊本学園大学

藤本延啓

 

キーワード:「コミュニティ」、地域社会、社会史、ライフヒストリー、関係性の破壊、近代/ポスト近代

 

はじめに

 本報告の目的は、豊島セッションのテーマである「豊島の産業廃棄物不法投棄問題の考察を通じて、『近代』における環境とコミュニティの破壊を振り返りつつ、人間が自然と調和しながら共生する『ポスト近代』の社会を素描すること」に対して、特に「実際に豊島に住み運動の過程を観察してきた研究者」の立場から見解を述べることにある。

 まず前提としての私論を申し述べるならば、報告者は「豊島事件」を通して「豊島のコミュニティが破壊された」とは考えていない。そもそも豊島住民の闘いは、「コミュニティ」のあり方を活かした闘いであり、「コミュニティ」なくしては廃棄物対策豊島住民会議を軸とする闘いはあり得なかった。破壊されたのは、地域社会において「コミュニティ」よりもっとマクロなレベル、およびもっとミクロなレベルにおける社会的状況である。すなわち「豊島全体の地域社会と外部社会との関係性」、および「島内個人間の関係性」であり、しかも厳密には、その関係性は「不法投棄問題の結果、破壊された」というより、「不法投棄問題に対応する住民運動の結果、破壊された」のである。

 本報告では、豊島事件の社会史、特に豊島住民のライフヒストリーと「豊島事件史」「豊島社会史」との関係を整理しながら、「コミュニティが破壊されたという言説」あるいは「コミュニティが破壊されたという言説を所与のものとして受け入れている我々」に着目したい。ここに、セッションテーマとしての、豊島事件を通した「『ポスト近代』の社会」を考察する上でのキーがあるように感じている。

 なお、本報告は科研費25380729の助成を受けた研究成果の一部である。

 

1.豊島地域社会の概要と特徴

 豊島は離島である。また豊かなの生活資源を持った離島である。また、豊島はかつて家浦村・唐櫃村・甲生村の3つの村から成っていた。2度の合併を経て、豊島自体が土庄町の一部となった現在においても、この「豊島3ヶ村」は厳然として社会的に存在している。単純ながら、豊島地域社会としてはこのあたりが大きな特徴であり、また根本的であると考える。

 豊島の基本的な情報を押さえながら、特に「豊島全体社会と外部社会との関係性」および「島内地域社会」について整理する。

 

2.豊島事件の概要

 事実確認として、1975年を発端とし、不法投棄のはじまり/裁判の和解/兵庫県警による強制捜査/公害調停申請/公害調停成立/廃棄物等撤去完了等を区切りとして見ながら、「豊島事件」の概要を時系列で整理する。

 

3.豊島事件と豊島の歴史

 先に整理した「豊島事件」が、「豊島の歴史」の中でどのように位置づけられるのか、2010年からトリエンナーレとして開催されている「瀬戸内国際芸術祭」および「豊島美術館」をはじめとするパブリックアートの取り組みも含めて検討する。

 

4.豊島住民の人生と豊島事件

 住民のライフヒストリーと「豊島事件」のかかわりについて考察する。豊島住民は「豊島事件」の当事者ではあるが、例えば「野焼きの煙」「廃棄物を満載したトラックの通行」といったような顕在的な「公害」が発生していたのは、1978年頃から1990年の10年程度であり、また島内地域によって公害被害の顕在性に大きな差があった。よって、世代や居住地域に応じて「公害の体験」は大きく異なるのであり、住民間で「当事者性」「当事者認識」についても差異がある。

 また、住民運動に対するコミットの「度合い」も、住民間で大きく異なる。豊島における住民運動の特徴のひとつとして、豊島における自治会において(つまりは「廃棄物対策豊島住民会議」において)どのような地位を占めるか、という点への依存を挙げられる。このようなシステムは、島内資源の動員面において強力な機能を示したが、「豊島事件」に対する問題意識・当事者意識が高い者が、必ずしも住民運動に深くコミットできるわけではないという逆機能も生み出した。

 このような住民運動の運営システムにおいて、豊島の人々と「豊島事件」がどのように絡み合ってきたのか、あるいは豊島の人々の人生がどのように変容してきたのか。豊島住民のライフヒストリーに依拠しながら検討する。

 一方、外部支援者たちも、豊島に真摯に向き合あおうとすればするほど、自らの生活・人生が変容させられていく。同時に、そこに住むものではない、「よそ者」としてのかかわり方の限界、あるいは役割について直面させられる。この点についても補足的に触れておきたい。

 

おわりに

 報告のまとめとして、「『コミュニティが破壊された』という言説」、あるいは「その言説を我々が受け入れてきたのはなぜか」、さらに「このように語られるとき『コミュニティ』は何を指し示しているのか」といったあたりを手がかりにしながら、「ポスト近代の社会の素描」について検討していきたい

 住民運動は、それが「闘い」であるために、平時(日常生活)とは異なる「立場」の提示を要求する。ゆえに、自らの「立場」に純粋であればあるほど、また「闘い」に真剣であればあるほど、平時の立場をベースに築き上げられてきた既存の関係性から孤立する。結果として関係性は破壊される。例えば、マクロレベルの豊島地域社会―外部社会の関係性においては、行政との対立構造のみならず、「税金を投入しての廃棄物全量撤去・無害化は豊島住民のエゴである」「豊島の住民運動は根無し草である」との言説を生み出した。一方で、ミクロレベルの島内個人間の関係性においては、問題認識・当事者意識レベルの相違、あるいは(同様の問題認識・当事者意識を持つ者どうしであっても)対応手法・方法論の相違が、関係性の破壊を招いた。この「島内個人間の関係性の破壊」は、時間の経過によって深化・拡大する可能性をはらんでいる。「調停成立」「撤去完了」という区切りを迎えるたびに、問題認識・当事者意識レベルの相違/対応手法・方法論の相違はますます大きくなりうるからである。また、瀬戸内国際芸術祭とそれに関連する取り組みは、豊島地域社会と「コミュニティ」に強い影響を与え続けている。

 時間の経過のなかで、人々も人々をとりまく社会も変容する。我々が、「ポスト近代」の文脈における「コミュニティ“創生”」に対して、傍観者ではなく、どれだけ当事者として向き合えるか。「豊島事件」における「関係性の破壊」は、それを問うていると考える。

 

参考文献

藤本延啓(2011)「大規模不法投棄問題と地方自治体」『新通史 日本の科学技術 第4巻:世紀転換期の社会史1995年~2011年』原書房

廃棄物対策豊島住民会議広報委員会編(2003)『豊かさを問う』廃棄物対策豊島住民会議

廃棄物対策豊島住民会議広報委員会編(2005)『豊かさを問うII』

廃棄物対策豊島住民会議広報委員会編(2010)『豊かさを問うIII』

徳島文理大学比較文化研究所年報編集委員会編(1986)『豊島の民俗 : 香川県小豆郡土庄町豊島調査報告』徳島文理大学比較文化研究所年報編集委員会