「復興弱者」の視点から福島復興政策を問い直す

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「復興弱者」の視点から福島復興政策を問い直す

 

大阪市立大学

除本 理史

 

キーワード: 復興弱者、福島復興政策、原子力災害、不均等な復興

 

1.「復興弱者」視点の提起

 本報告では、報告者のこれまでの研究に基づき、原子力災害における「復興弱者」の視点から、福島復興政策を問い直すことの意義について端緒的な論点を提起したい。従来、「災害弱者」「被災弱者」という表現は用いられてきたが、「復興弱者」という語は管見の限りであまり使用されていないようである。しかし、復興プロセスにおいて周辺的な位置においやられる人びとの視点から、復興政策を問い直す作業は不可欠である。

 本報告では、この「復興プロセスにおいて周辺的な位置においやられる人びと」を「復興弱者」と呼称する。日本学術会議社会学委員会「東日本大震災の被害構造と日本社会の再建の道を探る分科会」(2014:3)は、政府の復興政策が施策に「のる」か「のらない」かの二者択一を被災者に迫っていると述べている。このうち「のらない」人のなかには、主体的に「のらない」道を選択しうる人と、「のることができない」人とが含まれるはずである。後者の「復興政策にのれない人たち」がここでの「復興弱者」である。

 「復興弱者」には具体的には以下のような類型が含まれる(相互に重なり合う部分がある)。

・高齢者など医療・福祉ニーズの高い人びと(除本・渡辺編著 2015)

・女性、子ども(Ulrich 2017)、あるいは一部重なるが子育て世代(除本・渡辺編著 2015)

・低認知被災地住民(原口 2013;清水 2017;鴫原ら科研費共同研究)

・「棄民」(日野 2016)とも呼ばれるように、支援策の対象から外れていたり(打ち切りを含む)、あるいは支援策が貧弱な人たち。「自主避難者」や帰還困難区域住民(帰還困難区域には賠償は手厚いものの、政府の復興政策では後回しにされている)など(賠償では両者は両極だが、政策の不在が共通する)

 

2.原子力災害における「不均等な復興」

 日本の災害復興政策においては、もともとハード面のインフラ復旧などの公共事業が大きな位置を占めてきた。これは東日本大震災においても同様である。福島では、インフラ復旧・整備に加えて、除染という土木事業が大規模に実施されてきた。公共事業主導の復興政策は、さまざまなアンバランスをもたらす。復興需要が建設業に偏り、雇用の面でも関連分野に求人が集中する。除染やインフラ復旧・整備が進んでも、医療や物流などの生活条件が必ずしも震災前のようには回復しないために、帰還できない人が出てくる。また、公共事業が地域外から労働力を吸引することで、住民の構成が変化し、震災前のコミュニティが変容していく。小売業のように、地元住民を相手に商売をしていた事業主は、顧客が戻らずに事業を再開できない。このように、復興政策の影響は地域・業種・個人等の間で不均等にあらわれている。こうしたアンバランスを「不均等な復興」(あるいは復興の不均等性)と呼ぶことができる(除本・渡辺編著 2015;除本 2016)。

 被災地全般に共通する不均等性に加えて、原発事故の被害地域では、放射能汚染の特性と、福島復興政策によってつくりだされた分断が作用している。図にしたがって説明しよう。

 第1に、顕著な特徴として、原発事故を受けて設定された避難指示区域などの「線引き」により、地域間の不均等性がつくりだされている点が挙げられる。事故賠償の区域間格差は、その代表的な例である。

 第2は、「線引き」による区域設定が、被害実態とずれていることである。区域の違いが必ずしも放射能汚染の実情に対応していないために、区域間の賠償格差と、放射能汚染の濃淡とが絡みあって、住民の間に分断をもたらしている。また、避難によって、ひとたび地域社会の機能が停止してしまうと、その影響(つまり被害)は長期にわたり継続する。したがって、放射能汚染の程度に応じて避難自治体を3区域に分割しても、必ずしも被害実態を反映していることにはならない(これは下記第4の点に関連する)。

 第3に、放射線被ばくによる健康影響は、将来あらわれるかもしれないリスクであり、その重みづけが、個人の属性(年齢、性別、家族構成など)や価値観、規範意識によって異なる。たとえば、年齢が低いほど放射線への感受性が高いことは、広島、長崎の被爆者調査でも明らかにされている。また、若い人は余命が長く、その間にさらに被ばくを重ねることになる。したがって、若い世代、子育て世代は、汚染に敏感にならざるをえない。こうした事情から、同じ放射線量であっても、そのもとでの避難者の意識と行動は同一ではなく、個人の属性や価値観などにより多様化する。

 第4に、インフラ(医療機関や学校などを含む)の復旧・整備が進んでも、避難者ごとの事情により、インフラへのニーズが異なる。私たちが川内村での調査などから明らかにしてきたように(除本・渡辺編著 2015)、復旧・整備が進まないインフラへの依存度が大きい人は、戻ることができない。そのため復興政策の影響は、不均等にあらわれる。他の住民が戻らなければ、コミュニティへの依存度が大きい人びとは、帰還して暮らしていくことが困難である。その結果、帰還を進める自治体では、原住地と避難先との間で住民の分断が起きてしまう(また、避難先は1つではないから、その違いによる分断も生じる)。

 第5に、図示しなかったが、除染をめぐる分断もある。たとえば、福島県内の除染土などを保管する中間貯蔵施設に関して、搬入される側の立地地域と、搬出する側の県内他地域との間で不協和音が生じている。また県内でも、立地地域は原発から「恩恵」を受けてきたという見方があり、そのこともこの問題に影を落としている。

 

 

3.復興政策を問い直す

 公共事業主導の復興政策は、以上のような不均等性をもたらしている。国の復興政策が、住民と被災市町村の自治を阻害するという側面も重大である(礒野 2015)。被害の原状回復を重視するとともに、「復興弱者」の視点から政策のあり方を再検討すべきであろう。

 福島では除染やハード面の復旧・整備事業が進んでいる。だが大切なのは、飯舘村のような震災前からの住民主体の取り組みを再開し、将来へつないでいくことだ。また、他の災害での復興基金の柔軟な活用事例などにも学びながら、地域再生の取り組みを支える制度もつくっていかなくてはならない。震災7年目の現実は、原発事故の被害から回復することの難しさを示している。政府が復興期間とする10年間では、問題は到底解決しない。復興を進めながらも、残る課題について必要な支援策や賠償を継続すべきだ。

 

【参考文献】

  • 礒野弥生(2015)「地域内自治とコミュニティの権利――3.11東日本大震災と住民・コミュニティの権利」『現代法学』第28号、243-262頁。
  • 清水奈名子(2017)「被災地住民と避難者が抱える健康不安」『学術の動向』第22巻第4号、44-49頁。
  • 日本学術会議社会学委員会「東日本大震災の被害構造と日本社会の再建の道を探る分科会」(2014)「東日本大震災からの復興政策の改善についての提言」。
  • 原口弥生(2013)「低認知被災地における市民活動の現在と課題――茨城県の放射能汚染をめぐる問題構築」『平和研究』第40号、9-30頁。
  • 日野行介(2016)『原発棄民――フクシマ5年後の真実』毎日新聞出版。
  • 除本理史(2016)『公害から福島を考える――地域の再生をめざして』岩波書店。
  • 除本理史・渡辺淑彦編著(2015)『原発災害はなぜ不均等な復興をもたらすのか――福島事故から「人間の復興」、地域再生へ』ミネルヴァ書房。
  • Ulrich, Kendra, 2017, “Unequal Impact: Women's & Children's Human Rights Violations and the Fukushima Daiichi Nuclear Disaster”, Greenpeace Japan.