アメリカにおける「パワー」としての核—核兵器と原子力

ダウンロード
11月25日自由論題部会1(高橋).pdf
PDFファイル 123.7 KB

日本平和学会2017年度秋季研究集会

報告レジュメ

 

アメリカにおける「パワー」としての核—核兵器と原子力

 

報告者所属 明治学院大学

報告者氏名 高橋博子

 

キーワード:アメリカ 核 グローバルヒバクシャ 核兵器禁止条約

 

はじめに

 

 2017年7月7日に核兵器禁止条約が成立し、2017年10月には同条約成立のために中心的役割を果たした国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN: International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)が2017年のノーベル平和賞に決まった。広島・長崎の被爆者や核実験によるヒバクシャの真摯な訴えに耳を傾ける、世界的市民社会が高く評価されたと言える。本報告では、拙稿「第一章 アメリカにおける「パワー」としての核―核兵器と原子力―」若尾祐司・木戸衛一編著『核開発時代の遺産―未来責任を問う―』(昭和堂、2017年)に基づきつつ、「パワー」から「人道性」へと核をめぐる価値観を変革するための核兵器禁止条約の可能性について検討したい。

 

(1)「究極の望み 核時代の終焉 (Ultimate Wish-Ending the Nuclear Age) 」(40分)

 本作品はロバート・リクター(Robert Richter)監督と、核廃絶のための教育に取り組んできたキャサリン・サリバン(Kathleen Sullivan)博士が共同プロデュースした『最後の原爆(The Last Atomic Bomb)』(2005年・92分)に続くドキュメンタリー映画である。 社会派ドキュメンタリーを製作してきたリクター監督は、デュポン・コロンビア・放送ジャーナリズム賞(テレビ界のピューリツァー賞)を3度も受賞しており、長年人権問題や環境問題に取り組み、87歳になった現在も制作活動を行っている。サリバン博士は軍縮教育家・核廃絶活動家で、同ドキュメンタリー映画のDVDのパンフレットとしてAn Action and Study Guide: The Ultimate Wish Ending The Nuclear Ageを製作し、学校教員と生徒のために、本映画を観た後、究極の望み、すなわち核兵器と原子力発電を廃絶し、核時代を終わらせるための具体的な教育・行動・情報を紹介している。

 リクター監督とサリバン博士は、2011年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故後、長崎の被爆者と福島からの避難者の切実な証言を中心に描いた本作品を製作した。ニュース映像、専門家・活動家の証言をおりまぜつつ、原爆と原発による被災者の視点で、その惨状が隠されている問題を提起している。核時代を終焉させるという究極の願いが込められた作品である。

(2)アメリカ世論

 第二次世界大戦後70周年に行われたアメリカのリサーチ会社ピュー研究センターの世論調査によれば、65歳以上のアメリカ人の70%原爆の使用が正当化できると答えている。しかし18-29歳まででは47%であった。また共和党支持者が74%に対して民主党支持者は52%、白人が65%に対してヒスパニックを含む非白人が40%であった。高齢か若者か、共和党か民主党か、また白人か非白人かによって原爆使用にたいする認識に大きな開きがあるといえる。若者、民主党支持者、非白人で、原爆投下を支持しない人が広がっていることがわかる。

 さらに日米関係にとって重要な出来事として31%のアメリカ人が2011年の地震と津波を挙げ、第二次世界大戦は同じく31%、「第二次世界大戦以来の日米同盟」は23%であった。それに対して日本では2011年の地震と津波が20%、第2次世界大戦が17%、第二次世界大戦以来の「日米同盟」が38%であった。「日米同盟」よりも2011年3月11日の地震による東京電力福島第一原発事故をはじめとする事態の方が重要だと多くのアメリカ人が認識していることがわかる。

 このことは、多くのアメリカ人の中で、核による被災の実態に向き合える可能性が高まっていると言える。

Pew Research Center, “Americans, Japanese: Mutual Respect 70 Years After the End of WWII,” April 7, 2016 (http://www.pewglobal.org/2015/04/07/americans-japanese-mutual-respect-70-years-after-the-end-of-wwii/  Access on January 23, 2017)

 

(3)核兵器禁止条約の意義

 核兵器禁止条約の画期的なのは、核兵器の使用はもちろん威嚇を禁じたところと、核兵器・核実験による犠牲者の声が反映される形で成立したことである。1907年のハーグ陸戦法規は、「毒、または毒を施した兵器の使用、不必要な苦痛を与える兵器」等を禁じていたが、この国際法は無視され続け、ヒバクシャの存在は隠され続けた。しかし、国際法に違反することを示すヒバクシャの声を重視した核兵器禁止条約によって、核に象徴される暴力によって威嚇しあう恐怖の世界から、人類が解放されるための重要な条約となるであろう。

 

・核兵器禁止条約と日米同盟:「核廃絶」対「威嚇の論理」

 日本政府は米国に追随して同条約に反対している。日本国憲法では武器による威嚇や行使を永久に放棄しているが、日本政府は2016年4月1日の閣議で核保有を「自衛のためなら憲法違反ではない」としている。日本政府にとって核兵器は武器ではないのであろうか?本来「威嚇」を禁じている憲法のもと、反対する必然性はないはずである。同条約の成立は、日本政府はもちろん、核保有国に対し、核抑止論の正当性を崩壊させるためにも重要になるはずである。

 

・核兵器禁止条約と原子力

 禁止条約の条項には「本条約のいかなる内容も、締結諸国が一切の差別なく平和目的での核エネルギーの研究と生産、使用を勧めるという譲れない権利に悪影響を及ぼすとは解釈されないことを強調する。」“ Emphasizing that noting in this Treaty shall be interpreted as affecting the inalienable right of its States Parties to develop research, production and use of nuclear energy for peaceful purposes without discrimination”.とある。NPT体制を否定しないという意思表示なのであろうが、第2の NPT もしくはNPT改訂版になってしまう可能性があるのではないか。

 加藤登紀子氏は「核兵器廃絶を目指す運動に携わった団体の受賞が決まったことは素晴らしい」とし「「被爆者ら戦争体験者を知る世代の高齢化が進むなか、体験者の言葉を自分のものとして消化し、歴史的事実として伝えてゆく役割があると考えている。音楽もその方法の一つだ」と核兵器禁止条約そのものを評価しつつ、「核兵器禁止条約はもちろん評価されるべきだが、できれば核兵器だけでなく、核そのものの禁止に世界が動き出してほしい。すべての核は命を脅かすもので、あってはならない」とコメントを寄せている。(「朝日新聞」2017年10月7日)核被災者の声に寄り添うならば、兵器以外の被災者の声も無視できないはずである。

 

おわりに

 核超大国であるアメリカは、核兵器禁止条約の成立を妨害しようとするバワーをかけた。また日本政府はそれに追随し反対票を投じた。

 核による被災は、弱い存在である子どもに影響が大きい。また「強国(パワー)」の植民地や信託統治領だった地域の人々が核実験による被害を受けており、核兵器禁止条約には彼ら・彼女らの声が反映されている。核大国(パワー)ではなく、122の大国ではない国々やI CAN のようなNGOによる声を追い風に、「パワー」「威力」「威嚇」「核抑止」の論理そのものを廃絶し、「命を脅かす核(加藤登紀子)」をなくす取り組みこそが世界中に広がってほしい。

 

主要参考文献

(1) 高橋博子「第一章 アメリカにおける「パワー」としての核―核兵器と原子力―」若尾祐司・木戸衛一編著『核開発時代の遺産―未来責任を問う―』(昭和堂、2017年)所収.

(2)木村朗・高橋博子『核の戦後史』(創元社、2016年)

(3)高橋博子『新訂増補版 封印されたヒロシマ・ナガサキ』(凱風社、2012年)

(4)田井中雅人『核に縛られる日本』(角川新書、2017年)

(5)川崎晢『核兵器を禁止する』(岩波ブックレット、2014年)

(6)竹峰誠一郎『マーシャル諸島 終わりなき核被害を生きる』(新泉社、2015年)