日本平和学会・分科会レジュメ
2017.7.2
琉球人に対する差別/アイヌ民族との連帯の可能性
琉球新報編集委員
宮城隆尋
(1)米軍基地問題
■米軍ヘリ沖国大墜落事故(2004年8月13日)
・米軍普天間飛行場の大型輸送ヘリが隣接する沖縄国際大学に墜落、炎上
・飛散した破片が民家やアパート、水タンク、車両など50カ所を破壊
・乗員(米兵)3人が負傷、民間人は奇跡的に死傷を免れた
・事故直後から米軍が規制線を張り、県警や消防、大学当局を現場からしめ出した
・墜落で機体から放射性物質ストロンチウム90が飛散したが、米軍は沖縄側に伝えず
→安保条約にもとづく「日米地位協定」の存在
■嘉手納爆音訴訟、普天間爆音訴訟
・新嘉手納(第2次訴訟)で初めて「騒音成聴力損失」の原告が証言
・判決は夜間早朝の飛行差し止めを認めず
・被害の存在は認め、国に損害賠償を命じる
→被害の存在は認めたにも関わらず、原因行為の差し止めを命じることができない
「第三者行為論」…「国は米軍機の運用を制限することはできない」
「統治行為論」…「高度の政治性を有する安保条約は司法判断になじまない」
■繰り返される事件・事故
・米軍属(元米海兵隊員)による女性暴行殺人(2016年4月)
過去には1955年に米兵が幼女を暴行殺害(由美子ちゃん事件)、1959年に宮森小学校ジェット機墜落(児童12人を含む18人死亡、210人が重軽傷)、1963年に国場君れき殺事件(米兵が軍法会議で無罪)、1965年に読谷トレーラー落下(棚原隆子ちゃん事件)、1995年米兵による少女乱暴事件など
■基地問題の源流に沖縄戦(皇民化教育、同化政策 →強制集団死=集団自決)
→これらは本当に避けられなかったのか。今後も避けられないのか
(2)自己決定権のキャンペーン報道
■「道標(しるべ)求めて―琉米条約160年 主権を問う」新垣毅編集委員
(琉球新報2014年5月1日~2015年2月15日まで計100回連載)
琉球併合(琉球処分)前後の状況を再検証。琉米、琉仏、琉蘭の3修好条約の存在
→ 琉球処分は「国際法に照らして不正」(複数の国際人権法の研究者)
ウイーン条約法条約第51条が禁じた「国の代表者への強制」に違反
国連での議論では「韓国併合」と同様に国際法上「不当」とされている
■「未来築く―自己決定権」新垣毅編集委員(琉球新報2015年4月28日~同年12月)
沖縄戦終結後から現在まで続く日米による「占領」を検証
(3)連載「北の地とつなぐ」
■琉球人遺骨問題
今帰仁村運天の百按司(むむじゃな)墓から持ち出された遺骨が、京都大学に26体、国立台湾大学に33体、保管されている(今帰仁村教育委員会「運天の古墓群~百按司墓・大北墓~」2012)。金関丈夫ら人類学者が持ち出したとされる。清野謙次の著書によるとさらに多数の琉球人遺骨が沖縄各地から持ち出されている。アイヌ遺骨問題との類似性。
・人類学が植民地主義を学問の分野から支えた →日本人の優秀性を裏付けるため利用
・人間博物館(宗主国で第2次大戦前まで盛んに開催、植民地主義を正当化)と同じ論理
■琉球、アイヌ両民族の類似点
・明治期に政府によって内国化された
・和人(ヤマトゥンチュ)による人権侵害が現在まで続く
アイヌ―和人入植による財産や生命、土地、資源、文化などの収奪、強制移住など
琉 球―米軍基地による財産や生命、土地、資源、文化などの収奪、強制移住など
・政治参加
アイヌ―1994年に萱野茂氏が参院当選するまで105年間、国会論議にアイヌ不在
琉 球―1899年ごろから自由民権運動家の謝花昇らが取り組んだ参政権獲得運動
→1920年沖縄全域で参政権付与(1945~72年の米統治下も国政参加できず)
・固有の言語
アイヌ―旧土人保護法下で旧来の慣習と共にアイヌ語も禁止された
琉 球―標準語励行運動(学校現場で戦前、戦後ともに取り組まれた)
→皇民化教育の一環で明治後期から学校教育で罰札制度(方言札)
→しまくとぅば、話せる人は41%(20代は7.5%)琉球新報県民意識調査2016
■展望
・アイヌ民族―国連への働きかけ →先住民族と認める国会決議 →日本政府も認める
・2014年、国連人種差別撤廃委員会は琉球人を先住民族と認め、差別の有無を調査するよう日本政府に勧告(政府はアイヌ以外に先住民族はいないと反論)
・先住権を含めた自己決定権の回復