太平洋戦争下で諷刺漫画はどのようにヒトを描いたのか ―近藤日出造と雑誌『漫画』より―

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太平洋戦争下で諷刺漫画はどのようにヒトを描いたのか

―近藤日出造と雑誌『漫画』より―

 

京都造形芸術大学 文明哲学研究所

小野塚佳代

 

キーワード: 諷刺漫画、近藤日出造、太平洋戦争、見立て表現

 

1.はじめに

 漫画は戦中、戦意高揚と戦争政策の推進のために、有効なプロパガンダとして利用された。本研究では、平和に相反する、戦争のために利用された漫画作品について調査することで、逆説的に平和へ活かすための漫画について考察することを目指した。

 もう一つの目的として、諷刺漫画家、近藤日出造の仕事について調査することを目的とした。現代美術家、岡本太郎の父親であり漫画家だった岡本一平に師事した近藤日出造(1908-1979)は、戦中から昭和後期にかけて、一齣の政治諷刺漫画を中心に描いた。近藤日出造研究は、近藤と生前交流のあった『漫画サンデー』(実業之日本社)編集長の峯島正行をはじめ、身内や近しい同業者によって執筆された記録が残っている。しかし、漫画の分野のみならず、近代ジャーナリズム等、多岐に渡って多大な功績を遺すこの作家の本格的な作家研究はまだない。

 

2.雑誌『漫画』(漫画社)

 調査対象として、近藤日出造が編集人を務め、1940年から1951年にかけて発行された月刊雑誌『漫画』(漫画)を取り上げた。同雑誌は発行開始時点で、新日本漫画家協会機関誌としての役割を担っていた。この中の、特に戦中における内容から、戦時下における諷刺漫画の表現がどのように変化してゆくのかを分析した。

 さらに、1943年から1944年の戦局が厳しい時期になると、敵国の人物の描かれ方に特徴が表れた。それは対象を人として描かないというものである。このことから、こうした特徴を含む見立て表現が発行年毎に何点見られるのか、その推移と内容を調査した。

 

3.戦時下における諷刺漫画表現の傾向

 1940年から1941年の発行当初には、まだ掲載作品に朗らかなユーモアが見られた。1942年2月号は開戦記念号とされ、同年4月に発行された特別号『米英南方追放号』とともによく売れた。誌面には、フランクリン・ルーズヴェルト、ウィンストン・チャーチル、蒋介石らが頻繁に登場する。前述した見立て表現の対象にはこのような登場人物も多分に含まれる。調査した1940年から1951年までの『漫画』104冊3985頁中、確認できた見立て表現は415点であった。そして、戦中の発行年ごとに分けた点数は次の通りである。1940年=4点、1941年=18点、1942年=52点、1943年=70点、1944年=51点。後半により集中していることが分かり、しかも1943年から1944年には、その表現により残虐性が強調されていることが分かった。

 1945年7月に召集令状を受けた近藤は、それ以後1946年1月号の表紙に、赤い鉄格子に捕らえられた東条英機を描くまで作品掲載が途絶える。この年に発行が確認できた『漫画』は5冊であり、いずれも終戦後に発行された。戦中は国家、戦後はGHQによる言論統制が行われたこともあり、その内容は、翼賛色の濃い戦中の内容とは対照的に、戦後日本の復興と庶民の慰安を目的として描かれたものであった。米英文化に対する姿勢も大きく変化し、1946年5月号から『漫画』もタイトルが英語で併記されるようになっている。作中でも、アメリカ兵と親しくする日本人の様子が描かれた。対照的に、諷刺の矛先は敵国から自国へと移った。このような表現の変化は、読者の在り方の変化が反映されているということでもある。つまり、読者像は、戦中に自国の戦争政策に反対することを許されなかった限定的な国民像から、自国の政治家や権力者に対しても不満を抱く姿を露わにするようになった庶民像へと変貌した。

 また、調査から、戦中の『漫画』が大変希少な資料であることが分かった。今回の調査で1940年から1945年の『漫画』が確認できた資料館は、京都国際マンガミュージアムと長野県千曲市のふる里漫画館のみであった。

 

4.笑いがもたらすもの

戦時下の『漫画』では、敵を笑いの対象とした。その笑いは特に嘲弄の性格が強い笑いである。また、戦局が激しくなるにつれて嘲弄は殺意へと変化し、これは敵を人間として描かない見立て表現によく現れた。

 漫画は、戦争と平和、どちらか一方を支持してきたわけではない。伝達力に優れた漫画は、双方に利用されてきた。しかし、多くの情報を含む「おしゃべり」な漫画表現のなかに生まれるユーモアの文化は、表現の自由が保障される環境でこそより効果を発揮することができる。

 

参考文献

飯倉章 (2016) 『第一次世界大戦史―諷刺画とともに見る指導者たち―』中公新書

池田徳眞 (2015) 『プロパガンダ戦史』中公文庫 

(2015) 「ニューズウィーク日本版『言論の自由と言論の暴力』」CCCメディアハウス

清水勲 (1995) 『漫画にみる1945年』吉川弘文館

峯島正行 (1984) 『近藤日出造の世界』青蛙房

近藤日出造 (1964) 『にっぽん人物画』オリオン社

 (1940-1961) 『漫画』漫画社