日本平和学会2017年度春季研究大会
自衛隊と集団安全保障をめぐる「政策効果論なき政策論争」
東京大学
中村長史
キーワード:自衛隊、多国籍軍やPKOへの参加/協力、政策効果
1.序論
(1)本報告の目的
本報告の目的は、集団安全保障(国連安保理の許可を得た多国籍軍のみならず、PKOの派遣についても含む)への日本の参加/協力をめぐる議論が、「政策効果論なき政策論争」ともいうべき現状にあることを指摘し、本来なされるべき議論に、どのような論点があり得るかを具体的に例示することにある。政策選択の是非についての議論(政策論争)には、本来、当該政策の実施が法的に許されるのかという合法性をめぐる議論(法律論)と、当該政策の実施により所期の目的が達成されるのかという政策効果をめぐる議論(政策効果論)とが、車の両輪のごとく必要となる。合法であっても効果の乏しい政策や、効果は高くても違法な政策があり得るためである。しかし、現在の日本においては、集団安全保障をめぐる議論が法律論に偏り、政策効果に関しては、あたかもそれが自明であるかのように扱われている。このような状況を脱して、法律論と政策効果論を兼ね備えた政策論争を行なうためには何が必要なのだろうか。
(2)本報告の構成
本報告では、具体的に、以下の三つの点について論じる。第一に、これまでの多国籍軍やPKOの派遣に、どのような政策効果があったのかに関する国際政治学の議論を整理する。ここでは、①紛争再発防止等に効果はあるのか、②そもそも効果とは現在使われているような意味合いでよいのか、③弊害はないのかといった点に関する議論の分岐点を特定するが、甲論乙駁繰り広げられている学界の状況が明らかになる。
第二に、湾岸危機以降の日本の集団安全保障をめぐる議論を素描する。ここでは、「できる限り国際協調をすべきである」という点には大方の合意があるが、「できる限り」の範囲をめぐって、憲法9条2項の解釈や改憲の是非が争われてきたことを確認する。一方、安保法制に至るまでの四半世紀の間、先述の世界の学説動向とは対照的に、政策効果に関する議論が驚くほど少ないこともまた明らかになる。
第三に、第一・第二の点を踏まえ、安全保障政策の転換が模索され続けている現在の日本でこそ政策効果についての議論がなされるべきだと主張する。多国籍軍派遣やPKO派遣の政策効果に関する議論は、それらが万能の処方箋ではない以上、本来、自衛隊の海外派遣に積極的な論者にも消極的な論者にも知的拠り所を与え得るものである。政策効果論の活性化は、国際社会と日本の平和について、より多くの人々が考えを深める機会を提供することになるだろう。
なお、本報告では、政策効果論の必要性を強調するが、それは一定程度の活況を呈している法律論に比して現状の政策効果論が思考停止に陥っているからであり、決して法律論を軽視するものではない。両者を兼ね備えてこそ健全な政策論争だといえるため、法律論に費やされているのと同程度のエネルギーを政策効果論にも充てようと主張するものである。
2.政策効果をめぐる政策論争
(1)多国籍軍派遣をめぐる論点
多国籍軍派遣の政策効果に関しては、少なくとも三つの観点から議論がなされてきた。第一に、紛争再発防止等への効果について、甲論乙駁が繰り返されている (Luttwak [1999]; Regan [2000]; Seybolt [2007]; Toft [2010]) 。第二に、効果の意味合いを再考しようとする動きがある。従来のような短期的・消極的な意味での平和ではなく、より長期的・積極的な平和を模索するべきだとの主張がなされている。第三に、弊害に目を向けるものがある。軍事介入がかえって紛争を長期化させかねない危険性(Kuperman [2008]) や、被介入国に対して戦力面で圧倒的に優位な介入諸国といえども、介入後の統治(協力者との関係)には原理的に苦労せざるを得ないとの指摘(Robinon [1972]; 藤原[1992])がなされている。
(2)PKO派遣をめぐる論点
PKO派遣の政策効果に関しても、同様に三つの観点から議論がなされてきたと整理できる。第一に、紛争再発防止等へのPKOのタイプ別効果が問われている。強力なPKOであるほど効果が高まるのかについて、甲論乙駁が繰り返されている (Diehl, Reifschneider, and Hensel [1996]; Fortna [2004]; Doyle and Sambanis [2006]) 。第二に、効果の意味合いについて、被介入国の住民の人間開発や福祉といった、より長期的な観点をも重視するべきとの主張(Paris and Sisk [2009]p.306; Newman [2011])や、欧米型の自由主義や民主主義の被介入国への導入をもって国内平和の達成とみてよいのかといった問題提起(Richmond [2008])がなされている。第三に、弊害に目を向ける議論として、PKOの活性化により平和構築の負担を多国間で分担できるようになると武力行使への誘因が高まってしまいかねないとの指摘(石田 [2013])や、近年の政策の多元化・重層化により、同じ目的の別の政策と衝突するため、各政策の効果(部分最適)を積み上げても最終的な結果(全体最適)につながらないと警告するもの(中村 [2014])、また、非対称な権力関係が形成・強化される点への注意を喚起するもの(五十嵐 [2016])がある。
3.政策効果論なき政策論争
(1)日本における政策効果論の欠如
2017年現在の日本における集団安全保障に関わる議論の主たる論点は、以下の五点であると整理できる(田中[1997];中村、嘉治 [2015] )。①国連安保理の許可を得た多国籍軍への参加を認めるべきか、②自衛権の行使中に武力行使を許可する安保理決議が採択された場合、武力行使を認めるべきか、③PKOにおいて任務遂行のための武器使用を認めるべきか、④PKOにおいて駆けつけ警護を認めるべきか、⑤PKOの停戦合意や受け入れ同意について全ての紛争当事者の同意ではなく主たる紛争当事者の同意へと変更を認めるべきかの五点である。
②について政府は認められるとの見解を示しており、③・④については安保法制で認められた。一方、①・⑤については2014年7月の閣議決定で棚上げされたこともあり、議論が下火になっているが、潜在的な論点としては残っている。大まかにまとめれば、「多国籍軍への参加を認めるべきか」、「PKOへの参加の度合いを高めるべきか」の二点といってよいが、いずれの論点においても、積極派・消極派の双方ともに憲法9条2項の解釈に終始してきた感が否めず、当該政策は所期の目的を達成できるのか、弊害はないのかといった政策効果に関する議論は驚くほど少ない。政策選択をめぐる論争であるにもかかわらず、いわば「政策効果論なき政策論争」が展開されているのである(図1参照)。
(2)政策効果が看過されてきた理由
このように政策効果が看過されてきたのは、なぜか。添谷は、安全保障に関する実質的な議論が深まらないのは、「右」が「左」の「非現実的な」理屈を糧として反撃を加えることで「右」の勘違いが増幅され、悪循環が深まるからだと論じる(添谷 [2016] p.13, 25)。その根本的な原因を左右両派の「九条=安保体制」への安住に求める点については議論が分かれようが、左右両派ともに思考の惰性から抜け出せずにいるとの現状認識は、本報告の問題意識と通底するものである。
もっとも、政策効果論の軽視がこれほどの長期間に渡って続くからには、そこに「合理的」な理由もまた存在すると考える余地は、なお残る。この点につき、次の問いを考えてみたい。「右」や「左」といった特定の見解を強く持つ人々以外の、いわば中間層は、なぜ、この状況を是認してきたのだろうか。
それは、安全保障が情報の秘匿性が高い分野ゆえに、政策エリートと一般国民との間に情報の非対称性があることに由来するのかもしれない。一般国民からの支持調達を目指すならば、消極派の政策エリートにとっては、法律論、あるいは立憲主義や民主主義といった意思決定の手続きについての観点から反対の論陣を張るのが合理的となる。これを受けて、積極派は、政策の合法性や憲法解釈変更の妥当性を強調することになる。
情報の非対称性があるにしても、一般国民が現状よりも多くの知識を得る余地は、まだまだあるとも考えられる。例えば、多くの国民が戦争といえば未だに第二次世界大戦をイメージしている現状に対し、戦争の性質が変化していることを理解すべきだとの指摘が加えられている。たしかに、戦争の性質の変化は秘匿性の高い知識とはいえず、妥当な指摘であると思われるが、一般国民からすれば、日常生活と直接関係の薄い問題について知ることの優先順位は決して高くない。そういった問題を理解するに際しては、認知的にショートカットを試みることが「合理的」となる(Lippmann [1922])。戦争の性質の変化についてでさえ、そうである以上、政策効果についての理解が短絡的なものとなり、効果や弊害の有無を問いなおそうとする動きが生まれないのも、さほど不自然ではない。政策効果論の不人気も故なきことではないのである。
4.政策効果論なき政策論争を超えて
にもかかわらず、政策効果論は必要だというのが、本報告の立場である。もちろん、PKOや多国籍軍派遣の政策効果が自明視できるものであれば、当該政策が法的に許されるか否かという「法律論」に関する検討で事足りる。しかし、第2節で確認したように、その効果が当然のものとはいえない以上、仮に当該政策が法的に許されるとしても、それを実際に行なうことで現地の平和維持や平和定着に効果を見込めるのかという議論を避けて通れないはずではないか。そして、この点を意識することで、現行の一面的で硬直した対立軸(図1)が変わり、新たな発想を生み出す可能性もある(図2参照)。
現在の言説空間が、一般国民が意識的に政策効果論を避け、それを踏まえて政策エリートもまた政策効果論の回避を選択してきた結果として生まれたのだとすれば、政策効果についても議論しようと「お説教」を加えるだけでは、事態の改善は見込めないだろう。政策効果論を「合理的」に避けてきた人々であっても議論に参加しやすくなる基盤づくりを目指して、学問的見地から具体的な論点を例示していくことが重要となる。第2節で提起した論点について、日本の文脈で議論を深める必要が、ここにある。
5.結論
多国籍軍派遣やPKO派遣の政策効果に関する議論は、それらが万能の処方箋ではない以上、本来、自衛隊の海外派遣に積極的な論者にも消極的な論者にも知的拠り所を与え得るものである。実際、本報告で紹介する論点は、国際社会で広く議論されているものの、いずれも決着が付いていない。世界にただ追随するのではなく、かといって世界に背を向けるのでもなく、世界と共に悩み知恵を絞る日本へ。これこそが、立場を超えて共有できるはずの、いま求められている姿勢ではあるまいか。
参考文献
五十嵐元道 [2016]『支配する人道主義―植民地統治から平和構築まで―』、岩波書店.
石田淳 [2013]「平和構築の逆説」中西寛、石田淳、田所昌幸『国際政治学』、有斐閣.
添谷良秀 [2016]『安全保障を問いなおす―「九条―安保体制」を越えて―』、NHK出版.
田中明彦 [1997]『安全保障-戦後50年の模索―』、読売新聞社.
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Kuperman, Alan J. [2008] “The Moral Hazard of Humanitarian Intervention: Lessons from the Balkans”, International Studies Quarterly vol.52.
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