日本平和学会2017年度春季研究大会
大規模災害における自衛隊の役割
-調整と協働のあり方-
岐阜大学
上野友也
キーワード:災害、自衛隊、東日本大震災、調整、協働
1.序論
(1)自衛隊の災害派遣をめぐる政治的対立
日本では、自衛隊の合憲性と違憲性をめぐる論争が、保守・革新勢力のあいだで長らく繰り広げられてきた。このような自衛隊をめぐる政治的対立は、自衛隊の災害派遣をめぐる対立も生み出した。革新勢力は、自衛隊の災害派遣が治安出動につながり、防災訓練が国防訓練になると懸念を表明してきた。そのような政治的対立の一方で、自衛隊は、伊勢湾台風や阪神・淡路大震災における災害派遣で実績を積み上げ、国民の多くも自衛隊の災害派遣を評価するようになってきた。
(2)東日本大震災における自衛隊の災害派遣
2011年3月に東日本大震災が発災し、防衛庁・自衛隊が都道府県知事の要請に応じて、災害派遣を決定し、最大で約10万7千人の自衛官が救援活動に従事した。東日本大震災に対する自衛隊の災害派遣は、人命救助活動、輸送支援活動、生活支援活動など多岐にわたり、地方自治体の災害対応を支援し、被災者の生活を守る上で不可欠な活動であった。このような自衛隊の活躍に対して、国民の多くが評価し、自衛隊の災害派遣をめぐる政治的対立は影を潜めることになった。
(3)南海トラフ巨大地震における自衛隊の災害派遣
自衛隊の災害派遣をめぐる政治的対立に代わって問題となってきたのが、自衛隊の災害対応能力の限界に関する実質的問題である。中央防災会議防災検討推進会議のもとで、南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループにおいて、南海トラフ地震の被害予測が見直された。最も被害が大きくなるケースで死者が約32万人、負傷者が約62万人、要救助者が約34万人と予測されている。その人的被害は、東日本大震災を凌駕するものであり、自衛隊の現員数を考慮すると、自衛隊の応急対応が期待できないことが容易に想定されることになった。
(4)自衛隊と行政・民間組織との調整と協働の必要性
南海トラフ地震においても、自衛隊の災害派遣が不可欠であるが、自衛隊の災害派遣だけでは十分な災害対応を望むことができない。阪神・淡路大震災では、行政による災害対応の限界が指摘され、被災地内外のボランティアによる支援が脚光を浴びた。東日本大震災では、海外での人道支援に実績のあるNPO・NGOの活躍や、企業や業界団体の活動が注目された。そのような民間の活躍を受けて、自衛隊は災害対応のためにこれらの組織と連携するようになってきた。南海トラフ地震においても、自衛隊や行政・民間組織(地方自治体、消防、警察、社会福祉協議会、自主防災組織、業界団体、企業、NPO・NGO、ボランティアなど)との調整と協働が不可欠になるであろう。
(5)本報告の構成
本報告では、第一に、自衛隊の災害派遣をめぐる政治的論争を取り上げることにより、これまでの政治的議論が大規模災害における自衛隊の役割について十分な議論を提供できていないことを明らかにする。第二に、大規模災害における自衛隊の役割について考えるために、東日本大震災における自衛隊と行政・民間組織との調整と協働の事例を検討する。最後に、自然災害における民軍関係に関する国際的な議論を紹介し、大規模災害に対処するための自衛隊と行政・民間組織とのあいだの調整と協働のあり方について論じる。
2.自衛隊の災害派遣をめぐる論争
(1)自衛隊の災害派遣に対する批判的見解
自衛隊の合憲性と違憲性をめぐる政治的対立もあって、自衛隊の災害派遣は厳しく批判されてきた。たとえば、自衛隊の災害派遣と防衛出動・治安出動は渾然一体であり、自衛隊の災害派遣や防災演習は、平時には実施できない防衛出動や治安出動の訓練として利用されていると主張する。さらに、自衛隊は、防災訓練を通じて、地方自治体、自主防災組織、ボランティア、市民と連携し、有事体制の構築を促進していると非難されてきた。しかし、大規模災害において自衛隊の機動力を活用できずに、多くの犠牲者を出すような事態は回避しなければならず、一方的に自衛隊の災害派遣と防災訓練を批判することはできない。多くの人命を救助するために、自衛隊と行政・民間組織がどのような調整や協働をするべきなのかを検討する必要がある。
(2)災害派遣に特化した自衛隊の組織改編
このような自衛隊の災害派遣や防災訓練に対する批判の一方で、自衛隊をめぐる現実的な災害対応の構想も提案されている。前田哲男(評論家)は、自衛隊を最小限度の防御力を有する国土警備隊と、災害対応に特化した災害救助隊に改組し、災害救助隊を中心に災害対応の一元化を図ることを構想している。また、水島朝穂(早稲田大学)は、自衛隊における軍隊の機能を漸次縮減し、災害救助組織への質的な転換を長期的課題として提起している。しかし、自衛隊を災害救助組織に転換した場合であっても、南海トラフ地震のような大規模災害に対応するためには、行政・民間機関との連携が不可欠になるであろう。どのような連携が必要になるのかを考えるために、東日本大震災における自衛隊と行政組織との調整と協働の事例を取り上げることにする。
3.自衛隊と行政・民間組織との調整と協働——東日本大震災の生活支援活動——
(1)被災者支援に向けた官民協働の組織化
自衛隊と行政・民間組織との調整と協働について考えるために、宮城県における東日本大震災の被災者支援を事例として取り上げることにしたい。2011年4月4日、政府現地災害対策本部会議(宮城県庁)において、被災者支援4者連絡会議の第1回会合が開催された。連絡会議は、宮城県(災害対策本部事務局、保健福祉部)、宮城県災害ボランティアセンター、自衛隊(東北方面総監幕僚副長ほか)、政府災害対策本部(事務局長補佐ほか)から構成された。被災者支援4者連絡会議は、気仙沼市(4月4日)、南三陸町(4月8日)、石巻市(4月9日)において、市町の災害対策本部職員、災害ボランティアセンター、自衛隊から構成される3者連絡会議を設置した。
(2)給食支援における自衛隊とNPO・NGOとの連携
被災者支援4者連絡会議では、炊き出しにおける行政、民間組織、自衛隊との情報共有と連絡が問題となり、3者連絡会議が中心となって、以下の調整が図られることになった。(1)市町は、避難所の設置状況と避難者数、NPOに運営を移行できる避難所の情報を提供する、(2)災害ボランティアセンターは、炊き出し支援を検討している地域についての情報を提供し、炊き出し状況を報告する、(3)自衛隊は、炊き出し状況を報告し、炊き出しを必要とする避難所の状況と避難者数を報告する。石巻市では、4月11日の第2回連絡会議において、自衛隊とピースボートとの間で炊き出し状況についての情報を共有し、自衛隊が主食(ご飯と味噌汁)を提供し、ボランティアが副食を提供することで調整された。
(3)応急仮設住宅の入居者支援をめぐる連携
被災者支援4者連絡会議は、4月下旬頃から応急仮設住宅の入居者に対する支援について議論を始めた。宮城県、自衛隊、NPO・NGOが、宮城県倉庫にある支援物資を入居者に「スターターパック」として配布できるかどうかを検討することになった。宮城県が自衛隊に対して集積所にある混載物資の仕分けを依頼し、「スターターパック」の支援物資を確定し、県とNPO・NGOが物資を仮設住宅入居者に配布した。県、自衛隊、NPO・NGOの連携によって、支援物資が有効に活用されることになった。
4.自衛隊と行政・民間組織との調整と協働——国際的基準を踏まえて——
(1)オスロ指針
ここでは、南海トラフ地震などの大規模災害における両者の調整と協働のあり方について考えるために、自然災害における民軍関係に関する国際的基準と自衛隊の派遣三原則について取り上げたい。自然災害における民軍関係については、1994年のオスロ国際会議において、主要国、国連機関、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟が、「災害救援における外国の軍隊と民間防衛の資源の使用に関する方針(オスロ指針)」を策定しており、2007年に改訂された。オスロ指針は、外国の軍隊が自然災害における人道支援を実施する場合の指針であるが、日本国内の自衛隊の活動に関しても示唆があるはずである。
(2)オスロ指針における六原則
オスロ指針に示された六原則のなかで、軍隊が国内において災害対応をする場合にも関連する原則は、以下の3つである。(1)最終手段。軍隊の資源や装備は、行政・民間組織に代替手段がない場合に、最終手段として用いられる。(2)機能と役割の区別。軍隊と行政・民間組織の機能と役割を明確にするために、軍隊は直接的支援を差し控える。直接的支援とは、被災者に対する財やサービスの対面での提供であり、軍隊は、援助物資や行政・民間組織の職員の輸送といった間接的支援や、道路の修繕、空域の管理、発電といったインフラストラクチャーの支援を中心に担う。(3)期間と規模の限定。軍隊の資源や装備を被災者支援に用いる場合には、期間と規模を明確に限定し、撤退の目安をあらかじめ立てる。
(3)『自然災害対応における外国軍隊の資源や装備の効果(ストックホルム大学国際平和研究所)』
ストックホルム大学国際平和研究所(SIPRI)は、報告書(以下、「SIPRI報告書」という)のなかで、軍隊の資源と装備の効果を高めるための6つの要素を挙げている。軍隊が国内において災害対応をする場合にも関連する要素を挙げておきたい。(1)迅速性。軍隊が被災地に迅速に派遣され、現地での救援活動を素早く行う必要がある。軍隊の展開が遅れることで、行政・民間団体が被災者のニーズを充足してしまうこともある。(2)適切性。軍隊は行政・民間団体との役割を整理する必要もある。被災者に対する食料や水の配布といった直接的支援は、行政・民間団体のほうが日常的業務として実施していることから効果的に対応できることが多い。一方、輸送や補修や通信といった間接的支援や、道路や橋などの建設・整備といったインフラストラクチャーの支援は、軍隊の任務にも該当するものでもある。(3)調整。軍隊は、行政・民間団体と業務の重複や空白がなくなるように、定期的に情報を共有する必要がある。軍隊が提供する資源や装備が、すでに行政・民間組織によって用いられていることもある。また、行政・民間組織が必要としている資源や装備を軍隊が保持していたとしても、両者の間に情報の伝達がなければ、それらが活用されないことになってしまう。
(4)自衛隊の派遣三原則
これまで自然災害対応における軍隊の役割に関する国際的基準について説明してきたが、自衛隊にも災害派遣に関する原則がある。自衛隊の災害対応任務は、防衛大臣が事態やむ得ない場合であると判断したときに実施されるものであり、事態が収束した場合には部隊が撤収されることになっている。事態やむ得ない場合とは、以下の3つの原則にしたがって判断される。第一は公共性であり、公共の秩序を維持するために、人命または財産を社会的に保護する必要があること。第二は緊急性であり、差し迫った必要性があること。第三は非代替性であり、自衛隊の部隊が派遣される以外に適切な手段がないことである。
5.大規模災害における自衛隊と行政・民間組織との調整と協働
南海トラフ地震などの大規模災害では、自衛隊の災害対応能力をはるかに超える被災が予想される。それゆえ、東日本大震災でも実践されたように、自衛隊と行政・民間組織の調整と協働がいっそう求められる。以下、南海トラフ地震などの大規模災害に対処するための自衛隊と行政・民間組織の関係のあり方について述べる。
(1)自衛隊の災害派遣の基準
南海トラフ地震などの大規模災害における自衛隊の災害派遣は、行政・民間組織などの災害対応能力を超える場合に実施されるべきであろう。これは、オスロ指針(最終手段)や自衛隊の派遣三原則(非代替性)にも規定されている。自衛隊の災害派遣は、それゆえ、行政・民間組織の災害対応能力が回復する前に、機動力を用いて迅速に行わなければならない。この点についても、自衛隊の派遣原則(緊急性)、SIPRI報告書(迅速性)に挙げられている。とくに、南海トラフ地震では、広範囲の地域が被災することが予想されているため、自衛隊は、行政・民間組織による災害対応が立ち後れている地域を優先的に支援することが必要である。
(2)自衛隊と行政・民間組織との役割分担
自衛隊の災害派遣においては、行政・民間組織と競合する可能性の高い被災者への直接的支援よりも、輸送や補修、通信などといった間接的支援や、道路や橋などの建設・整備といったインフラストラクチャーの支援が求められる。これは、オスロ指針(機能と役割の区別)やSIPRI報告書(適切性)でも指摘されていたところである。しかし、南海トラフ地震などの大規模災害では、被災者の規模も膨大に上るため、応急期における自衛隊の直接的支援は不可欠である。直接的支援である人命救助活動では、今後とも消防や警察との調整と連携を通じて、被災者の救助活動を展開するべきである。また、直接的支援である生活支援活動では、東日本大震災の事例でもみたように、被災者に対する支援に競合や空白が出ないように、自衛隊と行政・民間団体との緊密な調整が求められる。また、間接的支援やインフラストラクチャー再建の場合でも、自衛隊は、民業を圧迫しないように行政機関や業界団体と調整する必要がある。
(3)自衛隊と行政・民間組織との調整と協働
南海トラフ地震などの大規模災害に際して自衛隊が派遣される場合には、災害対応業務の調整を図るために、定期的な会合を開催し、情報を共有する必要がある。調整の必要性は、SIPRI報告書(調整)においても説かれていた点である。自衛隊が人命救助活動を実施する場合には、東日本大震災でも実施されたように、災害対策本部における消防と警察との調整だけでなく、現場での緊密な調整も必要である。東日本大震災では、生活支援活動のために政府現地災害対策本部に被災者支援4者連絡会議が設置され、市町には3者連絡会議が置かれることになった。南海トラフ地震などの大規模災害に際しても、このような連絡会議を設置し、被災地の情報を共有し、自衛隊と行政・民間組織との間で、資源や装備、知見や経験を活用できるようにするべきである。
(4)自衛隊の撤収と行政・民間組織への業務移管
自衛隊が災害派遣される場合には、その期間と規模を限定する必要がある。自衛隊の派遣に関する原則にもあるように、自衛隊の災害派遣は、防衛大臣が事態やむ得ない場合であると判断したときに実施されるものであり、事態が収束した場合には部隊が撤収されることになっている。この点は、オスロ指針(期間と規模の限定)にも掲げられていた。東日本大震災での生活支援活動では、当初、自衛隊が中心となって被災者に給食を提供していたが、行政機能が回復し、企業やNPO・NGOやボランティアの活動が活発になるにつれて、生活支援活動を移管していった。南海トラフ地震などの大規模災害においては、自衛隊が被災地から撤退するまでに多くの時間がかかることが予測されるが、行政・民間組織の災害対応能力の回復に応じて、災害対応業務を移管していく必要がある。
(5)民間組織の自主性
自衛隊が災害派遣された場合であっても、民間組織の自主性は尊重されなければならない。東日本大震災を受けて災害対策基本法が改正されて、国や地方自治体がNPO・NPOやボランティアなどの民間組織の自主性を尊重しつつ、連携に努めることが規定されることになった。民間組織は、自衛隊や行政機関の下請けをしているわけではない。東日本大震災の事例でも見られたように、南海トラフ地震などの大規模災害においても、自衛隊、地方自治体、NPO・NGO、ボランティア、企業が対等な関係に立って協働し、災害対応に従事しなければならない。
6.結論
日本では、自衛隊の合憲性と違憲性をめぐり政治的対立が繰り広げられてきたが、自衛隊が災害派遣で実績を積み上げるなかで、自衛隊の災害派遣に対する国民の期待が醸成されることになった。東日本大震災では、自衛隊が地方自治体、警察、消防などの行政機関や、企業・業界団体、NPO・NGOなどの民間組織と連携して災害対応にあたった。今後、南海トラフ地震などの大規模災害においても、自衛隊は行政・民間組織の自主性を尊重しつつ、災害対応のための調整と協働をする必要がある。その際には、自衛隊は、国際的基準や派遣三原則に基づいて、行政・民間組織の災害対応能力の回復に応じて、早期に災害対応業務を移管することが求められる。
参考文献
上野友也「国際人道支援における自衛隊と民軍関係」『国際安全保障』第38巻第4号、76-89頁、2011年3月。
上野友也「東日本大震災の災害対応——自衛隊・企業・市民組織との協働に向けて——」『国際安全保障』第41巻第2号、31-44頁、2013年9月。
前田哲男「自衛隊防災別組織論」『世界』第608号、1995年5月。
水島朝穂「どのような災害救助組織を考えるか――自衛隊活用論への疑問」第606号、『世界』、1995年3月。
水島朝穂「史上最大の災害派遣――自衛隊をどう変えるか」第819号、『世界』2011年7月。
Inter-Agency Standing Committee (IASC), Guidelines on the Use of Military and Civil Defense Assets to Support United Nations Humanitarian Activities in Complex Emergencies, March 2003.
Inter-Agency Standing Committee (IASC), Guidelines on the Use of Foreign Military and Civil Defence Assets in Disaster Relief - "Oslo Guidelines," November 2006.
Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI), The Effectiveness of Foreign Military Assets in Natural Disaster Response, 2008.