問題現場に行けば“リアル”がわかる?そこから何が変わるのか?! ~平和学エクスポージャー(PSEP)ネットワークへの誘い~

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 <日本平和学会・環境・平和分科会報告レジュメ>

問題現場に行けば“リアル”がわかる?そこから何が変わるのか?!

~平和学エクスポージャー(PSEP)ネットワークへの誘い~

報告者 横山正樹 (フェリス女学院大学)

 

1. はじめに 

 私は1987年から大学教育におけるアジア現地学習(実習)すなわち平和学エクスポージャー(PSEP)の実施に取り組んできた。勤務校からの参加者と地元学生・青年が各1~2名、合計2~4名の混成小チームを組み、社会問題の現場へ出かけて問題当事者たちと交流し、2~3泊の住み込みを通して現実の一端を理解する、講義や印刷・映像教材を超えた直の体験だ。これには手間ひまも費用もかかり、危険性もあって、特段の対応が必要とされる。

 立場の異なる各関係者にとり、そんな大変さに見合う成果はあったのだろうか。成果をどう把握すべきで、さらにどう工夫を重ねていくべきか、これまで試行しつつ考えてきたことを試案として提示したい。

 エクスポージャーは個人でもグループでもなされている。ここでは私たちが手がけてきたPSEPなど大学教育における現地学習等に限定して取り上げる。おもな主体は、①学習者、②現地受入関係者、そして③前二者間の仲介者(企画・運営関係者)の三者と考える。

 学習者個人の変化・到達度を中心に考える従来主流の教育学的評価にとどまらず、ここでは各主体の織りなすネットワークがどう変化を遂げたか、遂げつつあるのか、関係性を重視した平和学的な考察を試みる。

 

2. エクスポージャー、またはフィールドワーク、社会調査実習等展開の実状と方法論

 ①応募参加者:(学習者)学生・院生をふくむ参加希望市民

 ②依頼受諾者:(受入関係者)地域の社会問題当事者・団体

 ③実施責任主体:(仲介者)大学・学会、NGO、旅行会社、企画・引率者/受入団体・個人

 ・目的の多様性:主体ごとに意図された諸成果とそれ以外の諸結果(副産物)

 ・団体行動型と分散行動型、地元側学習参加者の有無とその位置づけ

 ・平和学的5-Step分析ワークシートの導入

 

3. 成果把握の方法論と実状

 ・従来の教育評価…①学習者成績評価→②授業(教員)評価→③実施機関(大学/団体)評価

          まずは学習者個人の到達度が基本前提

  → 平和学では個人の変化より関係性の変化に着目

 ・分散行動型エクスポージャーの二面性:グループワークとして vs. 個として

 ・平和に資する変化はあったのか、三者の関係性の変化、諸個人における変化

 ・対話を通じた相互の変化…メタな語り(再構成された語り=笠井賢紀)

 ・関係性の持続と継承 SNSの活用と再訪・相互訪問機会の増加

 

4. “リアル”(現実)の曖昧化に対抗するエクスポージャー

 ・問題現場に行けば“リアル”(Reality 現実)が理解できるのか?ネット情報、マスコミ・図書・仮想現実 (VR)等による接近・体験とどう違うのか?そして何が変わるのか?

 ・何が現実か曖昧化され、ファクトが相対化される現代

 ・“リアル”とは何か、コストの問題、好み適合性の問題=「不都合な真実」からの逃避

  …現実(への接近)が、しばしば(受容しがたいほどの)苦痛を伴う場合も

 ・現実のフレーミング問題:視る側の恣意性・立場(権力非対称)性、視(え)ない部分

 ・現実の信頼性(への反乱)問題:“ポスト真実”“フェイク(偽)ニュース”“オルタ・ファクト”、SNSによる情報拡散、ポスト“ポリコレ”(Political Correctness)、ポピュリズムや“反知性主義”批判(上から目線?)、マスコミの誤報や予測の外れ、情報源の偏り、パナマ文書開示、ウィキリークスやスノーデンショック

 → 既存の国際レジームや主流メディアがタテマエ的な前提としていた規準

=人権など西欧的価値への不信感や批判(恣意的な二重基準など)

=公正さ・政治的正しさや大学における知の存立基盤への根本的な問い

として受けとめるべきでは…

 → 現代社会の底流にある怒りと不安

① 西欧的価値成立の基本的矛盾(豊かな社会実現とその条件としての植民地収奪)

② グローバリズム進展による格差と環境破壊(=開発主義の問題性)の激化、没落へ?

 ・人びとの分断ではなく分節化=articulationアーティキュレーションが進行

 ・軍事化・民主制度の衰退・監視社会化・人びとの無力化/翼賛化・安全保障第一主義

 → こうした状況に対抗するための有力手段としての平和学エクスポージャーの提唱

 ・分節化への対抗=立場の違う人びとの分節状況を乗り越えたリアルな交流

 ・対象を傷つける可能性、自分が傷つく可能性(厳し過ぎる現実を受けとめきれない)

 ・現実についての語りをメタレベルで(再構成して)共同把握する可能性

 

5. おわりに~平和学エクスポージャー(PSEP)ネットワークへ~

 ・訪ねる=視る側と受け入れる=視られる側との非対称性→相互性・共同性へ

 ・一回性から継続性へ、多様な実施グループの相互経験交流へ

 ・社会から離床してグローバルに広がった市場経済を再び社会に埋め戻す、サブシステンス志向の平和学(環境平和学)的課題への取り組み

 ・goodsの増大からbads (暴力)の縮減へ、開発主義・軍事化と人びとの分節化を超えた連帯へ

 →各大学や学会・NGO諸団体と協力してPSEPを推進していく、ゆるやかなネットワークへ、あなたも参加されませんか?

 

参考文献

 笠井賢紀「問題発見・解決過程の語りと当事者性」『平和研究』37号、2011年、117-138頁

 グレッグ・ミッチェル、宮前ゆかり訳『ウィキリークスの時代』岩波書店、2011年

 横山正樹「トランプ政権期からの環境・平和―環境平和学というチャレンジ」『新版 国際関係論へのファーストステップ』法律文化社、2017年、231-238頁

 横山正樹「環境平和学としてのサブシステンス論」郭洋春・戸﨑純・横山正樹編『環境平和学―サブシステンスの危機にどう立ち向かうのか―』(第11章)、法律文化社、2005年、217-239頁

 横山正樹「大学を平和学する!」岡本三夫・横山正樹編『平和学のアジェンダ』(第9章)、法律文化社、2005年、163-189頁

 デイヴィッド・ライアン、田島泰彦・大塚一美・新津久美子訳『スノーデン・ショック―民主主義にひそむ監視の脅威』岩波書店、2016年