北海道大学における防衛省研究費受入れから考える

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日本平和学会2017年度春季研究大会

報告レジュメ

 

北海道大学における防衛省研究費受入れから考える

 

 

北海道大学 大学院工学研究院

山形 定

 

キーワード:防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度、デュアルユース、日本学術会議

 

1.はじめに

 本報告では2015年度に始まった防衛装備庁の委託研究「安全保障技術研究推進制度」について、実際にこの制度への応募・採択がなされた北海道大学の状況も含めて報告する。

 

2.防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」の概要

 2015年度に防衛省は安全保障技術研究推進制度という大学等の外部の研究者に対する競争的研究費提供の制度を3億円の予算規模で開始した。一件当たりの研究費は最大3000万円/年、研究期間1~3年で、研究費として比較的大型のものである。対象は、①既存の防衛装備の能力を飛躍的に向上させる技術、②新しい概念の防衛装備の創製につながるような革新的な技術、③注目されている先端技術の防衛分野への適用技術、となっており、防衛省が必要とする技術ばかりか、研究者が自分の研究を防衛技術(=兵器)としてどう使えるかを提案するようなアイデアまでほとんど全ての技術分野に関わるものと言える。そして具体的な研究テーマが28件提示され、それらは毎年更新されるとした。

 初年度は大学・公的研究機関・民間企業から合わせて109件の応募があり、9件の研究テーマが採択された。大学からの応募58件から4件が採択され、その中には現在学術会議会長を務める大西隆氏が学長を務める長岡技術科学大学も含まれている。翌2016年度には予算が倍増し6億円になったものの、応募件数は44にとどまった。その背景にはこの問題に危機感を持ち反対運動をつづけた軍学共同反対連絡会などの精力的な取り組みがあったものと考えられる。前年度とほぼ同数の10件の研究テーマが採択され、大学からの採択は5件となった。そして2017年度予算では、前年度から一気に18倍化し110億円が措置されている。これまでのものに近い研究費上限が年間3900万円のタイプA、1300万円のタイプBに加え、5年間で20億円のタイプSと称する課題が設定されている。これまでの個人レベルの研究から新たな研究グルーブを創り出すレベルの予算規模であり、このような研究費が大学等に流入すれば、従来の組織運営にも大きな影響を与えることが危惧される。

 

3.北海道大学からの申請された研究テーマとデュアルユース

 2016年度に採択された研究テーマの一つが北海道大学から申請された「マイクロバブルの乱流境界層中への混入による摩擦抵抗の低減」である。この研究は「船の燃費を向上させ、二酸化炭素の排出削減に大いに貢献する環境対策技術である」というのが申請者の主張である。このような環境対策技術に防衛省が研究費を提供するのは、この技術が防衛技術としても極めて有用なものだからである。例えば、艦船にこの技術を適用すれば高速な移動が可能になるとともに、燃費がよくなり給油の回数も少なくてすむ。このように、技術は民生用にも軍用にも使えるが、防衛省はこれを「デュアルユース」技術として研究費を出すのである。デュアルユース技術の基礎的な部分を大学等の研究機関に委託し、そこから先の応用分野を防衛省や軍需産業で担うというシナリオである。

 従来、多額の研究予算をつぎ込んで開発された軍用技術がその後、民生用に公開され普及する「スピンオフ」としてインターネットやカーナビ用のGPSが有名である。民生用には開発費がかかり過ぎるような技術も予算が潤沢な軍用には開発可能で、それがやがて民生用になるということである。しかし、次のような指摘もある。そもそもその予算を民生用技術として開発した方がより良いものができたのではないか?技術公開といっても問題ない部分を一部オープンにしたに過ぎず民生利用には制限がある。

 一方、スピンオフとは逆に、もともと民生用技術であったものが軍用に使われる例もある。かつて高層ビルによる電波の反射でテレビ画像が二重写しになってしまうゴースト現象を解決するために開発された鉄分入りの塗料が、敵のレーダーに映らないステルスと呼ばれる軍用機に使われたのが代表である。科学研究や技術開発がより広く行われるようになり、かつて民生分野に対して相対的優位を保っていた軍事分野がこれまでとは逆に民生用技術を取り込むことに力を注ぐような状況になってきている。このような中で今回の安全保障技術研究推進制度が始まったと見る必要がある。

 あらゆる科学的成果や技術が軍事用に使われる可能性を持つ現状の中、研究者は民生用に進めた成果が軍用に転換される危険性に注意することが必要なのである。「あらゆる技術はデュアルユースであるから防衛省の研究費を受け入れてもかまわない」という主張は軍事的技術開発を行なうことに加担する一種の開き直りといえよう。

 

4.北海道大学における防衛装備庁研究費申請手続きの問題点

 研究者が自らの研究をデュアルユースであるとして軍事研究の心理的ハードルを乗り越えれば、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度へ応募することは比較的簡単である。なぜなら、この制度は他の省庁の研究費と同様に「e-Rad」と呼ばれるwebサイトから電子申請することが可能だからである。しかし、この場合にも申請者が作成する申請書は、直接防衛装備庁に送られるわけではなく研究者の属する大学の承認を経て出される。したがって、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度への応募に際しては、大学内部で申請の可否を判断しなければならない。これまで、合計9つの大学でこの制度への採択がなされたが、申請自身は2年で81件(大学・高専・大学共同利用機関の合計)あり、同一大学からの複数申請も考えれば、申請した大学数は数十に達し、それぞれの大学で何らかの判断がなされたと考えられる。しかし大学の在り様に大きな影響を与えることが不可避の防衛装備庁予算受け入れに関する議論がどこでどのようになされたのかはほとんど明らかになっていない。余りにも唐突に開始された防衛装備庁の公募研究制度に対し、財政的危機に瀕してした大学が十分な学内議論もなく応募に踏み切ったのが初年度の2015年度における実情と推察できる。

 2016年7月末に北海道大学関係者のほとんどは自らの大学から出された申請が防衛装備庁研究予算に採択されたことを新聞報道で初めて知った。このことは他大学と同様にこの申請に関する議論がごく限られた人々でなされたことを示している。北海道大学はどのようなプロセスを経て申請に至ったのかを自ら明らかにしていないが、2016年6月22日に開かれた部局長等連絡会議で「デュアルユース研究に関する相談体制について」川端理事(当事)から説明がなされたとの記録がある。相談体制要項は6月1日研究戦略室室長(川端理事)裁定となっており、その年の防衛装備庁研究予算の締め切りは5月18日であることから、「相談体制」は申請後に創設されたことがわかる。この相談体制は、研究者が自らの研究や研究費の申請について相談するものであり、学内の研究推進部研究振興企画課を相談窓口とし、研究戦略室幹事会が相談内容を検討するとしている。相談例には「デュアルユース研究の懸念のある研究活動の実施について」「防衛省等、国内外の軍関係機関からの共同・委託研究、研究資金援助などへの応募について」が挙げられている。このことから考えると、後に防衛装備庁に採択された研究テーマについても研究戦略室幹事会が申請妥当の判断を下したものと考えることが自然である。

 「北海道の大学・高専関係者有志アピールの会」(2014年の集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対するために作られた北海道の大学・高専関係者によって設立された任意団体)は、2016年9月に安全保障技術研究推進制度自身に反対すると共に、北海道大学が防衛装備庁研究費の申請・受け入れをトップダウンで決定したことに抗議する声明を出し、あわせて北海道大学学長に面談要請や公開質問状を出したが、大学側からの回答は一切ない。2017年4月に新しく就任した名和学長(前工学研究院長)は就任前の新聞インタビューに「国公立大学として一定の同じ動きが必要、四月の(日本学術会議の)最終報告を聞き、学内で議論したい」と報道されているが、2017年5月中旬までの段階で部局レベルにそのような審議は提起されていない。名和学長は昨年の学長選挙に際し北海道大学教職員組合のアンケートに以下のように応えている。「科学者としては、まず、「軍事目的のための科学研究は行わない」ということが基調姿勢となります。また、軍事関係機関の研究公募に示された研究を「デュアルユース研究」と短絡的に判断してはならないこともあると思いますので、慎重な姿勢も大切であります。軍事技術につながる可能性が皆無とはいえないとしても、その一方で「人類の健康と福祉、社会の安全と安寧に貢献する研究」として意義が認められるものについては、これが適切な形で遂行できるよう、文部科学省など政府機関に働きかけます。また、その意義を判断する場合には、然るべき審査組織を設け、北大の教職員の声にも十分耳を傾けたいと思います。」前学長が最終的に容認した防衛装備庁研究予算への申請に対し、あらためて北大教職員の声をどのように反映するかが問われている。このようなプロセスを経ずに再び申請が行われるとすれば、北海道大学における学問の性格を大きく歪めると同時に社会からの信頼を損なうものとなるだろう。

 

5.日本学術会議の対応

 防衛装備庁の公募研究が続けられる中、日本学術会議は軍学共同の危険性を正面から受け止め学術界を代表して意見表明した。日本学術会議は1950年と1967年に戦争を目的とする科学の研究や軍事目的のための科学研究を行なわないと2回に渡り声明を出している。これを見直そうという動きもある中、学術会議では安全保障と学術に関する検討委員会が2016年6月から月1回のペースで議論を積み重ね、2017年3月24日に日本学術会議幹事会が声明「軍事的安全保障研究に関する声明」を出した。そこでは「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」とし、過去2回の声明を継承するとともに、学術の健全な発展の立場からは安全保障技術研究推進制度は「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」とした。

 この声明に至る過程である「安全保障と学術に関する検討委員会」での議論はすべて公開され、一人一人の委員がどのような立場からどのような議論をしているかが明瞭にわかる。「時代が変わった」、「自衛のための技術開発は容認されるべき」というような少数意見に対し、学術の健全な発展にとって軍事研究がもたらす負の側面を多くの委員が強調している。もっとも懸念されていたことは、この委員会の委員であり学術会議の会長である大西隆氏がしばしば個人的な意見として対外的に「この制度を容認すべき」と意見表明していることである。このような発言は日本学術会議として防衛省研究費の大学受け入れを容認していると誤解されかねないことである。大西氏が学長を務める長岡技術科学大学から出された研究テーマが安全保障技術研究推進制度に採択されたこともあり、委員から大西会長が安全保障と学術に関する検討委員会の決定に反する声明を出すのではないかと危惧する声が出たこともうなずける。

 

6.何が問われているのか?

(1)大学における研究と外部研究資金

 大学とは研究と教育を行なう機関である。研究目的の一つは「真理の探究」であり、しばしば基礎研究と呼ばれる分野がこれに該当する。研究のもう一つの目的は、さまざまな問題を解決するための手法を明らかにする応用研究で、実学と呼ばれる工学、農学、医学などが担っている。

 真理の探究は、研究対象それ自身が持つ特性を理解しようとするものであり、直接的に軍事に結びついているわけではないが、一旦新たな科学的知見が得られれば、軍事研究を推進する者はその軍事利用を考えるだろう。したがって将来的な協力を期待して、軍関係予算が真理探究を主目的とする分野の研究者に配分されることは一般的にあり得ることである。このような予算措置が軍の目的を逸脱していないということを説明するためには、「一見軍事技術と関係のない分野への予算配分も将来軍事利用可能となりうるデュアルユースであれば予算措置が可能」という主張が必要となるであろう。基礎研究への予算配分が軍サイドにとって有用なことかもれないが、大学側にとっては研究資金提供側によって公開が制限されたり研究の方向性が決められる可能性があり、学問自身の内在的発展方向を優先することができなくなる危険性を内包している。この点は2017年の学術会議声明においても「国家の介入」で学問の健全な発展を阻害する懸念として強調されている。

 問題設定が先行する実学においては、常に何のための研究であるかが問われる。明治維新以来の日本の方針である殖産興業・富国強兵は、憲法に平和主義、基本的人権、国民主権が謳われている現在においても大きく変わってはいないようである。新しい技術開発による経済的競争力を生み出すことが強調される結果、付随して発生するさまざまな問題が解決されず、そのしわ寄せが弱者に集中することが繰り返される。その代表が足尾銅山の鉱毒問題に端を発する公害問題であり、1960年代の水俣病、2011年の東京電力福島原発事故の被害を見ても住民が抱える問題の解決に実学が住民の立場に立って向き合ったとは言えない。このような状況で軍関係の研究費が大学に流れ込めば、研究者は軍需産業の求めに応じて研究成果を上げることに邁進することになるだろう。

 研究者は、国家や産業界などの強者・支配する側の論理で自らの研究が進められていないか、研究活動が自分の生活の糧を得るためだけの手段となっていないかを常に考えなければならないのではないだろうか。私たちは原発を推進する強者側が反対意見を封じ込め、安全神話に基づいて推進された原子力発電政策が引き起こした大惨事を忘れてはならない。情報の伝達・科学の進歩が加速する中、社会の受け入れ体制ができる前に次々と新しい技術が広がっており、科学的成果がもたらす社会的影響を考慮せずに科学に携わることが許されない時代に私たちは生きている。研究者は、単に自らの専門分野における能力を高めるだけでなく、社会における科学・技術の持つ意味について考えることが必須になっている。このような視点から考えれば、北海道大学が掲げる教育方針「全人教育の実践」がまさに求められているといえるであろう。

 現在進行中の防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度についても、このような視点で考えることが必要であろう。現政権は軍事費を増加させ、軍需産業とともに海外に兵器を輸出しようとしているが、このような状況において大学がこの防衛省装備庁の研究助成制度を利用することは、新しい兵器開発のために大学が参加することにほかならない。自らの科学・技術的成果が直接・間接的に多くの人々を殺戮するために利用されることは、いずれ自国の人々をも危険にさらすこととなる。戦争の悲惨さを体験したかつての日本の科学者が出したのが過去2回の日本学術会議声明「戦争目的・軍事目的の研究を行なわない」である。過去の戦争とそこでの科学者の果たした役割について学び、軍事研究の現代的意味を問うことを省略して、「得られる成果がデュアルユースである」という理由で防衛省予算を大学が受け入れるとすれば、歴史に目を背け、社会に対する科学者の責任を全うしない行為との指弾を受けることになるだろう。

(2)大学に求められること 

 大学が運営費交付金の削減により競争的資金獲得を大学存続の前提とせざるを得なくなったことは、今回の防衛装備庁研究費受け入れの背景に横たわっていることは想像に難くない。「競争的環境の中で個性輝く大学」というスローガンで押し進められた国立大学法人化の行き着いた先の一つが防衛装備庁研究費による大学運営とすれば文部科学省がこの間とってきた大学政策を検証することも必要である。憲法で保障された「学問の自由」を実践するためには最低限の財政的裏付けが必要であり、そのためには大学が社会に対して大学の存在意義とともに財政保障の重要性を訴え続けるしかない。競争的研究費の獲得競争に追い立てられる大学が「大学が本来の社会的役割を果たすためには相応の財政保障が必要である」と主張することなく、学問を歪めかねない研究資金の導入に門戸を開くならば、大学はますますその跛行性を強めていくことになるだろう。

 東アジアの軍事的緊張を利用して、日本では軍事費の増額、軍事技術の開発(軍学共同)そして武器技術輸出が目論まれている。その背景には長年にわたって続けられている軍需産業の働きかけがある。もし、現在の研究者が歴史に学ぶことなく再び軍事研究に手を染めるならば、先の大戦を経験し戦争の悲惨さを二度と繰り返さないことの誓いとして表明された学術会議の声明を踏みにじることになる。声明が出された後も世界から戦火が止むことはないが、日本は憲法に謳われた戦争放棄の道を世界に広げていくとともに唯一の被爆国として核兵器廃絶の先頭に立つことが求められている。

 国連の掲げた持続可能な社会を構築するための目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は大西会長も北海道で開催された講演会(「持続可能な世界に向けて国連が採択した目標に貢献する北海道の知」、2017.2.11)で強調したことである。SDGsには飢餓や貧困をなくすことと同時に平和や社会的公正の追求も掲げられている。軍事的緊張を解消し、人類全てが自己決定権を行使できる世の中を目指すために必要な行動が何であるかを明らかにすることが現代における知の使命、大学が真剣に取り組まなければならない課題の一つである。

 学術会議の声明を受け、道内では安全保障技術研究推進制度への応募を見送る大学が続いている。そのような中、2016年度に応募・採択された北海道大学の対応が注目されている。大学としての最終的な態度表明がなされないまま応募の期限が近づいているが、名和学長には今年度の申請を見送るとともに、昨年の学長選アンケートへの回答「教職員の声にも十分耳を傾けたい」を速やかに具体化することを期待したい。

 

 参考文献 

 池内了、大学と科学の岐路、東洋書店、2015。

 池内、小寺編「兵器と大学 なぜ軍事研究をしてはならないか」、岩波ブックレット957、2016。

 杉山滋郎、「軍事研究」の戦後史、ミネルヴァ書房、2017。

 益川敏英、科学者は戦争で何をしたか、集英社、2015。

 日本学術会議「安全保障と学術に関する検討委員会」会議資料(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/anzenhosyo.html)。