日本平和学会2017年度春季研究大会
報告レジュメ
トルコ反原発運動の特徴と位置付け
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科
森山 拓也
キーワード:トルコ政治、市民社会、環境運動、反原発運動
1. はじめに
本報告では、トルコの反原発運動の特徴を明らかにし、トルコ政治におけるその位置づけについて考察する。トルコでは3か所で原発建設計画が進められており、シノップ原発の建設には日本政府・企業も参加している。他方で、原発建設計画に対しては安全性や環境への影響、民主的決定プロセス等の点で問題が指摘されており、建設予定地を中心に反対運動が続いている。本報告ではトルコの反原発運動について、①イデオロギーや既存の政治的立場を超えた広がりを持ち得る運動であること、②国の開発政策に対する対向型の運動であること、③企業利益優先の政治に異議を申し立て、開発における意思決定の民主化を求める運動であることを論じる。
2. トルコの反原発運動
トルコの反原発運動は、地中海沿岸のアックユが原発建設候補地に選ばれた1970年代に地元の漁師や住民を中心とする運動として始まり、後に都市部の住民や専門家団体も加わるようになった。トルコの反原発運動が広がるきっかけとなったのは、1986年のチェルノブイリ原発事故である。チェルノブイリ原発事故はトルコでも深刻な放射能汚染被害を引き起こしている。直接の被害経験は、多くの活動家にとって原発の問題に取り組むきっかけとなった。国内にまだ原発が存在しないにもかかわらず、原発事故の被害を既に経験している点は、トルコの反原発運動の特徴の一つである。
現在、トルコの反原発運動は、原発に反対する個人や団体のネットワークである反原発プラットフォームを中心に続けられている。原発の問題点を訴えるシンポジウムの開催、デモなどのアピール行動、原発建設の環境影響評価に関する裁判闘争などが行われている。
3. 民主化と市民社会の発展?
トルコでは1980年代以降に市民社会組織の設立が増加し、1990年代後半からは市民社会組織の政治活動も自由化された。この背景には、同時期にトルコがEU加盟に向けて民主化に取り組んでいたことがある。この時期には、フェミニズム運動、民族的・宗教的・性的少数者の権利向上やアイデンティティ承認を求める運動、環境保護運動など、いわゆる「新しい社会運動」として位置付けられる運動が盛んになった。これらの運動は、社会主義や共産主義、イスラーム主義といったイデオロギーに基づいて権力獲得を目指す旧来の運動とは異なり、人権や環境保護といった具体的な課題ベースの活動を行った。
また、1980年代から導入された新自由主義政策の下で貧富の差が拡大し、国家による社会福祉も未整備であったことから、寄付を集めて学校建設や貧者救済など社会サービスの提供に取り組む慈善運動も活発化した。こうした慈善運動の多くは宗教的コミュニティによって担われ、親イスラーム政党が支持を拡大する基盤ともなった。
4. 開発優先主義と環境運動
市民社会運動の活性化が見られるようになっても、環境運動が開発政策に影響を与える機会は十分に開かれなかった。トルコは1923年の建国当初から、国家の強いリーダーシップの下で経済開発や社会の近代化を押し進めてきた。先進国へのキャッチアップを目指す開発は、国家の正統性を保証するために欠くことのできない要素であり、政治的立場を問わず重要な国家目標であり続けてきた(Adaman and Arsel [2005]; Keyman [2005])。1980年代に新自由主義的経済政策が採用された後も、国家の強い介入の下で公共事業が盛んに行われた。現在の公正発展党政権も、都市再開発、エネルギー部門への投資、大規模インフラ開発といった公共事業に注力してきた。
他方で、新自由主義政策の下で建設業者など支持層の利益を優先した開発プロジェクトは各地で様々な環境問題を引き起こし、地元住民や環境団体等の市民社会との対立を深めてきた(Islar and Harris [2013]; Unalan [2016])。公正発展党政権下で環境規制は投資への障害と見なされ、自然保護区の開発許可や環境影響評価プロセスの短縮化など、規制緩和が次々と実施されてきた(Duru[2013])。環境や社会への影響を顧みない開発に対し、地元コミュニティや環境団体による反対運動がトルコ各地で増加している。だが、トルコ政府は市場の要求や支持層からの経済成長への期待に応えることを優先し、開発反対運動に対しては無視や抑圧といった態度を続けている。
5. 環境運動と民主化
2013年にイスタンブールのゲズィ公園で発生した抗議運動(以下「ゲズィ運動」)は、トルコの環境運動・開発反対運動にとって一つの節目となった。公園の開発を防ぎ、都市の公共空間や自然環境を守る運動として始まったゲズィ運動は、警察による暴力的な対応を期に全国的な反政権運動へと発展した。政府はゲズィ公園の再開発をパブリックな議論を経ずに進めようとしたため、意思決定における透明性の確保や市民の参加が問題となった。ゲズィ運動を通じて、開発が自然環境や人間の健康に与える影響だけでなく、企業利益が優先され、意思決定への市民参加が阻まれているという政治的構造が問題とされるようになった。
反原発運動の中でも、政府が一部の資本家の利益だけを代表して物事を決めることが批判されている。一方で、2016年7月から続く非常事態宣言の下で強い権限を手にした政権は、原発をはじめ数々の開発事業を加速させている。アックユ原発では原発建設を肯定的に評価した環境影響評価の取り下げを求める裁判が続いているが、強権的性格を強める政府やエルドアン大統領に対して司法の独立性も脅かされている。
参考資料
Adaman, Fikret and Murat Arsel. eds. [2005], Environmentalism in Turkey: Between Democracy and Development?, England: Ashgate Publishing Limited.
Duru, Bülent [2013], “Modern Muhafazakârlık ve Liberal Politikalar Arasında Doğal Varlıklar: AKP’nin Çevre Politikalarına Bir Bakış,” In: Uzgel, İlhan and Bülent Duru. eds. AKP Kitabı: Bir Dönüşümün Bilançosu (2002-2009), Ankara: Phoenix Yayınevi, pp.782-800.
Islar, Mine and Leila M. Harris [2013], “Neoliberalism, Nature, and Changing Modalities of Environmental Governance in Contemporary Turkey,” https://www.researchgate.net/profile/Mine_Islar/publication/263351822.
Keyman, E. Fuat. [2005], “Modernity, Democracy, and Civil Society,” In: Adaman, Fikret and Murat Arsel. eds. Environmentalism in Turkey: Between Democracy and Development?, England: Ashgate Publishing Limited, pp.35-52.
Künar, Arif [2002], Don Kişot'lar Akkuyu'ya Karşı; Anti-Nükleer Hikayeler, Ankara: Elektrik Mühendisleri Odası.
Unalan, Dilek [2016], “Governmentality and Environmentalism in Turkey: Power, politics, and Environmental Movements,” In: Ozbay, Cenk., Maral Erol., Aysecan Terzioglu., and Z. Umut Turem. eds. The Making of Neoliberal Turkey, New York: Routledge, Kindle edition.