スリランカの紛争及び紛争後復興をめぐる中印の外交戦略 ―地政学のリアリティ―

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日本平和学会2017年度春季研究大会

報告レジュメ

 

スリランカの紛争及び紛争後復興をめぐる中印の外交戦略

―地政学のリアリティ―

 

福岡女子大学 国際文理学部 国際教養学科

Pathmasiri JAYASENA

 

キーワード:地政学、インド・中国、ダイヤモンドのネックレス、一帯一路構想、真珠の首飾り、平和・安全保障

 

1.はじめに

 スリランカは1948年にイギリスから独立を果たすが、植民地中及び独立後、政治的・経済的・社会的なものや生活にかかわるすべてのことが、民族性(エスニシティ)によって決められ、それが基本となって社会を作ってきた結果、民族対立が顕在化した。1983年以降、スリランカを構成しているシンハラ人(シンハラ語を話す)とスリランカ・タミル人(タミル語を話す)の間で紛争が勃発し、スリランカ政府と分離独立を求めて武装闘争を続けていた反政府勢力タミル・イーラム解放の虎(Liberation Tigers of Tamil Eelam:以下LTTE)との間の紛争が2009年5月、スリランカ政府軍によるLTTEの完全武力制圧という形で終結するまで26年間続いた。

 紛争中は、スリランカと歴史的に関係が深いインドの対スリランカ外交戦略は消極的であった。その結果、内戦終結の立役者であるラージャパクサ前大統領は中国との関係を深め、中国から武器調達を行い、紛争後の復興のための巨額支援を受け、外交上も中国からのサポートを得ていた。しかし、そのような状況の中で近年インドも対スリランカ外交戦略を改め、中国に対抗するようにスリランカへの関与を強めており、2015年1月の大統領選で野党候補のシリセーナ氏が当選を果たすが、その勝利にインドは水面下で深く関わったとされ、両国の競合が強まっている。シリセーナ政権は、「脱中国依存」を目指し、バランスの取れた全方位外交を進めているが、財政事情は厳しく、中国に頼らざるを得ない状況に置かれている。そこで本報告では、まずスリランカの地政学的な優位性を確認し、こうした中印の対スリランカ政策の戦略的な意義を明らかにする。次に、スリランカ側の対中印外交と紛争後復興政策の変遷を分析する。最後に、中印の競合がもたらす課題と可能性について考える。

 

2.スリランカの地政学的な優位性

 南アジアの地勢に注目すると、スリランカの地政学的な優位性が読み取れる。かつてセイロンと呼ばれていたスリランカは東西南北、アジアとアフリカ、中東をつなぐシーレーンの中心部に位置する。スリランカはインドをはじめとする南アジアの巨大市場に近いだけではなく、近年経済規模を拡大しているインド洋地域・環インド洋経済圏の中心に位置する港湾立国でもある。

 スリランカの貿易港であるコロンボ港は、世界物流の大動脈であるインド洋シーレーンの中で中東と東アジアを結ぶ地政学的に理想的な位置にあり、国際船運ルートからの逸れが小さい重要港湾であるとされる。世界港湾ランキングにおいて、コロンボ港は南アジアで第1位、世界で第28位の規模を持ち、インド洋の物流ハブとしての存在感が高まっている。

 また、スリランカ南部ハンバントタ港も世界中から注目を浴びている。長いシーレーンを守るためには、補給などを行う港湾や、チョークポイントの安全確保が重要である。中国による巨額支援をおけて2008年にハンバントタ港の建設をスタートし、2010年に一部開港しており、インド洋地域圏の重要港になる可能性を持つ。中国が推し進めている「21世紀の海上シルクロード」の主要な舞台の一つでもある。さらに、「真珠の首飾り戦略」において、中国は港湾整備とあわせて、空港の確保にも努めている。

 

3.スリランカとインドの関係

 インドとスリランカは隣国であり、歴史的にも政治的にも深い利害を共有して来た。インドには、南部タミル・ナードゥ州を中心に6千万人のタミル人が居住しており、インドとスリランカの歴史的な関係も深い。1983年に勃発したスリランカ政府軍とLTTEとの内戦は1987年6月、LTTEの支配下にあった、スリランカ北部のジャフナ(Jaffna)地域に対するスリランカ軍の攻撃で激化する。そこで、インドの南部タミル・ナードゥ州の地域政党の圧力もあって当時のインド政府(ラジーブ・ガンディー政権)は、「人道上の見地」からといって、スリランカの北部地域に輸送機を飛ばして救援物資を投下する。インドのこの行為は、領空侵犯であり、スリランカとの信頼関係が損なうことになる。

 その後、スリランカ国民の反インドデモにもかかわらずスリランカ政府は1987年7月にインドとの間に「インド・スリランカ合意」を結び、それに基づいて、インド平和維持軍(Indian Peacekeeping Force)がスリランカ北部に派兵される。しかし、インド平和維持軍は十分な成果を上げず、むしろ、スリランカ国内の反インド感情を激化させることになる。そのため、インド政府は、1989年10月、インド平和維持軍の撤退を決定し、1990年3月に撤退完了する。1987年から90年までスリランカに派兵されたインド平和維持軍がLTTEとのゲリラ戦で1200人以上の兵士が犠牲になった。更にその後、インドはLTTEに報復を受けることになり、1991年5月、南部タミル・ナードゥ州選挙運動を行っていたラジーブ・ガンディー (Rajiv Gandhi) を自爆テロで失うことになる。それ以降、LTTEは、インド政府からの支持を急速に失い、2012年までスリランカのタミル問題に対しても消極的な姿勢を示していた。 

 2009年にスリランカ政府軍によってLTTEが壊滅させたあとも、スリランカのタミル問題に対するインド政府の消極的な姿勢に大きな変化はなかったが、南部タミル・ナードゥ州の地域政党からインドの連邦政府に対して強い要求があり、スリランカ北部のタミル人に対する支援活動を開始した。

 しかし、2012年以降インドの対スリランカ政策は大きく変わることになる。それは南部タミル・ナードゥ州からの圧力によるものではない。スリランカ内戦終結の立役者であるラージャパクサ前大統領は、中国の巨額支援によって港湾や空港、高層タワー(=電子情報ステーション)や高速道路といったインフラ建設を着々と進め、中国との関係を深めてきた。とりわけ、2014年9月に習近平主席のスリランカ訪問と同じタイミングで中国の潜水艦がコロンボ港に寄港し、インドを刺激していた。こうした中国の動きは「真珠の首飾り戦略」と呼ばれ、インドを包囲する親中ネットワークの構築である(Kaplan、2010)、というのが定説だ。近年の中国のスリランカ進出を受け、インドもスリランカへの関与を強めている。インドのこのような安全保障政策は「ダイヤのネックレス戦略」と呼ばれる。

「ダイヤのネックレス」とは

 インドは中国の「真珠の首飾り」に囲い込まれることを警戒し、対抗策としてインド洋から南シナ海の沿岸部に「ダイヤモンドのネックレス」、つまり拠点となる港湾のネットワークを整備しようとしている。中国はすでにスリランカのハンバントタ港をはじめパキスタンのグワダール港、バングラデシュのチッタゴン港、ミャンマーのシットウェ港などの開発に関わっているが、インドもスリランカのトリンコマリー港やミャンマーで港湾の建設を行っている。

 中国との関係が深かったラージャパクサ前大統領が2015年1月の大統領選で、野党候補のシリセーナ氏に敗れたことで「中国依存」を見直し、バランスを取れた関係構築に向かいつつあるスリランカは、「真珠の首飾り」と「ダイヤのネックレス」が重なる要衝になっている。この中印のせめぎ合いは、スリランカの平和と安定にどのような影響をもたらすのだろうか。

 より筆者作成

 

4.スリランカと中国の関係

 中国とスリランカの関係は古くから良好であったが、ラージャパクサ前政権時代に戦略的なパートナーシップの関係に変わったとされる。このような中国との関係の背景には、インド平和維持軍のスリランカでの失敗後、スリランカに対する消極的な姿勢や、スリランカ国内の人権状況の悪化を理由に、アメリカ政府がスリランカに対する直接的な軍事援助を停止したことがしたとされる。中国はスリランカに対して軍事物資を提供し、政府軍に対するトレーニングも行って来た。このような中国からの軍事的な支援によって、ラージャパクサ政権はLTTEとの戦闘を有利に進めることができたとされる。実際、LTTEとの戦闘の終結後、当時の陸軍司令官だったサラット・フォンセーカ氏は、中国との関係について、「スリランカが中国に接近したのは、インド政府が攻撃用武器の提供を否定したためである」と発言している。

 中国の対スリランカ支援は、アジア全域へ中国の貿易ルートを拡大・確保しようとする中国の「一帯一路構想=One Belt One Road Initiative(OBOR)」の一環として進められているとの見方が強い。中国にとって、スリランカの最大の魅力はその地政学的な位置である。スリランカは中国と中東・アフリカ地域を結ぶ交易シーレーン中心部に位置しているため「海上シルクロード」の主要な舞台になっている。

(1) 「一帯一路構想」とは

 「一帯一路構想」は、2013年に中国の習近平国家主席が提唱した現代版シルクロードの構築を目指した陸のシルクロードと海のシルクロードからなる経済・外交政策構想のことである。中国から中央アジアを経由し、欧州につながる「シルクロード経済ベルト=(一帯)」と、東南アジア、インド、アフリカ、中東を経て欧州に至る「21世紀の海上シルクロード=(一路)」の2つのルート構築を目指している。「一帯一路構想」の目的は主に4つとみられる。 

① 国内の過剰生産能力の解消と内需不足を補うため、関連諸国との連携によるインフラ投資の拡大。

② 中国から関連新興国への経済援助を通じて、中国を中心とした経済圏の確立。

③ そうした絆を深めた新興国に鉄道、発電所、通信などの資本財を輸出し、そうした国からの安定的な資源輸入。

④ 2つの現代版シルクロードを通じた貿易の活発化を提唱することにより、世界経済の牽引役として、中国の存在感をアピール。

 

(2) 「真珠の首飾り戦略(String of Pearls)」とは

中国は、「一帯一路構想」を提唱した2013年以前から、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなど、インド洋沿岸国のシーレーン沿いに一連の港湾整備などを積極的に支援する中国の外交戦略である「真珠の首飾り戦略」を進めてきた。これらの港湾を「真珠」にたとえると、ちょうどインド亜大陸を取り囲む「首飾り」のように見えることから「真珠の首飾り戦略」と呼ばれ、「一帯一路構想」の「21世紀海上シルクロード=(一路)」の部分を指す。

 インドの戦略問題専門家であるブラフマ・チュラニー(Brahma Chellaney)氏によると「中国は、特にインド洋の中心という、スリランカの有利な位置に魅力を感じている。インド洋は、貿易や原油の輸出入においてもきわめて重要な国際的シーレーンである。中国は、情報収集拠点の設置や、海軍に関する特別な取り決め、湾へのアクセスなどの形で「真珠の首飾り」をつくりあげ、インド洋と太平洋をつなぐ重要なシーレーンをコントロールしようと考えている」。実際、2011年11月には、スリランカ南部で中国の投資によって建設されたハンバントタ湾が開港、アンダマン海に浮かぶミャンマー領ココ諸島には中国軍のレーダー基地があり、日夜インド洋の動向を監視している。

 中国の「真珠の首飾り戦略」にインド側は当初、それほど大きな反応を示せなかった。しかし、先に述べたように近年の中国のスリランカ進出を受けて、インドもスリランカへの関与を強めている。それは、インドが自国の安全保障にとってスリランカでの中国のプレセンスを脅威であるとみているからである。

 2015年1月に実施された大統領選挙でラージャパクサ氏が敗れ、シリセーナ新大統領の体制になり、さらに同年8月に行われた総選挙では、ラニル・ヴィクラマシンハ氏率いる勢力が勝利し、新体制の下でラージャパクサ政権時代の「親中外交」を見直す姿勢を見せている。この歴史的な政権交代にはインドが陰で大きな役割を果たしたとされている。しかし、一連の開発プロジェクトには中国の戦略的思惑が見え隠れしているとされる。実際、スリランカの対中債務が増えていけば、中国は債務の一部を株式に転換して重要プロジェクトを部分的に所有することもできる。結果、中国はインド洋圏における戦略な拠点を手に入れることができる。中国から距離をとろうとするシリセーナ現政権も、対中債務の罠にはまり、「脱中国依存」は果たせない可能性が高い。

 

5.考察ー中印の競合がもたらす課題と可能性

 これまで見てきたように中国は、スリランカの地政学的な優位性からスリランカに注目するようになり、中国のスリランカへの進出は、紛争中、さらに紛争後も著しいものになっている。また同時に、スリランカ側にも中国に接近する正当な理由があり、2国間の友好関係はスリランカに「平和=(消極的平和)」をもたらしたことも事実である。チェラニー氏は、「スリランカ政府は、長引くエスニック紛争を終結させたくても、戦後の復興にかかる資金的な問題があったため、終結に踏み切れなかった。しかし、中国の軍事援助、復興のための資金援助、国際社会での支持が得られたことから、スリランカ政府は一気にLTTEの殲滅に踏み切った。」と論じている。

 2005年大統領に就任したマヒンダ・ラージャパクサ氏は、中国の援助を得て、スリランカ政府とLTTEとの間の戦いを勝利に導いた。その後、彼はスリランカ国内で圧倒的な人気を得ることになり、2010年に行われた大統領選挙で再選し、同年9月には大統領の3選禁止条項を撤廃する憲法修正案も可決させるなど、大統領への集権化を進めた。一方、紛争終結後は国防省を国防・都市開発省と改称し、統一の実現と平和の到来とともに余剰となった戦力をインフラ整備にも動員した。復興需要ならびに観光業の復活から、平均でGDPが8%台の急速な経済発展が続いた。こうした、紛争後の復興を支えているのは中国の資金である。

 2015年1月に発足したシリセーナ政権は前政権を批判し、「全方位外交」を志向するものの、中国との関係を完全に断ち切ることはできない。中国の「一帯一路構想」に賛同したラージャパクサ前政権が、インフラ整備などで中国からの借り入れ額は80億ドルに上るとされる。スリランカ南部ハンバントタ港建設に必要な資金の大半は、中国輸出入銀行からの年率6.3%で借り入れたもので、その返済額は13億5千万に上る。このため、ハンバントタ港を所管するスリランカ国営企業の株式の80%を99年間、中国国営企業に貸し出すことで2016年12月に大筋合意した。ハンバントタ港周辺では、中国企業に経済特区を整備させることも決定しており、「一帯一路構想」のモデル事業と見なされている。一方で、事実上の売却と言われるリーズ(貸出)への批判も高く、地元住民や政治家が大規模な抗議デモを行っている。中国は「一帯一路構想」の基本理念として、沿岸国のインフラ整備などを共同で進める「相互利益」を主張している。

 1962年の印中軍事衝突からしばらく、両国の間は疎遠な関係が続いていたが、2003年のバジパイ首相(当時)の訪中をきっかけに、中印は国境紛争などの問題を棚上げし、貿易投資拡大を通じた実利外交の展開でコンセンサスを形成するに至った。しかし、中国は「一帯一路構想」一環としてインドを囲むように港湾を整備していることで安全保障上の懸念が高まっている。スリランカの現大統領は就任直後「私の最大の関心はインドだ」と述べ、就任後初の外国訪問先にもインドを選び、両国の「新しい関係」をアピールした。インドのモディ首相との首脳会談では、2国間の原子力協力協定に合意したほか、インド洋の安全保障協力の拡大に協力する意思を示した。インドはラージャパクサ前政権時代に中国がスリランカと原子力協力を進めるのではないかと心配していただけに、将来の原発建設協力に向けた第一歩となった。これに対し、中国外務省の報道官は「インドとスリランカの関係強化は喜ばしい。中国を含めた3カ国の関係強化は、地域全体にとって有用だ」と歓迎の意を示している。その後、モディ首相はスリランカがインドにとって南アジアの最重要国であるとして同年3月に訪問した。なお、北京で2017年5月に開催された「一帯一路構想」についての国際会議の直前にもスリランカを訪問し、スリランカ東部トリンコマリーの石油貯蔵施設の共同運営で原則合意するなど両国の関係強化に力を入れている。

 その一方、中国もシリセーナ大統領とヴィクラマシンハ首相を中国に招き、スリランカとの関係強化につて力を入れている。更に、2017年5月中旬に北京開で催された「一帯一路構想」会議にヴィクラマシンハ首相が参加し、同構想はスリランカに恩恵をもたらすと述べ、協力の意を示した。

 このようにインド洋圏の小国をめぐって競合する中印だが、スリランカは舵取りに苦しんでいる。現政権は過度の中国依存から脱却し、中印などとバランスの取れた関係構築を掲げているものの、巨額の負債を抱えており、事実上中国に頼らざるを得ない状況が浮き彫りになっている。もどかしいことに、現政権が、健全な国つくりに向けた大きな障害ともいうべき「中国依存問題」を超えられるか、あるいは超えようとしているか、という点がなかなか見えない。いずれにせよ、民主主義体制のインドを信頼するか、それともインドと対極的で政治的自由を制限し、経済発展を重視する一党独裁の中国を信頼するかでスリランカの運命が変わるであろう。

 

参考文献

  Adhikari, Pushpa, China -Threat in South Asia, New Delhi: 2012. Lancer Publishers & Distributors.

  Sachin Parashar, “India needs to take relook at dealings with neighbours: Sri Lankan President Mahinda Rajapaksa”, The Times of India, 10 August 2012, available at: http://timesofindia.indiatimes.com/world/south-asia/India-needs-to-take-relook-at dealings-with-neighbours-Sri-Lankan-President-Mahinda Rajapaksa/articleshow/15439847.cms (最終閲覧日:2016年4月3日3)。

  Mendis, Patric, “The Colombo-Centric New Silk Road”, Economic & Political Weekly, December 8.2012, Vol XLVII No.49, pp69-76.

  Ministry of Finance and Planning, 2016, Annual Report.

  Kaplan, Robert D. Monsoon: The Indian Ocean and the Future of American Power, 2010. New York, Random House.

  Richard Hall, “Empires of the Monsoon”, 1998. Harper Collins.