グローバル政治経済における社会性と公共性 ――『国際社会』概念の問い直しへ向けて――

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2017年7月2日

公共性と平和分科会

 

グローバル政治経済における社会性と公共性

――『国際社会』概念の問い直しへ向けて――

 

関西外国語大学 外国語学部 助教

岸野 浩一

 

キーワード:グローバリゼーション、国際社会、世界システム、英国学派、国際政治経済

 

1. はじめに

 国境を超える世界の一体化としてのグローバリゼーションが進展するなか、近時はその最前線にあった欧米諸国を中心に、主権国家を超越する国際的・地域的統合から反転しようとする動きが見られつつある。英国EU離脱の国民投票を筆頭に、米国トランプ政権の誕生、反EU・移民反対の主張を掲げる政党の欧州各国での躍進など、一見すると冷戦後にとくに進んできたグローバリズムやリージョナリズムへの批判と、ナショナリズムや主権への回帰として描き出すことができるような一連の現象を、私たちはどのように分析することが可能なのか。本報告では、世界政府のないアナーキー状況とグローバリゼーションの下での「国家間の社会」の認識をめぐる議論とその歴史に焦点をあて、以下の次第で順次検討を加え、上記の直面する現在的課題について考えてみたい。

 第一に、国際関係理論における「国際社会」(篠田 2007)の概念を取り上げて紹介し、本報告で同理論を用いることの意味と意義を説明する。第二に、グローバリゼーションの下で「国際社会」をいかに捉えることができるのかを批判的に分析していく。続いて第三に、グローバル政治経済における国家間社会について、私たちが採りうる認識のあり方を思想史的視座から探り、今日の「閉ざされた主権国家」への回帰現象を再考するとともに、「国際社会」概念の問い直しへ向けた一試論を提起・議論する。

 

2. グローバル化の下での主権国家からなる「国際社会」

 国際関係論における「英国学派」(the English School of IR)が論議してきた「国際社会」(international society)論は、主流派・米国型の国際関係論におけるリアリズムとリベラリズムとは異なる哲学的・歴史的アプローチを採り、世界政府のないアナーキーの下での国家間社会としての「国際社会」の概念化・理論分析・歴史分析に努めてきた。「国際社会」は、共存などの「共通の利益」に基づき「共通の規則体系」に拘束された諸国が、「共通の諸制度」である外交や勢力均衡を機能させるべく責任を負っていると認識している状態を指し、主権国家の相互行為が見られるにとどまるホッブズ主義的な「国際システム」などとは区別される(Bull 2002)。

 「国際システム」と「国際社会」の区分や相違について議論はあるものの(Little 2005)、英国学派は「国際社会」概念の洗練化を目指してきた。とくに2000年代以降の英国学派の理論においては、グローバル化が進む国際関係のなかで重要な役割を果たしている「経済」の視点が、従来の同学派の議論に欠落していたとする批判が提起され(Buzan 2005、岸野 2012b)、自由で国際協調的な「国際政治経済」の視点とともに地域レベルでの国際社会の分析枠組などが提示されてきた(Buzan 2004)。グローバル政治経済と地域レベルの視点を含みもつ「国際社会」の概念を用いることにより、相互に独立した主権国家を世界の中核的アクターとしつつも、諸国に共通の利益・規則・制度の存在とその意義を分析することができ、グローバリズム・リージョナリズム・ナショナリズムの三層について択一的ではない思考によって捉えることが可能になろう。

 

3. グローバリゼーションにおける「国際社会」と「世界システム」

 近代ヨーロッパで形成され世界大に拡がった「国際社会」の概念に基づき、グローバル化や地域統合に反対する動きをとる諸国が出現したとしても、主権国家の共通利益に各国が自覚的であれば、国際秩序の維持が可能になると論じることはできるだろう。しかし、国家のコントロールを不能にしているように見える自由市場のグローバル化が進められた現今の世界にあって、「国際社会」における諸国共通の規則・制度による制約や国際協調は、どこまで有効性をもちうるだろうか。

 例えば、英国学派と同じく歴史的視点からグランド・セオリーを編み出してきた「世界システム」(world-systems)論は、上記で「国際社会」と描写してきた近代的多国間関係を「インターステイト・システム」(the interstate system)と表現し、多国間のシステムにおける外交上の慣行・国際法・戦争規則による主権国家への制約や勢力均衡などが近代の資本主義経済と連関して機能してきたことを、(幾分図式的にではあるが)剔出している(ウォーラーステイン 1997)。現在に続くグローバル資本主義経済の発達と拡大を考えるならば、近代以後の「国際社会」のあり方自体がグローバル政治経済の構造と連動し続けてきた可能性を無視することは難しい。国境を超える帝国主義と主権国家システムの併存も(前田 2015)、両者の連動に関連する近代史の論点であろう。かくして、経済の視点を導入して近代国際社会を捉えることは、むしろグローバリズム(またリージョナリズム)とナショナリズムとが、資本主義経済と「国際社会」を接合点として両輪駆動する様態を明らかにできるのではないか。

 

4. グローバリゼーションと「国際社会」の思想史

 主権国家からなる「国際社会」と「グローバル化」の歴史を、両者の起源ともいうべき近代ヨーロッパから辿るとき、とくに勢力均衡(balance of power)が近代国際社会の原則として語られた18世紀において、国際社会のなかの政治と経済のありようが並行して論じられていた点が注目される(岸野 2015)。思想史・知性史研究においては近年、「国際(論)的転回」(the international turn)と呼ばれる傾向が見出され、また近代国際関係の思想的基礎が構築された18世紀前後の国際関係思想に注目が集まりつつある(Armitage 2013)。上記の研究動向をふまえ、本報告では18世紀の国際関係思想を参照して、現代世界に連続する「国際社会」のあり方を検討する。

 なかでも、英国学派の伝統に連なる哲学者・思想家としても評価されうるD・ヒュームはその代表的論者の一人であり(岸野 2012a)、ヒュームの国際法・勢力均衡・貿易の理論は、主権国家からなる「国際社会」における政治経済の問題を扱っている(岸野 2012a,b,c)。近代におけるグローバル化が進行し、「国際社会」の概念と認識が定着しつつあった同時代において、彼らは諸国の「共存と共栄」や「競争心」を軸として国際政治経済論を展開していた(岸野 2012b, 2015)。近代の歴史と思想をふまえて戦後国際関係を論じた高坂正堯も指摘したように(高坂 1978)、18世紀欧州の思想には「多様性」の尊重が見出されるのであって、この点は、高坂自身も現代世界を分析する際に重視した点であった(岸野 2017)。こうした18世紀のグローバル化する国際社会をめぐる思想は、現代国際社会を見つめ直すために私たちが用いうる、改めて再発見されるべき一観点だといいうるのではないか。

 

5. おわりに――グローバル政治経済のなかの社会性と公共性をめぐって

 本報告で確認した、現代の「英国学派」の理論・「世界システム」論の視座・近代欧州における進行するグローバリゼーションの下での「国際社会」の思想を再整理したうえで、近代的なグローバル化の歴史と思想史を組み込んだ「国際社会」の概念化の可能性とその現代的含意を検討する。そのうえで、社会が開かれつつも他者の同化を求めない「公共性」の観点(齋藤 2000)に関わる、現代の国際社会が抱える問題を議論することにしたい。

 

主要参考文献

 I・ウォーラーステイン(1997)『新版 史的システムとしての資本主義』川北稔 訳、岩波書店.

 岸野浩一(2012a)「英国学派の国際政治理論におけるデイヴィッド・ヒューム」『法と政治』62巻4号.

 岸野浩一(2012b)「英国学派の国際政治理論におけるパワーと経済――E・H・カーとヒュームからの考察――」『法と政治』63巻2号.

 岸野浩一(2012c)「国際社会における「法の支配」の基礎理論――デイヴィッド・ヒュームの法哲学における正義と社会の論理――」『法と政治』63巻3号.

 岸野浩一(2015)「勢力均衡」 押村高 編著 『政治概念の歴史的展開 第7巻』晃洋書房.

 岸野浩一(2017)「高坂正堯――多様性と限界性の国際政治学」 初瀬龍平・戸田真紀子・松田哲・市川ひろみ 編著 『国際関係論の生成と展開――日本の先達との対話』ナカニシヤ出版.

 木村雅昭(2013)『「グローバリズム」の歴史社会学――フラット化しない世界』ミネルヴァ書房.

 高坂正堯(1978)『古典外交の成熟と崩壊』中央公論社.

 齋藤純一(2000)『公共性』岩波書店.

 篠田英朗(2007)『国際社会の秩序』東京大学出版会.

 前田幸男(2015)「帝国主義」 押村高 編著 『政治概念の歴史的展開 第7巻』晃洋書房.

 正村俊之(2009)『グローバリゼーション : 現代はいかなる時代なのか』有斐閣.

 Armitage, David. (2013), Foundations of Modern International Thought. Cambridge University Press.

 Bull, Hedley. (2002), The Anarchical Society: A Study of Order in World Politics, 3rd edn. Columbia 

University Press.

 Buzan, Barry. (2004), From International to World Society?: English School Theory and the Social Structure of Globalisation. Cambridge University Press.

 Buzan, Barry. (2005), “International Political Economy and Globalization”, Bellamy, Alex J. ed. International Society and its Critics. Oxford University Press.

 Dunne, Tim and Reus-Smit, Christian. (2017), The Globalization of International Society. Oxford University Press.

 Little, Richard. (2005), “The English School and World History”, Bellamy, Alex J. ed. International Society and its Critics. Oxford University Press.