日本平和学会2016年度秋季研究集会 報告レジュメ
Grimeと”Consciousness”の再興
10代のグライムアーティストとの対話から
フォトグラファー 横山 純
キーワード:グライム、ストリート、SNS、コンシャスネス
0. グライムについて
グライムとはグライムは2000年代前半に生まれたUKガラージやドラムンベース、ジャングルを母体としたラップ・ミュージックの1ジャンル。代表的なアーティストにWiley、Dizzee Rascal、SKEPTA、JMEな、KANOなどをあげることができる。
グライムが生まれた背景として、1990年代から2000年代にかけてイースト・ロンドンの貧しい地域に、カナリー・ワーフと呼ばれる再開発地区ができた。行政がそれを活かして上手く金融街として再生させた。金融ビジネスからの膨大な税収が、貧しい地域の学校のコンピューターになる。そのコンピューターを使ってイースト・ロンドンの10代の公営団地に住む子たちが、UKガラージなどの音楽ジャンルを真似事として曲を作り始めた。
1. 2000年代のグライム
2000年初頭に生まれたグライムシーンから、2003年マーキュリープライズを受賞するDizzee Rascalが登場。その後メジャーレーベルとサインするアーティストも多数排出するが、メジャーの世界で思うようにグライムが出来なかったり、海賊ラジオを中心とするアンダーグラウンド・グライムシーンではそもそも商業的な成功を納めることができないというジレンマを経験する。海賊ラジオで曲が流行れども、アーティストたちがその先どう利益を出して生活していくのかという、フリーカルチャーの構造的な問題が当時あった。
2. 2000年代後半〜2010年代のグライム
グライムはメジャーや世間から「Grime is Dead」という烙印を押され、再びアンダーグラウンドに回帰する。海賊ラジオ、インディペンデント・レーベル、インターネット・フォーラムでの活動が盛んになる。
FacebookやTwitterなどのSNSの登場、そしてスマートフォンやモバイル・インターネット環境が整備されると、グライムは言説空間をインターネットの親密な空間に移動し、ファンベースでリスナーの数を増やした。Twitterのタイムライン上に海賊ラジオで育んだコール・アンド・レスポンスの手法が移植されると、更にインターネットに親しんでいる若者に人気を博すようになる。
3. グライムの戦略的コンポジション
グライムは公営団地から始まったが、第二世代の大学卒のようなアーティストも現れはじめた。次の問題はどうやって自分たちの根幹である「ハードコア」をキープしながら、外に開いていくか、ということ。メジャーで音楽活動をすればよいわけでもなく、単純なアンダーグラウンド信仰でも続かない。ファンベースでDIYカルチャーとして活動することをベースとしながら、ハードコアをどこに設定するか、が重要になる。このような文脈でグライム音楽が取るポジションや戦術は複雑になり、結果的に洗練されていくことになる。
グライムの過激なところや社会に対する異議申し立てのような部分はグライムの役割として残していく。そして人種差別のことでいえば、黒人/白人で敵味方を分けず。つまりただ単純に白人を敵対視するのではなく、日常の中で起る人種主義を見分け取り抵抗の言説をSNSなどで展開する。
2015年イギリスの高級紙「インディペンデント」にグライムに関するコラムが掲載された。その記事を要約すると「グライムとはストリートの声であり、今のヴァイナルブームに乗っかったミドル・クラスの白人の学生が簡単に良いって言えるものではない。本物を知るべきだ」という内容だった。
19歳のグライムMCノヴェリスト(Novelist)は「それは違う」って反応した。「おれはゲットー生まれだし、グライムは単なる音楽ではなく、ワーキング・クラスのストラグルの声であることも知っている。けどミドル・クラスっていう言葉をネガティヴに(批判のために)使うのは間違いだ。めちゃくちゃな人生になったり、帰る家がボロボロってのは決してクールなことじゃない」と。
ここには最近のグライムの変化が象徴されいる。「グライムは有色人種の労働者階級の文化で、それを他人種や他の階級である白人学生が簡単に讃え上げてはいけない。それは文化の脱用や搾取になる」とライターは言いたかったんだろうが、ノヴェリストは「それは妥当な批判ではない」と介入した。有色人種と白人、労働者階級と中流を分断するような批判の仕方は良くないと言った。新聞記者の考え方は、ちょっと古い文化闘争や階級闘争と植民地批判のテイストだった。白人は反省するべき。黒人文化をまた搾取するのはよくない。と。しかし、ノヴェリストはそうやってありもしない対立を深めるのはよくないと言い切った。グライムを通じて白人と有色人種や違う階級の人間が一緒に何かを作ったり、同じシーンを作るということがありえると知っているから。しかしノヴェリストは何よりも、その批判の仕方は有色人種の人が置かれている経済的状況を肯定することになってしまうし、有色人種がミドル・クラスになろうとすることをポジティブに捉えることができなくなってしまうという言説による人種主義/経済的問題を批判した。
4. ストリート・コンシャスネスの戦術
洗練させた言説のスタイルとして、アーティストたちはコンシャスネスさの戦術として採用している。イギリス政府がシリアの爆撃を決定すれば、異議申し立てをする。アメリカで黒人が警官に銃殺されたのを発端にして起きた運動「Black Lives Matter」が主催したロンドンのデモにはグライムのアーティストが多数参加したり。グライムカメラマンはその様子を撮影した。毎年の事だけど、ノッティングヒル・カーニバルが「犯罪の巣窟」と報道されれば「それは違う、人種差別と警察による取り締まりのための言説だ」と反論。UKガラージの大ベテランDJ EZがガン研究への24時間チャリティDJを皆で応援する。そして営業停止になっているクラブファブリック(Fabric)のための署名運動をアーティストやファンは行う。
ストリートやグライムシーンから、政治にコミットしたり、それについて発言することを厭わずに、かつ、1980年代から続く左翼的文化を形容する「異議申し立て/抵抗」という形容詞からは逃れようとする。単純にストリートの声をストレートに嗅ぎ取り、それをクールに、時に熱っぽくSNSで展開する。ポリティクスに固執するあまりストリート・ワイズでなくなってしまうことも逆に問題であると彼らは考える。
参考文献
英語
Dan Hanncox (2013) , Stand Up Tall, Amazon Digital Services LLC.
Matt Mason (2009), The Pirate's Dilemma, Free Press.
Poppie Platt (2015), Grime isn’t just music - it’s about working-class struggle - and its new middle-class fans need to recognise the genre’s social importance, The Independent.
http://www.independent.co.uk/student/istudents/grime-isn-t-just-music-it-s-about-working-class-struggle-and-its-new-middle-class-fans-need-to-a6777256.html (2016/09/27最終アクセス)
日本語
横山純 (2016)「グライムについて横山純に聞く──それはどこからきて、どこへゆくのか」レトリカ編集部 編『Rhetorica vol.3』。